第4章:約束編〜悪魔の願いと二人の未来〜

第28話 襲撃

 現在、俺たちの間には緊張が走っている。

 突然、悪魔の世界のストロファンツスの屋敷が襲撃されたからだ。

 大きな爆発で家屋の一部が破壊されたらしい。

 

 今、サルビアとサフランが屋敷の様子を見に行ってくれている。

 襲撃の目的はわからない。 

 何か盗まれたのかもしれない。

 俺とエリカは二人が戻るまで、家で待機することになった。

 お祖父さんにも事情を説明し、念のために外出せずに、過ごしてもらっている。


「ねぇ。サルビアとサフランは大丈夫だと思う?」 

 

 エリカは不安そうに言った。


「あいつらは心配ないだろう。むしろ俺たちの方が危険かもしれない。エリカは敵が来たらすぐに結界を張れるよう、準備をしておいてくれ」


 エリカを安心させられるような声かけができれば良いのだろうが、残念ながらそうもいかない。

 

 爆発の能力はエリカの結界で対策できる。

 もしこちらに敵が来たとしても、素早くこの家全体を結界で保護出来れば問題ない。

 危険があるとすれば、敵の接近に気づかずに対応が遅れることだ。


 敵の姿を見つけたら、素早く俺がそいつの身体を威圧で吹き飛ばす。

 そういう作戦になっている。



 

 何時間経っただろうか。

 お互いの緊張が切れ始めて来た。


「エリカ、辛くなって来たか? 俺が見張っておくから少し楽にしてていいぞ?」

「そうね。さすがに疲れてきたわ」 


 俺が促すとエリカは壁にもたれて目を閉じた。



 それからさらに数時間。

 夜も更け、窓の外は真っ暗だ。

 公園の方もシーンと静まり返っている。

 いつもと変わらない夜なのに、不気味さを感じて不安が募っていく。

 

 二人はまだ戻らないのか?

 危ない目に遭ってるんじゃないだろうな。


 早く夜が明けてくれ。

 このまま何も来ないでくれ。


 そう強く願った。

 しかし、その願いは叶わなかった。




「ねぇ。何か聞こえない?」


 横になっていたエリカが、緊張した面持ちで上体を起こす。

 耳を澄ませると、確かにビニールがこすれるような、シャカシャカした音がする。

 お祖父さんはこの時間には寝ているだろう。

 嫌な予感がした俺は立ち上がった。


「ハァッ!」


 エリカはすぐに結界を張ってくれた。

 エリカの結界は、家全体を包み込むために徐々に広がっていく。


 俺には音がどこから鳴っているか分からなかった。

 ずっと遥か遠くのような、それでいてすぐ近くのような。



 次の瞬間

 文字の羅列が帯になったようなものが、空中に現れ始めた。

 前にサルビアがベラドンナに送ったという文章と似ていた。

 だがそれらは球体になることはなく、たなびいている。

 

 文字の帯が俺たちの方に向かってきた。

 そしてあろうことか、何の抵抗もなく結界の中まで入ってきた。


――攻撃でないものは結界では弾かれない。


 サルビアの言っていたことが頭に浮かんだ。


 屋敷は爆発されたと聞いた。

 当然、爆発系の能力者だと思い込んでいた。

 けれどもそれは違った。



「どうしよう⋯⋯」


 エリカは怯えながら帯を見守っている。

 帯はエリカに近づき、エリカの頭上を回り始めた。


「危ない!」


 エリカを突き飛ばしたその瞬間、エリカの頭上を回っていた帯は俺の頭上で輪になった。



「うっ⋯⋯」


 頭が割れるように痛い。

 身体の自由が効かない。


「レン! レン!」


 エリカが叫んでいる。

 

 まずい。

 敵の狙いはエリカだ。

 俺がこんな状態ではエリカを守れない。

 敵を倒さないと。

 でもその姿はどこにも見あたらない。

 身体も動かない。

 何か方法はないのか⋯⋯




「エリカちゃん。ちょっと力借りるね」


 声が聞こえた時、目の前にジギタリスがいた。


 ジギタリスはエリカの肩に左手で触れながら、右手を天井にかざした。

 すると俺たちには何も見えなかった場所から、サラサラと塵が現れた。

 どうやらそれが敵の正体のようだ。

 敵の身体は静かに空気中に溶けて消えていった。


 助かった。


「ストロファンツスさん、残念だったね。あなたは悪くないよ。相性が悪かった。こんな雑魚妖怪にあなたをどうにかできるのかちょっと心配したけど、上手くいったみたい」


 ジギタリスは床に転がる俺を見下ろしながら、冷たい声で言った。


 どういうことだ?

 こいつは俺たちを助けてくれたんじゃないのか?

 

「あ、俺とこいつは無関係だから。漁夫の利ってやつ。俺はチャンスかと思って見てただけ。エリカちゃんのこと、守ってくれてありがとうね。その呪い⋯⋯痛いと思うけど最期までがんばって。じゃあエリカちゃん、行こっか」


 ジギタリスは俺たちの味方でも、敵の仲間でもなかった。

 エリカを奪う機会を狙っていただけだった。


「待てよ⋯⋯」


 俺は声を絞り出した。


「俺、男の言うことは聞けないかな」


 ジギタリスはエリカの手を掴んで、こちらに背を向けた。

 待ってくれ。行かないでくれ。

 頼むからエリカにだけは、手を出さないでくれ。


 必死に足掻こうとするも身体は全く動かない。


 ⋯⋯⋯⋯俺はエリカを守れなかった。




「⋯⋯どうしたのエリカちゃん? 泣いてるの?」


 ジギタリスは立ち止まり、エリカの顔を覗き込む。


「お願い⋯⋯レンを助けて」


 エリカは泣きながらジギタリスに訴えかけた。


「そんなことを聞く義理はないよね。それとも俺と契約するってこと? エリカちゃんは何を差し出せる?」


 エリカ、駄目だ。契約なんて危険だ。

 そこまでしなくていい。


「どこでも一緒に行くから。レンを助けて」


「それは何かを差し出したことにはならないよね。だって、今のエリカちゃんはすでに俺のものなんだよ?」


「⋯⋯⋯⋯」


「今、千載一遇のチャンスなんだけど。せっかくいい気分だったのに。なんでエリカちゃんはそんなつまんない顔してるの?」


 ジギタリスはイラついている。


「お願い⋯⋯お願い⋯⋯」


 エリカはジギタリスの服を掴みながら、必死にお願いしてくれている。


「俺はエリカちゃんの怒った顔が好きなんだよね。なんか白けちゃった」


 そう言い残すとジギタリスは空気中に消えた。



 それからすぐにサフランとサルビアが帰って来てくれた。

 ジギタリスが二人に知らせてくれたそうだ。



「レン! お願い! 死なないで!」

「ファンツス様! ファンツス様!」


 俺はそこで意識を失った。

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