第16話 夏の思い出

「あー! 終わったー! やりきったー!」


 帰宅したエリカは叫んでいた。

 今年の1回目の高卒認定試験が終わったからだ。

 合格発表は約一ヶ月後、不合格科目があれば秋の試験も受ける必要があるが、手応えありのようだ。


「お疲れ。よくがんばったな」


 俺はエリカの頭を撫でた。


「とりあえず遊び倒すわよ! 何しよっかな〜!」


 エリカは浮足立っている。


「俺も夏休みだし、どこか出かけないか?」


 俺はこの時のために密かに色々とプランを練ってあった。


「行く行く! 海と〜花火と〜お祭りと〜」


 エリカは、嬉しそうに行きたいところを挙げ始める。

 今年の夏は楽しくなりそうな予感がした。




 まず、俺たちは海に行くことになった。

 電車を乗り継ぐのも大変そうなので、レンタカーを借りることにした。


「レンが運転できるなんて知らなかった。大人みたい」

「一応エリカも俺も成人だが⋯⋯大学に入った年に免許を取るやつが多いんじゃないか?」

「そっか、私も取ろうと思えば取れるのね。今日はレンの運転で勉強させてもらおっと」

「やめろよ。上手くないのに」


 そんな会話をしつつ、車を発進させる。

 音楽再生アプリでドライブ用の音楽を再生した。


「レンは海に行く時は何をするの?」

「まぁ、泳ぐか、ボール遊びをするか、何か買って食べるとかじゃないか? エリカは今日は何をしたいんだ?」

「ふーん。私はね⋯⋯まずは、砂浜を歩いたり、貝がらを拾ったり、ぼーっと眺めたりしたいかな」

「わかった」 


 一応水着とボールは持ってきたが、エリカは静かに海を楽しみたい派のようだ。

 しかし、実際は⋯⋯


「レン! もう一回行くから! それ!」


 エリカは容赦なく俺に向かって、ビーチボールを打ち込んでくる。

 明後日の方向に飛んでいくそれを、なんとか拾って投げ返す。

 テニス部の振り回し練習が思い出された。 


 ちなみに、エリカも水着を持って来ていたので、海水浴場に着いてすぐに着替えた。

 今日のために買ったというそれは、露出少なめの黒っぽいビキニだった。

 エリカはその上から透け感のある白い大きなTシャツを着ている。

 ヘルシー寄りだったので安心した。


 昼食は屋台で買った焼きそばを食べた。



 その後、せっかくだからやはり海に入ってみたいと言うのでまずは浅瀬に入った。

 エリカは俺の腕を手すり代わりにしている。


「波ってこんなに勢いがあったんだっけ」

「あぁ、危ないから流されるなよ」

「これって触ってもいいやつ?」

「いや、刺してくるやつかも知れない。ややこしいのは触らない方がいい」


 そんな慎重すぎる会話をしながら歩いていた。


 段々と慣れてきたのか、エリカは肩まで海水に浸かってぼーっとしたり、水しぶきを飛ばして遊んだりしたあと、海に入るのはもう気が済んだと言うので、一度解散して着替え、海水浴場を出る準備をした。


 車に乗って、行きに見つけた貝殻を拾えそうな砂浜に移動した。

 屋台もなく、人もまばらだった。


「見て! これなんかきれいじゃない?」


 エリカは少しピンクがかった小さい二枚貝の殻を見つけたようだ。


「こっちにも! これも!」


 見つけた貝殻をチャック付きのビニール袋に入れていく。


「レンも探して!」

「あぁ、わかった」


 一緒に屈んで貝殻を探す。


「これも良いんじゃないか?」

 

 貝殻ではないが、角の取れた色付きガラスのようなものをエリカに見せた。


「それもありね! 入れといて」


 俺は拾ったガラスを袋に入れた。



 貝殻を満足行くまで集めたエリカは、その後しばらく海を眺めていた。

 

「また来れるよね?」


 エリカは聞いてきた。


「あぁ。これから何度だって来れる」


 俺はそう答えた。



 帰りの車の中は静かだった。

 行きの続きのドライブ用の音楽が流れている。


「エリカ、寝ててもいいんだぞ」


 エリカが疲れていると思った俺は声をかけた。


「ううん。レンの優しい運転、もっと見ときたい」


 エリカの言葉は嬉しかった。

 大事なエリカを乗せた車を荒っぽく運転するなんてできないから、上手くは無いなりに最大限気を配っていたつもりだ。

 エリカはそれをちゃんと見ててくれた。


「花火も楽しみ」


 家に着く直前、エリカはつぶやいた。




 夏がもうすぐ終わるという頃、地元の花火大会の日がやってきた。

 

 昼過ぎ、エリカは浴衣を着付けてもらうと言って近所の美容室に出かけていった。


 エリカの帰宅を待っている俺は落ち着かなかった。

 エリカはどんな姿で現れるのだろうか。

 可愛いことはすでにわかっているんだ。何も緊張する必要はない。

 何度も自分に言い聞かせる。


 居間で待っていると、玄関が開く音がした。

 玄関に向かうとエリカが立っていた。


「お待たせ! どう? 似合う?」


 エリカは嬉しそうに言うと、その場でゆっくりと一周回って見せた。


 エリカの浴衣姿は大人っぽかった。

 もっとピンクとか黄色とか、可愛らしい色にするのかと思っていた。


 紺色の生地に白と青の百合の花の柄。

 帯は灰色だった。

 濃い色の浴衣を着ることで、エリカの肌の白さがより際立っている。

 エリカが動くたびに白い花の髪飾りが揺れている。


 可愛いは正義だとどこかで聞いたことがある。

 しかしこれは罪だ。

 そして俺は今からこの可愛い女の子を夏祭りに連れていき、花火を楽しんでもらうんだ。

 俺はいったい何の罪に問われるのだろうか⋯⋯



「ちょっと! ぼけーっとしてないで何か褒めなさいよ! 失礼ね!」

 

 エリカは怒っていた。


「あぁ。きれいすぎて言葉を失ってた。よく似合ってる」


「もう遅いわよ! お世辞丸出しなんだから。準備してくる」


 エリカはそう言い残して自分の部屋の方へ消えていった。



 それからお祭りの会場まで歩いてやってきた。

 大人から子供まで、たくさんの人が集まっている。


「すごい! あっちまで全部屋台なの?」


 エリカは興奮していた。

 何軒か屋台を見たエリカは綿あめを買った。


「あっ! りんご飴もある! お祭りっぽい! これも買う!」

「良いと思うが食べるのが大変だから先に買うとずっとあれを食べることになるぞ? 持って帰った方がいいかもしれないな」

「そうなの? じゃあ最後に寄ろーっと!」


 そんな会話をしながら次に向かったのは金魚すくいだった。


「ねぇ。レンは何でそんなに上手なの?」


 エリカはポイがすぐに破れて苦戦している。


「小さくて大人しそうなのを狙うんだ。方向転換のタイミングで滑り込ませてこうだ」


 俺はエリカに解説した。


「ふーん」


 エリカは真剣な顔で再チャレンジし始めた。

 エリカは浴衣の袖が濡れるのを気にして左手で袖を押さえている。

 さらに髪まで垂れてきて邪魔そうだった。

 俺はエリカの髪を耳にかけた。


「⋯⋯っ」

 

 エリカは一瞬何か言いかけたが、また金魚すくいを再開した。


 結局エリカは金魚をゲットできなかった。

 参加賞として金魚はもらえることになっていたが、俺たちはもらわなかった。


 その後、エリカはくじ引きでいい数字を出せたようで、恐竜のようなゆるキャラのぬいぐるみをもらっていた。

 俺はカバンから大きめの手さげ付きビニール袋を取り出してエリカに渡した。


「ほんっっっと、手慣れてるわね」

「まぁ、お祭りはよく行ったからな」

「そう」

 

 今まで滅多にお祭りに来られなかったエリカに対して、俺は無神経だったんだろうか。

 エリカはほんの少しだけ不機嫌なように見えた。


 でもそんな心配は必要なかった。




「もうすぐ花火が見られるのね!」 


 エリカはワクワクしているようだ。


 花火が始まる時間が近づいて来たので、俺たちはよく見えるという場所に移動してきた。

 他にも何箇所か見やすいスポットがあるらしいが、どこも混雑していそうだ。

 きれいに見えるといいんだが⋯⋯

 結果的には花火はよく見えた。


「すごくきれい!」


 エリカは目を輝かせながら空を見上げていた。

 この場所は口コミ通りにきれいに花火が見えた。

 ただ、とにかく人が多くてちょっとだけ木も邪魔で⋯⋯

 あと一歩、花火の全体像が見えないという感じだった。


「私、あれが好き!」


 エリカは大きい丸型の花火ではなく、時間差で小さい花がたくさん開くような花火が好きだと言った。


「すごい! こんなの初めて見た!」


 エリカは、はしゃいでいる。

 エリカが何度も初めて初めて言うので、隣に居たカップルが声をかけてくれ、もう少しこちらに寄って見たらいいと言ってくれた。

 俺たちは二人に丁寧にお礼を言って、欠けていない花火を堪能した。


 その後は屋台でりんご飴を買って帰った。

 帰りにエリカはまた来年も絶対に来たいと言っていた。

 後、この夏のうちに一緒に手持ち花火をする約束もした。

 今日はエリカにとっても俺にとっても楽しい思い出になった。



 それから一週間ほど経った頃、エリカが俺の部屋に来た。

 渡したいものがあるらしい。


「これ。一緒に拾った貝殻で作ったの」


 エリカがくれたのは、貝殻やシーグラスで飾り付けられたフォトフレームで、中には二人で見た花火の写真が入っていた。

 

「ありがとうな。大事にする」


 俺は本棚の一番目に付く位置に、フォトフレームを飾った。

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