第13話 継承

その日はみんなでテレビゲームをしていた。


「ちょっと! 松明たいまつたくさん置いたの誰? 帰り道がわからなくなったじゃない!」


 今、俺たちはゲームの中で地下の洞窟を探検している。

 真っ暗な洞窟を松明で照らし、暗がりに湧くモンスターを倒しながら、徐々に安全地帯を増やして進む。

 洞窟内で鉱石やダンジョンの入口などを探索するのだが、入り組んだ洞窟内で拠点への帰り道が分からなくなると困るので、行きは左に松明を設置していくというルールだった。

 エリカは貴重な戦利品を一旦拠点に持ち帰るために俺たちと離れたのだが、帰れなくなったらしい。


「俺はちゃんと左に置いたぞ」

「私も、お嬢様の言いつけを守っております⋯⋯」


 俺とサルビアはきちんとルールを守っている。


「ハハッ! 私の進む道は常に明るく照らされていなければならない。松明一本では足りないなぁ!」


 犯人はサフランだったようだ。


「ちょっと! どこから上がればいいのか分からないじゃない! 責任とって迎えに来なさいよ!」


 エリカとサフランはいつも通り、仲良く喧嘩している。


「諦めて地上に向かって掘って行ったらどうだ?」

 

 俺は提案した。


「真上掘りは危険です。マグマや砂利が降ってくるかもしれません。階段状に掘ることをお勧めいたします⋯⋯」


 サルビアもすっかりこのゲームに詳しくなったようだ。


 いつの間にか俺たち四人で過ごすのが当たり前になってきた。

 サフランの奇襲以来、妖怪も悪魔も襲いに来ないし、実に平和だ。


「なぁ。最近誰も襲って来ないが、やっぱり俺たち四人でいると手出ししにくいからなのか?」


 俺は疑問をぶつけた。


「はい。恐らくそうでしょう。ファンツス様とお嬢様のお力でサフラン様を退けられました。サフラン様は現在も変わらず名の知れた悪魔でいらっしゃいますので、そのサフラン様が倒され、仲間に加わったとなると近づくのは容易では無いかと⋯⋯」


 サルビアは鉱石を掘りながら説明してくれた。


「サフランて強い悪魔なの? ていうか、サフランの固有能力って何なの? ストロファンツスが結界で、サルビアが心理操作で⋯⋯」


 エリカは階段を掘りながら質問した。


「ハハッ! 私の固有能力は魔道具の生成だ。実にエレガントな能力だろう?」


「あれ、趣味じゃなくて能力だったのね。バラの花びらはどうやって飛ばしてるの?」


「あれは威圧の応用だ!」


「ふーん。あ、地上に出れた。変なところに来ちゃったわ⋯⋯」


 こんな風に何気ない日常を過ごしていた。

 ただ、俺が一つ気になっているのはエリカだ。

 ストロファンツスの死について話したあの日からエリカの様子がおかしい。

 みんなといる時は普通に振る舞ってはいるものの、一人になると暗い顔をしていることがあった。

 それとなく尋ねてみたものの、はぐらかされてしまう。

 エリカがそこまで気に病むことでは無い気がするが⋯⋯


 こうやってみんなで騒いでいる分には気が紛れるのだろうか。



「もう洞窟は三人でやっといてちょうだい。私はオオカミたちを回復しに戻るわ」


 エリカはオオカミを手なづけて戦力に加えていたが、体力が減ってしまったからエサをやりに帰るらしい。


 オオカミ⋯⋯そうだった。動物園だ!

 俺は前にエリカから聞いていた、行きたい場所リクエストについて、考えを巡らせ始めた。



 次の休日、俺とエリカは動物園に来ていた。

 エリカにとっては動物園も小学生以来だそうだ。


 今日のエリカは細身のデニムにダボッとしたパーカーを着ている。

 髪の毛は後ろで結んで、キャップを被っている。

 シンプルなファッションも可愛い。



 俺たちはひとまず順路に沿って見て回ることにした。


「ホッキョクグマって真っ白じゃないのね」

「あぁ、ちょっと黄色っぽく見えるな」


「オオカミって意外とスリムなのね」

「ゲームのオオカミはもう少しふっくらしてるな」


「アルマジロの甲羅を集めてオオカミの鎧が作れるようになったんだろ?」

「そうなの? 帰ったら作るわ」

 

 こんな感じで現実の動物を見ながらゲームの話もしつつ歩き回る。



 ヒツジのゾーンに行くと、柵の向こうにいるヒツジたちが一斉に俺たちに近づいてきた。


「えっ⋯⋯何これ。すごい集まってくるんだけど」

 

 エリカは少し引いている様子だ。


「人間が来たら餌がもらえるって分かってるんじゃないか?」


 俺はヒツジの餌を売っている機械を指さしながら言った。


「それは期待に応えないとね⋯⋯」


 エリカはガチャガチャの機械に小銭を入れて、レバーをぐるぐると回した。

 出てきたカプセルから取説と餌を取り出し、真剣な表情で説明を読んでいる。


「レンも一緒にやってよ」


 そう言って俺にも半分、分けてくれた。

 怖がってるのか緊張している様子だ。


「あぁ」


 何だか俺まで緊張してくる。


 すごい数のヒツジが期待に満ちた目で俺たちを見ている。


 エリカがそっと餌を差し出すと⋯⋯

 一匹のヒツジが食べだした。


「あっ食べた! 食べてる!」

 

 エリカは俺の顔を見て嬉しそうに言った。

 だが次の瞬間⋯⋯


「ぎゃあ! 食べられた!」


 よそ見をしている内に、指まで舐められたらしい。

 エリカは飛び上がってこっちに逃げて来た。


「勢いがすごいわ。やっぱ怖い!」


 エリカはヒツジからどんどん距離を取りながら言う。


「ははっ。怖がりすぎだろ」


 俺はエリカの反応が面白くて、思わず笑ってしまった。


「じゃあ、レンは逃げずにやってよね!」


 エリカは俺の背中をグイグイ押してくる。

 ヒツジたちの勢いに俺が押され気味になっても、エリカは逃げることを許してくれなかった。



 ヒツジのゾーンで散々はしゃいだ後、俺たちはベンチに座って休憩をしていた。

 俺はコーヒーを、エリカはココアを売店で買った。


 目の前にはサルの群れが見える。

 サルたちは毛づくろいをしたり、じっと座ったりそれぞれ過ごしている。

 中には子どもを連れているサルもいた。



 ここに座ってから沈黙が多くなった。

 エリカから笑顔が消え、ずっと真剣な表情でサルを見ていた。


「ストロファンツスは、どうして私のご先祖さまを命に代えて助けてくれたんだろう」 


 エリカはサルを見ながらつぶやいた。


「断片的な記憶で悪いが、聞いてくれるか?」

「うん」


 そんなやり取りの後、俺はエリカに思い出したことを話した。

 

「奴は人間に興味があったみたいだ。ちょうど今の俺たちが動物に興味があるのと同じように。死に場所を探していたストロファンツスは、人間の世界に来て、よく人間を観察していたんだ。ある時、ねぐらにしていた洞窟の中に、人間の兄と妹が逃げ込んで来た。賊に襲われて死にそうな兄のことを、妹は助けたがっていた。妹は自分は何でもするからとストロファンツスに助けを求めた。その兄妹を自分とベラドンナに重ねたストロファンツスは、妹の方に自分の力を授けた。その時に契約を結んだ。妹は授かった力を使って兄を救った。奴は元からその兄妹を知っていた。彼らなら、この力を悪用しないと信じて渡した。俺が思い出せたのはこれくらいだ」


 死期が迫っていたストロファンツスは見極めた。

 自分の命に代えてもその兄妹を救うべきかを。

 強大な力を持つに相応しい人間なのかを。


「そう。私、正直負担でしかなかった。毎日毎日悪魔像に縛られて、みんな好きに暮らしてるのに、何で自分だけがこんなに不自由なんだって。光の巫女の力を使える人が、すぐ近くの世代にはいなかったし、嘘だと思ってた時期もあった。もう役目を投げ出して逃げたいって思ったことも何度もあった」


 エリカはずっと自分の生まれ持った役目と戦ってきていた。

 誰にも理解してもらえずに、一人で。


「けど、一番負担だったのは1つ目の契約――巫女の血を絶やさないこと。私は唯一の女子だから、自分に何かある前に子供を産まないといけないって、プレッシャーを感じてた。それに悪魔像の世話から逃れるためには、1日でも早く女の子を産まないといけないって。けどそんなのおかしいってずっと思ってた。毎日葛藤してた。彼女代行を始めようとした時、適当に子供の父親も探そうとしてた。⋯⋯幻滅した?」


 自嘲気味なエリカの言葉に俺は声が出なかった。

 悪魔との契約は、エリカをここまで追い込んでいた。

 十八歳になったばかりのエリカを。

 なんと声をかけて良いのか俺には分からなかった。

 何を言っても表面的な慰めになってしまいそうだった。


「まだよく分からないことも残ってるし、全部納得できたわけじゃない。けど、ストロファンツスの話を聞いたら、なんだかあれくらいの縛りも妥当だったのかなって思えた。像が壊れて、もう契約無効になったのかもしれないけど、せっかくもらったこの力を私で途絶えさせるのは嫌だなって思った。いつか繋いでいきたいなって思った。もしかしたら次に覚醒するのは私よりもずっと後の代かもしれないけどね。今まで負担だとか、逃げ出したいとか思ってごめんなさい」


 エリカは俺の方を見て頭を下げた。


「エリカが謝る必要はないだろ? しかも俺に謝る必要はない。謝るのは俺の方だ。エリカはずっと俺の前世との約束を守ってくれてたんだよな。一人でがんばったな。気付くのが遅くなってごめんな。そこまで追い詰めて悪かったな」

 

 エリカは俯いて震えていた。

 キャップのせいで表情は見えなかった。

 俺は震える肩をそっと抱き寄せた。


 事情を知らない周りから見たら、喧嘩話にでも見えるだろうか。

 けれどもきっとこれは、エリカが次に進むためには必要な過程なんだろう。

 

 しばらくそのままでいるとエリカは落ち着いたようだった。

 


「さっ! お土産見ないとね!」


 エリカは元気に立ち上がった。

 お土産屋さんでは、パンダのパペットを手につけて遊んだり、お揃いの羊のキーホルダーを買ったりした。

 

 帰り道、エリカは少しだけスッキリした顔をしているように俺には見えた。

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