第17話 番外編① 線香花火

 エリカと花火大会に行った帰り、一緒に手持ち花火をする約束をした。

 エリカにとっては幼稚園児くらいの時にお祖父さんとして以来だそうで、最近はどんどん新しい種類の花火が増えていると知って、興味津々だった。

 コンビニで花火を購入した俺たちは、エリカの家の裏庭にいた。


 まずは、バケツに水を汲んで来る。

 その後、スタンドにセットしたろうそくとライターを用意する。

 まぁ、準備するのはこんなものだろうか。

 虫除けもあると良いが、それは俺がいれば大丈夫だ。


 辺りはだんだんと暗くなってきた。

 風も強くないし、手持ち花火日和のようだ。



「やったー! どれからやる? どれからやる?」


 エリカはすでにテンションが高かった。

 花火の袋を見ながらじっくりと吟味している。


 今日のエリカは、デニムに白いTシャツというなんともシンプルな服装だ。

 それでもとびきり可愛いのだから不思議だ。


「線香花火は最後がいいかもな。定番はこのススキのやつじゃないか?」


 一緒に袋を覗き込みながら説明する。


「それ、お祖父ちゃんも言ってた! 締めの線香花火!」


 エリカはススキ花火を手にとって、俺にも半分渡してくれた。


「すごーい! きれい!」


 エリカは噴き出す花火を見ながら歓喜の声を上げる。

 花火を持った手をぐるぐると回して楽しそうだ。

 


「ねぇ。これは、なんて書いてるでしょうか?」


 エリカはクイズを始めた。


「それは平仮名なのか?」

「そう!」

「わかった。だ」

「正解!」


「じゃあこれは?」

「ハートマークか?」

「正解!」


 なんだか連続で繋げたら俺の名前の後にハートマークが付いたみたいになって、一瞬意識してしまう。

 いや、ただの偶然だろう。


「レンも何か書いて!」


 エリカが言うので俺も問題を出す。


「わかるか?」

「んー、もう一回!」

「三文字だ。ゆっくりいくぞ⋯⋯」

「わかった!だ!」

「正解」


「じゃあ次は⋯⋯」


 何となくまたさっきの流れを思い出してしまう。

 さっきエリカは俺の名前の後にハートマークを書いた。

 きっとそれには深い意味はない。

 俺は星マークにでもしとくか?

 いやでも、ただの遊びだしな。

 そう思った俺はハートマークを書いた。


「これはわかるか?」

「⋯⋯もう一回」

「簡単だろ?」

「⋯⋯⋯⋯」

「ん?」

「⋯⋯⋯⋯ハートマーク」

「正解だ」

 

 なんだかエリカがモジモジしている気がする。

 まさか、自分がやったことには気がついていないくせに、俺の方だけ気づいたんじゃないだろうな?


「次! 香りがするやつやる!」

 

 エリカはそう言って、早足で花火を取りに行った。

 おいおい。

 今のリアクションは十中八九そうだろう。

 弁明するか?でもどうやって?

 結局その後も、エリカと文字当てゲームについての話は出来ず仕舞いだった。



「じゃあ、何の香りか当ててみて!」


 エリカは香り付きの花火に火をつけた。


「なんだろうな。メロンか?」

「残念! 後2回までね」

「じゃあ、イチゴだ」

「正解!」



 それからも花火を続けている内に、徐々に終わりが近づいて来た。


 残ったのはヘビ花火と線香花火だった。


「なにこれ。こんな小さいのから火花が出るの?」

「いや、これは自分の目で確かめたほうがいい」


 静かにライターで火をつける。

 花火の燃えカスが徐々に伸びてきて、ヘビのように長くなってきた。


「なにこれ! だからヘビなの? もう一回!」


 エリカは終盤に相応しくはない、この地味な花火も全力で楽しんでいた。



 そしてとうとう線香花火の時間がやってきた。

 

「じゃあ、どっちが長く保つか勝負ね」

「あぁ。あと、願い事は考えたか?」

「願い事をするの?」

「最後まで落ちなかったら叶うらしいな」


 二人でしゃがみながら、そんな会話をしてから同時に火を点ける。

 いつの間にか肩と肩が触れ合っていて、今までにないほど物理的な距離が縮まっている気がした。

 これが花火の魔法なのだろうか。


 エリカの願いは何だろう?

 俺の願いはエリカの願いが叶うことだ。


 これでどちらかが落ちなければエリカの願いは叶う⋯⋯保険だ。


 結果的には俺たちの線香花火は二つともほぼ同時に落っこちてしまった。


「残念。でも仲良く同時だったね。⋯⋯帰ろっか!」


 エリカは嬉しそうに笑っていた。


 楽しい花火の終わりはいつも静かで、切なさを感じる。

 でも俺たちはこれから同じ家に帰るんだ。

 そう思ったら、寂しくなかった。

 

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