第19話 小悪魔
季節は秋。
十月も終わりに近づいた頃。
「年に一度、私たちが堂々と目立ちながら外を出歩ける日がある!」
サフランはまた何かおかしなことを言い出した。
「はい! わかった! ハロウィンのことじゃない? その日ならみんなが仮装してるから、正体が分からないはず!」
エリカは挙手しながら答えた。
「ハハッ! エリカ! さすが、その通り! という訳でハロウィンの日は皆でパーティーに出かけようではないか!」
「賛成〜!」
サフランとエリカは盛り上がっている。
「ねぇ、レンとサルビアも行くでしょ?」
エリカは笑顔でこちらを見ている。
俺は仮装なんかしたことがない。
正直言うと、ああいうパリピの雰囲気は苦手だ。
でも、エリカがこんなに可愛い顔で誘ってくれているのに、無下にできるはずもない⋯⋯
「わかった」
俺は覚悟を決めた。
「お嬢様がそうおっしゃるなら⋯⋯」
こうして俺たちは仮装パーティーに繰り出すことになった。
10月31日の夜。
俺たちは最寄りの駅に向かって歩いていた。
レジャー施設で行われるコスプレフェスに参加するためだ。
三日間開催されるこのイベントは、毎年合計数万人の参加者がいるらしい。
昼の部は子供も参加できるらしいが、俺たちが今から参加する夜の部は18歳以上のみ参加可能だ。
屋台も出るらしい。
エリカはコウモリの耳が付いた黒い大きいポンチョを被っている。
足元は網タイツだ。
可愛いが、この姿で人混みに連れ出して大丈夫なのだろうか。
コスプレイベントと言うことは、当然カメラマンも参加するわけで⋯⋯
俺はと言うと、黒のズボンに黒のシャツに黒いフード付きのマントという、なんとも特徴の無い格好だ。
一応、魔法使いなんだろうか。
コスプレは回避したかったが、普段着というわけにも行かず、最大限の歩み寄りだ。
サフランとサルビアは完全に普段と同じ格好をしている。
駅前に着くと、仮装した人たちが結構いた。
同じイベントに参加するのかもしれない。
ハロウィン限定の装飾の前で、写真を撮っている人たちもいる。
「かわいいね。今からイベントに行くんでしょ? 俺たちと一緒に行かない?」
男の声の方を振り向くと、エリカが声をかけられていた。
「俺たちと行くので大丈夫です」
俺はそう告げてエリカの腕を引いた。
野郎三人と歩いているのに、何で声をかけてくるんだ?
駄目に決まってるだろ。
今からこの調子で、会場に着いたらどうなってしまうんだ?
危険すぎる。
俺はため息をついた。
サフランとサルビアもコスプレをした女の子たちに声をかけられている。
まぁ、こいつらは自分で適当に何とかするだろうから放っておけばいい。
問題はエリカだ⋯⋯
とにかく目を離さないこと。
声をかけられたら俺がブロックすること。
でもそれでエリカは楽しめるのだろうか⋯⋯
俺は今日何度目かわからないため息をついた。
あぁ、本当は行きたくない。
エリカを危険に晒したくないし、とにかく俺はこういうノリが苦手で仕方なかった。
そろそろ覚悟を決めて駅に入らないとな。
そう思った時にエリカは突然こう言った。
「ごめん! お腹の調子悪いかも! 今日はやっぱりやめとくわ! サフランとサルビアで行ってきて!」
エリカは悪魔たちに向かって叫んび、手を振ったあと俺の手を引いた。
「それなら私も看病致します⋯⋯」
サルビアもこちら側に来ようとする。
「大丈夫! レンだけ借りていくから! サルビアはサフランに付いててあげてよ! こいつを野放しにしたら危ないでしょ?」
エリカの言葉にサルビアは納得した。
それからエリカは俺の手を引いて二人の元から離れ、路地裏に入った。
「こんなところにトイレがあるのか?」
俺が質問してもエリカは何も答えない。
少し進んだところでエリカは足を止めた。
俺の方に向き合うと、俺の頭のフードを外し、手で髪を整えてくれる。
そしてそのままマントを外して、どさっと俺の右肩にかけたと思ったら⋯⋯俺のことを抱きしめた。
どういう状況だ?
腹が痛いというエリカに、好きな女の子に、俺は今、抱きしめられている。
路地裏なんて、可愛くて時に神々しいエリカには本来似つかわしくない場所で⋯⋯
でもコウモリの格好をしているエリカには、この背景もマッチしていて、エリカの魅力がさらに引き出されているようで⋯⋯
この状況でこんなことを考えるくらい、俺は混乱しているようだ。
「レン。本当は行きたくないのに無理してくれてたんでしょ? 私のために、ごめんね」
エリカは俺の頭を撫でながら言った。
相当、顔に出してしまっていたんだろう。
今日を楽しみにしていたエリカの気持ちに、俺が水を差してしまったらしい。
そんな俺のことをエリカは慰めてくれている。
「悪かった。大丈夫だから。せっかくだから行こう。な?」
俺はエリカの両肩に手を置いた。
「ううん。私はレンも楽しいのが良いの。なんとなく雰囲気はわかったし、帰ってもっと楽しいことしよ?」
エリカは微笑みかけてくれた。
帰宅した俺たちはエリカの部屋に向かった。
数カ月ぶりに入るエリカの部屋は、初めて入った時に比べて装飾が増えていた。
水族館のペンギンのぬいぐるみや、夏祭りの屋台で当たったぬいぐるみ。エリカの手作りでおそろいのフォトフレーム⋯⋯
それらは俺たち二人の思い出が増えて来たことを物語っていた。
エリカは押し入れからボードゲームを取り出してきた。
子供の頃に遊んでいたものだろうか?
その箱は年季が入っていた。
そのゲームはすごろく形式で、プレイヤーはダンスパーティーの参加者の人形を複数同時に操作して、オバケから人形を逃がす。
サイコロを振ってオバケのマークが出てしまうとオバケは少しずつ前に進んでくる。
オバケに捕まった人形は地下牢に入れられ、ポイントがマイナスされる。
「ぎゃー! また捕まった!」
エリカは叫んだ。
「残念だったな。地下牢行きだ」
俺が振ったサイコロはオバケの目を出し、オバケに追いつかれたエリカの人形は地下牢送りとなった。
「もう一回! 三回勝負だから!」
エリカは楽しそうに言った。
俺はその笑顔に救われた気持ちだった。
その後、俺たちは三回どころじゃ済まないほどゲームを楽しんだ。
「そういえば、まだ何も食べてなかったわね」
俺たちは帰って来てから夢中でゲームをしていたので、何も食べていなかった。
エリカは何か作ると言ってくれたが、申し訳ないので断った。
「じゃあ、これの出番ね」
エリカはジャック・オ・ランタンの形のバケツを取り出してきた。
中にはたくさんのお菓子が入っていた。
「好きなのを選んでいいわよ」
「あぁ、ありがとう」
俺はお言葉に甘えて、コウモリの絵がプリントされたクッキーを選んだ。
「貸して?」
エリカは俺からクッキーを受け取ると包装紙を開けた。
「口開けて」
言われた通りに口を開けると、エリカはそっとクッキーを俺の口に近づけてくる。
その時にエリカの指先が少しだけ俺の唇に当たった。
「ねぇ、美味しい?」
クッキーを食べる俺を見ながら、エリカは小首を傾げて微笑んだ。
コウモリのコスプレをしたエリカが、俺には小悪魔に見えた。
仮装なんてと思っていた俺だったが、すっかりこの光景の虜になっていた。
その後、サフランとサルビアが騒がしく帰って来た。
二人は結局、会場にはたどり付けなかったらしい。
何でも、あの後もそのまま駅前で女の子たちに囲まれて騒ぎになり、警察が駆けつけたことから、サルビアの能力を使って逃げてきたそうだ。
「ハハッ! なかなかエキセントリックな夜になったなぁ!」
「サフラン様⋯⋯もう二度とご勘弁を⋯⋯」
「ねぇ、サフランとサルビアもゲームしよ?」
ハロウィンの夜はまだまだ騒がしくなりそうだ。
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