第23話 もう少しだけ
冬が訪れ、あっという間に、もうすぐクリスマスがやってくる。
エリカと恋人同士になってから、初めての大きなイベントだ。
生憎クリスマスイブは二人ともバイトだった。
可能ならばバイト終わりにデート出来ないだろうか。
もしくは翌日のクリスマスとか。
俺は考えを巡らせながら、まずはエリカの予定を尋ねた。
「待って! 今回は私に任せて。いつも考えてもらってるから」
エリカは意外にもそう言った。
エリカは一体どんなプランを考えてくれるのか、楽しみに当日を待った。
クリスマスイブ当日。
クリスマスプレゼントもちゃんと用意した。
二人にとって初めてのクリスマス。
何をあげようか、あれこれ考えて決めた。
バイトが終わった俺たちは、電車に乗って都市部に来ていた。
予想通りというかそれ以上に、街はカップルだらけだ。
エリカは白のニットワンピースにベージュのコートを着ていた。
メイクはいつもより目元にキラキラが付いている気がする。
エリカに手を引かれて、最初にたどり着いたのはプラネタリウムだった。
建物の中に入る前、エリカは急に辺りを見回し始めた。
周囲に人がいないことを確認した後、とんでもないことを言い出した。
「今日は私からキスするから。レンは待ってて」
そう言い終わったエリカは顔を真っ赤にしている。
おいおいおいおい。
どこでそういうのを仕入れて来るんだ?
たぶん俺も顔が赤くなっていたと思う。
「あぁ。いつしてくれるんだろうな」
俺は平静を装いながらそう答えたのだった。
最初の試練はすぐに訪れた。
すでに薄暗い室内、座席番号を確認しながら進むエリカが行き着いた先は⋯⋯
「なっ⋯⋯」
カップルシートだった。
円形のベッドのようなソファにクッションが二つ。
周りのカップルはすでに雰囲気が出来上がり始めている。
「予約を取るのも大変だったんじゃないか?」
そんな風に言いながら俺たちはシートに横になった。
俺たちはあくまでも健全に天井を見上げていた。
隣のカップルは今にも熱い時間が始まりそうなくらい二人の世界って感じだ。
心臓に悪い。
それから定刻通りにプラネタリウムが始まった。
惑星の話や冬の星座の話など⋯⋯
初心者にもわかりやすい解説とともに、迫力のある映像が流れる。
しばらくすると横にいるエリカが動く気配がして、そっと手を繋がれた。
俺は天井を見たままその手を握り返す。
⋯⋯来るのか?
そう思ったが、エリカのタイミングはここでは無いようだった。
俺はまるで小中学生かのように、エリカの少しの動作に過剰反応していた。
プラネタリウムが終わったあとは、レストランに来た。
エリカはこのお店も事前に予約してくれていた。
店内は若いカップルで溢れている。
クリスマスコースの料理の最後には、花火が刺さったケーキが出てきた。
俺たちは興奮しながら動画を撮影した。
食事が終わった後は、
6車線の大通り沿いの街路樹のイルミネーションを見ながら歩いた。
「すごくきれい!」
エリカは目を輝かせている。
所々空いたスペースに、電飾で作られたトナカイやソリが置いてある。
記念撮影用のスペースもあったので、セルフタイマーでツーショットを撮影した。
撮れた写真を確認すると、それはそれは幸せそうなカップルって感じだ。
道なりに歩いている内に橋の上にやってきた。
柵にもたれかかり水面を見ると、イルミネーションが映り込んでいて、水面が揺れるたびに更にキラキラと光っている。
何組かのカップルも同じようにそこで立ち止まっていたが、さっきの人混みに比べたら人はまばらで息もしやすい。
エリカはここでカバンから箱を取り出した。
「これ。プレゼント」
「開けていいのか?」
「どうぞ」
丁寧に包装を開けると、柔らかくて温かそうなチェック柄のマフラーが入っていた。
「いつも首元寒そうだったから。巻いてあげる」
エリカは俺の首にマフラーをふわっと巻いてくれた。
最初は表面がひんやりしていたマフラーが、徐々に温かくなってきた。
「似合うじゃない。普段からつけたらいいのに」
エリカは褒めてくれた。
「あぁ、ありがとうな。毎日付ける。大事にする」
これは宝物だ。
次は俺からエリカへのプレゼントを渡した。
アクセサリーは重いかと悩んだが、前にエリカが雑誌で見ていたのと近いデザインの物があったので即決してしまった。
ピンクゴールドのチェーンに、小ぶりの一粒の宝石がついたものだ。
エリカの誕生石のアメジストにした。
濃い紫の物ではなくて、エリカに似合いそうなピンクに近い淡い色の物を選んだ。
エリカはケースをそっと開けた。
「かわいい⋯⋯これ私がもらっていいの!? ねぇ、着けて!」
エリカは喜んでくれたようだ。
俺はネックレスを受け取り、エリカの後ろ側に回った。
黒くて艶のある髪を指で避けながら、チェーンを首元に巻いた。
「ひぃ! 冷たっ!」
ネックレスが冷たかったのか、エリカは小さく悲鳴をあげる。
金具を留めて前に回り込んだ。
「よく似合ってる。きれいだ」
「ありがとう! 大事にする!」
俺の言葉にエリカは嬉しそうに笑った。
お互いのプレゼントを身に着けた状態で、橋の上で再び自撮りをした俺たちはまた歩き出した。
街路樹沿いを二駅分位は歩いただろうか。
長かったイルミネーションの道も終わり、普段の都会の街灯りだけに戻りつつあった。
俺たちのデートは開始時間が遅かったから、そろそろ良い時間になっていた。
そのまま手を繋いで駅に向かった。
エリカは駅でトイレに行った。
なかなか戻ってこないのは混雑のせいだと思っていたが、鏡の前でネックレスに夢中になっていたと白状した。
車内は押しつぶされそうなくらいごった返していたが、エリカにとってはその状況が新鮮なのか、都会にはこんなに人がいるんだと笑っていた。
最寄りの駅につき、二人で仲良く手をつないで帰って来た。
あれ?そういえばキスしてもらってない。
気付いた時にはデートはもう終わりだった。
しかしエリカはもう一箇所だけ行く所があると言った。
手を引かれて向かったのは⋯⋯洞窟だ。
エリカは洞窟を封印していた扉を開ける。
真っ暗な洞窟内。エリカはスマホのライトをつけて、電気ランタンを探し、スイッチを入れた。
すると、なぜか洞窟の中に卓上サイズのクリスマスツリーが置かれていた。
そして、その隣には小さい木の椅子に座る、水族館で買ったペンギンのぬいぐるみたち。
頭には小さなサンタさんの帽子を被っている。
「エリカが飾り付けたのか?」
「うん。私にとってはここが一番特別だから」
エリカは少し恥じらいながら言った。
「ここは冷えるから、もう少しの間だけね?」
エリカはそう言って俺の身体を押して洞窟の壁の方に追いやった。
そして右手で俺の頭を撫でてから頬に手を添え背伸びをし、当たるか当たらないかのキスをしてくれた。
唇が離れてしばらく見つめ合う。
エリカは今度は俺の首に腕を回して、さらにキスしてくれた。
本当に当たるか当たらないかのキスを繰り返される。
わざとなんだろうか、それともエリカなりに一生懸命、頑張ってくれているのだろうか。
すごく愛おしいのだが、だんだんじれったくなってきた。
「俺はいつまで待っていればいいんだ?」
その言葉にエリカは顔を赤くして呟いた。
「もういいよ」
それから俺はエリカを抱きしめて、後頭部に手を添えてキスをした。
ずっとご主人様に待てをさせられている犬の気分だった。
もうご主人様の許可が下りたので、俺は好きにさせてもらった。
洞窟の寒さなんかもう気にならないくらい、体温が上がっていた。
俺たちにとってはこれが何よりもロマンチックな締めくくりだった。
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