第10話 おもてなし
朝、食卓に向かうと、サルビアが待ち構えていた。
「ファンツス様⋯⋯お飲み物は何になさいますか?」
エプロン姿のサルビアが近づいて来る。
「あぁ、じゃあコーヒーを⋯⋯」
「承知致しました⋯⋯砂糖とミルクはどうされますか?」
「必要ない⋯⋯です」
「承知致しました⋯⋯」
サルビアが台所に消えて行った。
後ろをついて行って覗いて見ると⋯⋯
エリカがコーヒー豆を挽いていた。
「はい。それぐらいでいいでしょう⋯⋯先にドリッパーとペーパーフィルターに湯通しをしてください。そうです。量はこれくらいに⋯⋯お待ちください。もう少し蒸らしてから⋯⋯」
エリカはサルビアに横からあれこれ言われながら、何とか俺のコーヒーを完成させてくれたようだ。
俺は急いで食卓に戻る。
「お待たせいたしました。コーヒーです」
エリカの手は少し震えていた。
カップがカタカタ言っている。
緊張しているようだ。
「あぁ、ありがとう。いただきます」
コーヒーを一口飲む。
美味しい。
いつも飲んでいるインスタントコーヒーや缶コーヒーとは比較にならないくらい美味しい。
「エリカはコーヒーを淹れるのが上手いんだな! これは美味しい!」
隣で固唾を呑んで見守っていたエリカに感想を伝える。
「ほんとに? やったー! サルビア! やったよー!」
「お嬢様、お見事でした⋯⋯」
コーヒーは美味いが、こいつらはいったい何の遊びをやってるんだ?
続いてお祖父さんが降りてきた。
「お祖父様⋯⋯お飲み物は何になさいますか?」
サルビアが再び注文を取りに行く。
「じゃあ、麦茶を⋯⋯」
お祖父さんが言いかけたところで⋯⋯
「お祖父ちゃん! 麦茶は練習にならないよ! 何か難しいのがいいの!」
エリカが台所から飛び出して来た。
「困ったのぅ。じゃあ紅茶を⋯⋯」
「よし来た」
エリカは気合を入れながら戻って行った。
サルビアがこっそり麦茶もお祖父さんに渡している。
「先にポットとカップを温めておきましょう。お湯を注いだらすぐにフタを閉めます。まだ開けてはいけません⋯⋯」
「お前たちはさっきから何をしてるんだ?」
作業中の二人に話しかけた。
「カフェのバイトで前までは接客だけだったのが、これからはコーヒーとか紅茶を淹れる担当もするって話をサルビアにしたら、色々と教えて貰えることになったの」
「そうか。エリカも頑張ってるんだな。」
それからエリカは真剣な表情で、紅茶を入れていた。
ちなみにサルビアも、この家に居候させてもらえることになった。
戦力として期待できるのはもちろんのこと、家事なども中心となってやってくれている。
お祖父さんの懐の深さには頭が上がらない。
朝から自宅でカフェを開いていたエリカは、片付けをした後にカフェのバイトへと向かって行った。
カフェのバイトは祠の常連参拝客の紹介だ。
エリカは顔もスタイルも良いし、愛想も良いので、色々な接客業の話が舞い込んで来ていたが、エリカが一番興味があったのがカフェだったのでそこに決まった。
まさかカフェの客たちも、エリカが悪魔相手に喧嘩腰で接するほど気が強いとは、夢にも思っていないだろう。
エリカが働き始めてから少し店が賑わったとかで、お祖父さんも常連さんにお礼を言われていたようだ。
「お嬢様⋯⋯心配ですね⋯⋯」
サルビアがつぶやいた。
「そうなのか? あれだけ頑張ってたら大丈夫なんじゃないか?」
「確かに頑張っておられましたが、まだまだド素人⋯⋯人様にお出しできる域には達しておられません⋯⋯」
まぁ、サルビアの域に達するのは容易ではないだろうな。
「一度、様子を見に行ってみるのはいかがでしょうか?」
サルビアが提案してきた。
「行くって言っても怒られると思うぞ。殴られるかもしれない。それにお前の見た目じゃ人間じゃないってすぐバレるぞ」
確かにエリカのバイトしている姿を見てみたい気持ちはある。
制服も可愛いらしいし、絶対に似合っているはずだ。
でもこの悪魔と一緒に店に行けば、騒ぎになること間違いなしだ。
「ご心配には及びません。店にいる全員の意識を掌握し、角や羽根を認知させなければいいのです⋯⋯」
何か物騒な言葉が聞こえた気がするが。
「俺は知らないぞ。サルビア、お前が勝手について来たってことにするからな」
俺はあらかじめ、責任を逃れることにした。
「はい。もちろんファンツス様にご迷惑はおかけ致しませんので⋯⋯」
こうして俺たちはエリカのバイト先に向かうことになった。
エリカのバイト先は駅前のカフェだ。
おじさん店長と高校生〜大学生くらいの女の子が数人、日替わりで働いているらしい。
個人経営のようだが、店内はそこそこ広そうだ。
緊張を鎮めるため深呼吸をして店に入ろうとする⋯⋯
だがしかし、後ろで女の子たちがキャッキャしている声が聞こえてくる。
サルビアはすでに能力を使ってるみたいだから、正体がバレているわけではないはずだ。
恐らくサルビアの顔立ちやスタイルなどの魅力が目立っているんだろう。
サルビアの能力のせいで、俺の耳はずっとおかしいし、もう帰りたい。
しかし、ここまで来たんだ。
勇気を振り絞り店に入る。
「いらっしゃいませ〜! 2名様ですね〜」
出迎えてくれたのはエリカとは別の女性だった。
空いている席に案内される。
店内を見渡すがエリカは見つけられない。
どこにいるんだろうか⋯⋯
よく見るとコーヒーを淹れる器具の影にエリカがいた。
先輩から何かを教えてもらっているのだろう。
真剣な表情でメモを取っている。
エリカは白と黒のストライプのシャツに黒のミニスカート、腰から下はフリフリのエプロンをつけている。
可愛い⋯⋯
あんな姿で、いらっしゃいませお客さま〜とかご注文は何になさいますか〜なんてやられたら恋に落ちないはずが無い。
危険すぎる。
店内の客層は、学生からお年寄りまで幅広い。
若い男の客もいる。
エリカに近づく危険な輩はいないだろうか⋯⋯
男性客ばかりに気を取られていたが、女性客の視線がこちらに集まっているのに気づく。
「あの人格好いいよね〜」
「ねぇ、声かけてみようよ!」
サルビアはここでも目立ってしまっている。
――ゴン⋯⋯ゴン⋯⋯
「いらっしゃいませお客さま〜ご注文は何になさいますか〜」
「⋯⋯⋯⋯」
勢いよくテーブルに置かれた2つのコップ。
見上げると⋯⋯エリカがすごい形相で立っていた。
「違うんだ⋯⋯俺たちはエリカが心配で⋯⋯」
何か言われる前から、俺は必死に言い訳をし始める。
「百歩譲ってあんたはともかく、何でこいつまでいんのよ! 店の中が軽く騒ぎになってるじゃない。それに耳がおかしくなるから早く帰んなさいよ!」
エリカの怒りはごもっともだ。
「お嬢様の成長されたお姿⋯⋯しかと見届けさせていただきます⋯⋯」
サルビアは、エリカが持ってきた水を飲みながら平然と言ってのけた。
「何で悪魔ってこんなに勝手なわけ? 私、あんたたちと知り合いでも何でもないから関わらないでよね。じゃあ、あんたたちは紅茶2つ。それ飲んだらさっさと帰りなさいよ」
エリカは睨みを効かせながら小声で言うと立ち去って行った。
その後しばらくして、エリカが一生懸命入れてくれたであろう紅茶が運ばれて来た。
紅茶は美味しかった。
一口飲めば可憐な香りと温かさが胸に優しく広がるような気がした。
「⋯⋯まぁ。悪くはありませんね⋯⋯」
サルビアも満足そうだ。
あと、頼んでいないはずのケーキも2つ運ばれて来た。
このお店の名物らしい。
運んで来てくれた店員さんに尋ねたら、エリカからとのことだった。
その後もゆっくりとティータイムを楽しみたかった俺たちだったが、エリカの圧に負けてそこそこの時間で退散した。
それ以降も、時々サルビアはエリカのカフェに通っているらしい。
そして、サルビア目当ての女性のお客さんが増えたことが関係あるのかないのか、従業員の時給が少しアップしたそうだ。
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