第3章:恋人編〜あふれる愛と深まる絆〜
第20話 長い夜
ある日のこと。
現在時刻は夜の9時。
俺はとてもソワソワしていた。
エリカはバイト先の二歳年上の女性の先輩に誘われて食事に行っている。
場所はお好み焼き屋。
先輩の友達も来るとかで、わいわい楽しく鉄板を囲んでいるのだろう。
友達付き合いを満足にして来れなかったエリカは、今日を楽しみにしていたようだった。
エリカはまだ飲酒をしていい年齢じゃない。
けど、エリカはしっかりしているから、周りに流されてどうこうと言うのもない。
それに、この街のお好み焼き屋は一つしかない。
店主も巫女のエリカの事を知っているだろうから、安心していいはずだ。
何も心配することはない。
そんなふうに自分を納得させるものの、時計の針が進むにつれて不安が募っていく。
楽しい食事会に水を差すのは悪いが、俺たちがここに住んでいるのはエリカの護衛のためな訳で⋯⋯
エリカが今どこで何をしているのか知らないまま、ただ待っているのは無責任な気もする。
帰り道は妖怪や悪魔抜きでも暗くて危険だ。
変質者が出ても不思議ではない。
俺はメッセージを入れることにした。
"帰りは迎えに行く。人通りの無い道に入るまでに合流したい"
⋯⋯っと。
店に直接行かないのは一応、配慮のつもりだ。
彼氏面して登場するわけにもいかない。
夜10時
エリカからの返事はまだ来ない。
先輩たちの前だからスマホを触るのは失礼だと思っているのだろうか。
どんどん不安が募ってきた頃⋯⋯
エリカから返信が来た。
"先輩の友達が酔ってて一人で帰れない。他に誰も送れないから私が送ることになった"
※ ※ ※
夜7時
私は、バイト先の先輩のミクさんと食事をするために待ち合わせをしていた。
ミクさんと私はまだあまり親しくないから彼女のことはよく知らない。
他のスタッフから信頼されている人で、よく誰かの相談に乗っているお世話好きのお姉さんと言う印象だ。
私がバイト以外に同年代の女の子との付き合いがないと気付かれてしまったみたいで、今日は友達も紹介してくれるらしい。
初対面の人がいるのは少し気まずいけど、普通の女の子として生活出来ていることが嬉しくて、実は結構楽しみだ。
約束のお店の前で待っていると、ミクさんが来た。
「エリカちゃんごめんね〜! 遅くなっちゃった。こいつらとの待ち合わせが上手く行かなくって」
手を振るミクさんの後ろには、二人の男が立っていた。
え、友達って男の人なんだ⋯⋯
勝手に同年代の女の子だと思い込んでいた。
「エリカちゃん。可愛いね〜! 今日はよろしくね」
男の一人が微笑みながら言った。
茶髪で赤いニット帽を被っている。
初対面なのにノリが軽い。
あまり関わったことがないタイプだ。
「遅くなってごめんね」
もう一人の男は黒髪で前髪が長め。
軽くパーマがかかっている。
もう一人の男とは違い、落ち着いた声をしていた。
お店に入り、席につく。
ニット帽の男はリキヤ、黒髪の男はヤマカワと名乗った。
三人は大学のサークル仲間で、よく飲み会をしているらしい。
ヤマカワが四年生、ミクさんとリキヤが三年生だそうだ。
私以外の三人はお酒を注文した。
現役の大学生と話せることが嬉しくて、大学生活について色々と教えてもらった。
ヤマカワは春からの仕事についても教えてくれた。
お店の人が目の前の鉄板に、お好み焼きの生地を乗せてくれる。
自分たちでひっくり返す形式だったので、リキヤとヤマカワがその役をやってくれた。
いくつか違う種類のお好み焼きを注文して、それをみんなで分け合って食べた。
そのせいかすぐに打ち解けて、初対面の二人とも緊張せずに話すことができた。
ただ気になったのは、ミクさんとリキヤがヤマカワをそれとなく繰り返し持ち上げていること。
でも、何となく中身が無いというか⋯⋯
大学生には先輩を立てるスキルが必要なのかもしれない。
レンを褒めるサルビアはいつも具体的で、心の底からレンへの尊敬と信頼を感じる。
それを普段から見ているからか、全然違う⋯⋯そう思った。
「エリカちゃんは彼氏いないんだったよね?」
ミクさんに唐突に話を振られる。
「はい。いませんけど⋯⋯」
「けど? 好きな人はいるとか?」
ミクさんの問いに、自然とレンのことが頭に浮かんだ。
「もしかして、前にお店に来てたあの子? エリカちゃんと親しそうな男の子が一度だけ来てね。普段は清楚系なエリカちゃんが、ちょっと素を出してたっぽいっていうか⋯⋯」
ミクさんにそんな風に見られていたなんて。
なんだか恥ずかしい。
「ふーん。でもその男は相当意気地なしだね。こんなに可愛いエリカちゃんと親しくしてるのに距離を詰めて来ないなんて。俺なら誰かにかっ攫われる前に速攻で攻めるけどなー。残念ながら脈ナシなのかもね」
リキヤが軽いノリで残酷なことを言ってきた。
その言葉に胸がチクリと痛む。
レンとはいつも一緒にいて、ひとつ屋根の下で暮らしている。
二人で過ごした思い出だって、少しずつ増えてきた。
そんな私たちが今の距離感でいるのはおかしなことなの?
レンにその気があるなら、普通はもっとすぐに縮まるものなの?
もしかしたら⋯⋯
レンが私をどこかに連れ出してくれるのは、悪魔像に縛られていた私への罪悪感からなのかもしれない。
レンが私を楽しませてくれるのは、レンが年相応に女の子と接した経験がある"普通の男の子"だからってだけなのかもしれない。
「ちょっと〜ひどいこと言わないの」
ミクさんにフォローされる。
「俺でよければ慰めてあげるよ? なんちゃって〜」
リキヤもフォローのつもりか、そう言った。
私の胸のモヤモヤは晴れないまま、その後も会は続き⋯⋯
「酔ったかも」
隣に座っているヤマカワがぼそっとつぶやいた。
「大丈夫ですか?」
「うん。でも一人で帰る自信ない」
「じゃあタクシー捕まえて来ます」
私が立ち上がろうとすると、ヤマカワに腕を掴まれた。
「家、歩いてすぐだから。送ってくれない?」
「いやでも⋯⋯」
ミクさんとリキヤの方を見るも、二人はかなり酔った様子で話が盛り上がっている。
完全に二人の世界って感じだ。
「お願い。実は二人はいい感じだから邪魔したくない。このまま静かに出よう」
ヤマカワに強く腕を引かれ、渋々店を出る。
最後までミクさんとリキヤとは目が合わなかった。
「家、あっちだから」
ヤマカワはそう言ったきり、何も話さなかった。
かなり気分が悪いみたい。
突然倒れたりしないといいけど。
ふとスマホが気になって、バッグから取り出して見ると、レンからメッセージが来ていた。
私のこと心配してくれてるんだ。
そう思うと沈んだ気持ちも少しはましになった。
私はレンに状況を返信した。
※ ※ ※
先輩の友達が酔ってて一人で帰れないから送る?
他に誰も送れない?
先輩の友達は、先輩が送るのが自然だろう。
先輩も動けないほど酔っ払ってるってことか?
それにしてもタクシーに乗せるなり、何なりと方法はある。
先輩の友達も女性だって言ってたか?
俺もそこまでは確認していない。
嫌な予感がした俺は、すぐにエリカに電話をかけるが応答はない。
"俺も行く"
そう返信してからすぐに店に向かった。
この街唯一のお好み焼き屋に着いた俺は、店主に尋ねた。
「神社のエリカは来ませんでしたか?」
「ん? あぁ⋯⋯エリカちゃんならそこのお友達と一緒に来たけど、具合悪そうな男の子連れて先に出ていったよ」
⋯⋯⋯⋯最悪な状況だ。
嫌な予感は当たってしまった。
全身から血の気が引いていくのがわかる。
店主の視線の先には⋯⋯エリカのバイト先の先輩とニット帽の男だ。
俺は二人のテーブルに近づく。
――ドン
「すみません。エリカはどこに行ったんですか? 迎えに来たんですけど」
テーブルについた俺の手は、想像よりずっと大きな音を立てた。
二人は一斉にこちらを見る。
「あぁ! さっき話してたのは彼のことよ。お店に来たっていう⋯⋯」
先輩はニット帽の男に話した後、余裕そうな表情でグラスを傾けた。
「⋯⋯あぁ! いや⋯⋯残念だったなぁ。もう手遅れだ。野暮なことはやめたほうがいい」
ニット帽の男は俺を見上げながらニヤニヤしている。
エリカのメッセージには、他に誰も送れないから自分が送ることになったと書いてあった。
だがどう見たってこいつらはピンピンしている。
つまりエリカはその男の罠にはめられたんだ。
そしてこいつらもグルってことなんだろう。
俺は男のニット帽を髪の毛ごと掴み、瞳の奥を覗き込んだ。
「知ってんだろ? さっさと言えよ⋯⋯」
⋯⋯⋯⋯
「コンビニの二階⋯⋯階段の⋯⋯すぐ横⋯⋯」
ニット帽の男は俺の瞳の奥を見ながら素直に答えた。
男の頭を離した俺は、エリカの元に向かった。
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