第31話 巫女と悪魔が交わした約束
エリカが俺の呪いを解いてくれた日から三日が経った。
エリカが過去に戻り、ほんの少しだけ歴史が変わったからか、俺には新しくストロファンツスの記憶が流れ込んできた。
今まで、ストロファンツスの膨大な記憶を全ては処理しきれていなかった俺だったが、2回目に流れ込んできた記憶は比較的鮮明に感じられ、頭にも残りやすかった。
今日はその大事な記憶をエリカに伝えたいと思う。
俺とエリカは公園に来ていた。
エリカがあの日、スマホを落としたベンチに二人並んで座る。
エリカの手元には光の巫女の書がある。
話をする際に、持ってきてもらうようお願いしていた。
「エリカはストロファンツスと会ってどう思った?」
まずは話を切り出す前にエリカに尋ねた。
「まぁ、誰かさんと同じで、変!態!だったけど、根は悪いやつじゃなさそうだった」
エリカは拗ねたように口を尖らせていた。
ちなみにあのあと、二人きりになってすぐエリカから"魅了を使用した罪"に問われた俺は、指輪を使い無実を証明した。
すると今度は"魅了を使わずにエリカを魅了した罪"という言いがかりレベルの罪に問われた俺は、散々エリカに罵倒される羽目になった。
しかし、その罵倒内容はもはや愛の言葉でしかなく、刑の執行がご褒美になったのであった。
「それから、サルビアとの過去の話も聞いた。あいつは自分が命の恩人だからって、他人を従えさせるようには見えなかった。あと、平和主義者ってこともよくわかった。私の力は平和を守るためにあるって。力は正義でも悪でもあるって言ってた」
エリカは過去の世界での会話をかいつまんで教えてくれた。
「エリカが過去に戻った影響か、俺の頭の中にもう一度、記憶が流れ込んで来たんだ。その時に本当の契約内容を思い出した。前にエリカと約束しただろ? 思い出したら必ず話すって。おそらく嫌な思いもさせる。それでも聞いてくれるか?」
俺が確認するとエリカは黙ってうなづいた。
「エリカの先祖とストロファンツスの契約内容は二つだけだ。一つは巫女の血筋を絶やさないこと。これは、力の継承を終わらせないためだ。もう一つは、いつか生まれ変われたら必ず会いに来る。それまで俺の身体を守っていて欲しい――それだけだ。ストロファンツスは⋯⋯俺は⋯⋯知りたかったんだ、自分の力を継承した一族の行く末を、この世界の未来が平和かどうかを」
「⋯⋯⋯⋯そうなの?」
エリカは目を見開いている。
俺は頷き、話しを続けた。
「ストロファンツスから力を授かった初代の巫女は、力の継承後、満足に動けなくなったストロファンツスが亡き骸になるまでの間、熱心に世話をしていた。食事を用意したり、身体を拭いたり、その最期が苦しく無いよう祈りを捧げたり⋯⋯それはストロファンツスが悪魔像になってからも続いていた。二代目の巫女たちもその内容を忠実に守っていた。」
ストロファンツスには自分の亡き骸⋯⋯悪魔像の世話をする巫女たちが見えていた。
実際は別の生き物に転生を繰り返していたから、そこに意識はなかったんだろうが、不思議と記憶が残っている。
「そこから代替わりする度に、少しずつ世話の内容が増えていった。俺が察するに、自分で言うのも変だが、巫女たちは悪魔像のことを愛してくれていたんじゃないか? それで世話の工程を追記して、次の世代に引き継いだ。それが今の光の巫女の書になったんだろう。三行目以降は契約内容ではなかったにも関わらず、数百年間伝承されていく内に、いつの間にか意味合いが変わってしまったんだ」
光の巫女の書を開いて、一緒にページをめくる。
昔の文字な上に、古ぼけていてわかりにくいものの、よく見るとページによって、墨の濃さや字の大きさが違うように感じられた。
「⋯⋯⋯⋯なんだ、そういうこと。私の一代前のキリコおばさんは悪魔像に魅了されたみたいに、毎日熱心にお世話をしてた。結婚生活が上手くいかないくらいに⋯⋯。みんな愛していたのね、ストロファンツスのことを。自分の子供や恋人みたいに。だからいくらでもやってあげたいことが溢れてきた。それを自分がいなくなってからも、次の世代にもずっと続けて欲しかったのね。私だってもし今、レンが像になったら⋯⋯たくさん手料理を食べさせてあげたいし、身体だって何度でもきれいに拭いてあげるし、一日中側にいると思う」
エリカは俺の手を握ってくれた。
俺はすぐにその手を握り返した。
「時代が違えば、生活状況も違うだろうし、昔はこの家にも常に女が大勢いたから、それでも成り立っていたのよね。でも、悪魔に魅了されたこの一族は繁栄せずに、最後は私だけになったから、こんなにも苦しむことになった⋯⋯別に世話をしなくったって、災いなんて起こらなかったんだ。災いっていうのは、この力が失われることを指していたのね」
エリカは呟いた。
歴代の巫女たちがエリカの人生を縛っていた。
もう二度と戻らない時間を奪った。
エリカの母親だって本当は逃げる必要なんてなかったはずだ。
その事実はエリカにとって残酷な話だった。
当然、亡き骸になったストロファンツスが巫女たちを意図的に魅了したわけではなかった。
だから俺が形だけ謝ることもできないと思った。
エリカはしばらく黙っていた。
泣かせてしまったんだろうか。
そう思ってエリカの顔を見たら、それは勘違いだと分かった。
エリカの目は未来を見ているかのように、まっすぐ前を見据えていた。
「ねぇ、ストロファンツス。私はちゃんと出来てるのかな。あんたが望んだ世界になってるのかな」
エリカは俺のことを悪魔の名前で呼んだ。
それは後にも先にもこの一度きりだった。
「あぁ、エリカは約束を守ってくれた。正しく力を扱ってくれた。すぐに会いに来れなくて悪かった。ずっと待っててくれてありがとう」
俺はストロファンツスとしてそう伝えた。
「ほんと、もっと早く来なさいよ!とか、ご先祖様をたぶらかしてんじゃないわよ、この悪魔!とか、色々言いたいことはあるけど⋯⋯でも、良かった。私の代で」
エリカは照れたように笑った。
「もっと早く来れたらよかったな。でも俺も待ってたんだ。俺はエリカが良かったんだ」
俺が想いを伝えるとエリカは目に涙を浮かべた。
「レン、私を見つけ出してくれてありがとう」
エリカは勢いよく抱きついてきた。
「エリカ、俺を選んでくれてありがとう。これからもずっと一緒にいような」
俺はその身体をしっかりと受け止めて、抱きしめた。
「うん。レンとずっと一緒じゃなきゃやだ」
エリカは甘えるように俺の胸に顔を埋めた。
「気が早いが、結婚もしような」
俺の言葉にエリカは顔を上げる。
「当たり前でしょ! あんた以外に誰と結婚すんのよ!」
嬉しそうに微笑むエリカの瞳は輝きに満ちていた。
俺たちの運命はあの日、この場所から動き出した。
俺たちは過去の約束を果たした。
そして未来を約束し合った。
人間の一生は短い。
いつか必ず終わりが来る。
だから一日一日、この瞬間を大切にしようと思う。
それでも、この人生が終わってしまったら⋯⋯
どれだけ時間がかかるかは分からないが、きっとまたエリカに巡りあってみせる。
俺たちはいつまでもずっと一緒だ。
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