第9話 右腕

この日は、居間に行くとエリカとサフランが何やら盛り上がっていた。


「へぇ。一枚一枚自分で作ってるのね⋯⋯」

「ハハッ! 美しい私の武器は美しくなくてはならない! 見ろ、この滑らかな曲線を!」


 自信満々のサフランの隣で、エリカはバラの花びらを手にとって色々な角度から眺めているようだ。


「何をしてるんだ?」

 

 俺は話に加わる。


「サフランが前にバラの花びらで攻撃してきたでしょ? あれ、本物の花びらだと思ってたら、花びら型の手作り手裏剣だったの」


 あの時に飛んできたバラの花びらは、顔に当たると刃物で切れたみたいになった。

 まさか本当に手裏剣だったとは⋯⋯


「美しさと鋭さの調和こそ極上⋯⋯ファンツもそう思うだろう?」


 サフランは得意げだ。


「あぁ、確かに見た目はきれいかもな」


 俺の返答に、サフランは満足そうに頷いている。


「見た目はいいけど、戦闘後にいちいち拾わないといけないのがちょっとダサいわね。なんか華麗な戦闘シーンの裏側というか⋯⋯」


 エリカは言った。


 俺たちとの戦闘後、しばらく動けなかったサフランは回復してからすぐに洞窟に行き、床をハイハイしながら花びらを回収していたらしい。


「武器は使う瞬間が一番大事なのだ! 一枚一枚の花びらにこだわりがあるのだ! 量産できるものではない! 決して使い捨てになどできない!」


 サフランはムキになっている。


「はいはい。わかったから」


 エリカはそう言って話を終わらせた。



「そういえば、ファンツに会いたがってる彼に居場所を伝えておいたよ。そろそろ来る頃かと思ったが⋯⋯」


 サフランが唐突に言った。


「何だと? 誰にだよ。勝手に喋んなよ。危険なやつじゃないだろうな?」


 全くサフランは勝手な野郎だ。

 

「私の次に貴様に会いたがっている男だよ。貴様の右腕の⋯⋯」

 

 右腕⋯⋯?


――次の瞬間、耳がおかしくなる感覚がした。

 まるで飛行機に乗った時のような、高層階にエレベーターで昇った時のような感覚だ。


 エリカを見ると同じように耳を気にしている様子だ。


――コツコツ


 廊下から足音がする。


 静かに襖が開いて、入って来たのは⋯⋯悪魔だ。


 青い髪をオールバックにしている。

 眼鏡の奥に見えるのは涼し気な目元。

 執事服を着ている。


「サルビア⋯⋯」


 覚えている。

 前世の俺に仕え、身の回りの世話や参謀を任せていた悪魔だ。


「ファンツス様⋯⋯数百年ぶりでございます。この日をいったいどれだけ待ちわびた事か⋯⋯」


 サルビアは俺にひざまずきながら言う。


「久しぶり⋯⋯だな。その⋯⋯まだ全部思い出したわけではないんだが⋯⋯」


 前世の記憶は部分的にはあるものの、俺は俺なわけで⋯⋯

 いったいどういう距離感で接したらいいのか、正直わからない。


「サルビアも私とともに、貴様が発声器官のある生き物に転生するのを、今か今かと待ち望んでいたのだよ。ハッハッハ!」


 サフランの言葉を聞いて一気に恐怖心が蘇る。


「お前も、俺の産卵シーンを見てたのか?」


 俺は恐る恐る尋ねた。


「いえ、私は主のプライベートを覗くことは致しませんので⋯⋯」


 サルビアは胸に手を当てながら言った。


「あぁ、それなら良かったが⋯⋯えっと⋯⋯」

 

 安心していいの⋯⋯か?


「ちょっと! 盛り上がってるところ悪いけど、土足厳禁なんですけど! 後で拭いといてよね」


 エリカはサルビアの靴を指さしながら言った。


 するとサルビアは⋯⋯


「小娘よ。まだファンツス様がお話されているでしょうが」


 黒いオーラを出して怒っている。


「はぁ?」


 エリカも喧嘩腰だ。


「いや、いいんだ。サルビア、ここにいるエリカとエリカのお祖父さんのことは、俺以上に丁重に扱って欲しいんだ」

 

 俺はサルビアを制止した。

 すると、サルビアは瞬時に黒いオーラをしまった。


「ファンツス様、承知致しました⋯⋯お嬢様、ご無礼をお許しください⋯⋯」


 サルビアはエリカの手を取り、甲にキスをした。


 おい、そこまでしていいとは言ってないぞ!

 俺は心の中で叫んだ。


「はぁ。なんでもいいけど、あんたが来てから耳がおかしいのも何とかしてくんない?」


 エリカは手の甲にキスされながら平然と話す。


「失礼いたしました。場を掌握するのが私の能力でして⋯⋯」


 サルビアはそう言うと能力を解除した。


「あっ治ったわ」


 エリカも元に戻ったようだ。


 サルビアは相手の心を操るのが得意だった。

 悪魔の世界も争いがあったが、この能力があれば血が流れないで済む。

 ストロファンツスが側近にサルビアを選んだのもそんな理由だった気がする。


「ファンツス様。これからは私が身の回りのお世話を致しますので、なんなりとお申し付けください⋯⋯」

「いや、もう自分でできるから大丈夫だ」


 俺は、サルビアの申し出を断ろうとした。


「ねぇ。ストロファンツスが生きてる時はあんたが世話をしてたってこと? 1日5食食べさせたりとか何回も身体拭いたりとか?」


 エリカはサルビアに質問した。


「ファンツス様のお世話は私がしておりましたが、1日1食召し上がられるかどうかでした。湯浴みはご自身でされていましたが、そう多くはなかったかと⋯⋯」


 はっきり覚えていないが、そうなのか?

 じゃあ何で像になってからはあんなに食って、清潔にしていたんだ?


「ふーん。おかしいわね」 


 エリカも考え込んでいるようだった。






――ポチャポチャポチャ


 俺たちは今、サルビアに紅茶を淹れてもらっている。


「ハッハッハ! またサルビアの紅茶を飲めるとはなぁ! ファンツの屋敷の応接室のソファは実に座り心地が良かった⋯⋯こんな粗末な部屋と違ってなあ!」


 サフランは上機嫌だ。


「粗末な部屋で悪かったわね! てか、応接室に居たってことはやっぱりあんたたち友達だったんじゃない」

「いや。友達ではなかった」


 俺は即座に否定する。


「はい。サフラン様は勝手に応接室に居座っておいででした⋯⋯」


 サルビアもそう証言した。


「ハッハ! 実に美味なり!」


 サフランは都合が悪いことは無視して紅茶に夢中なようだ。


「確かに美味しいわ。香りがよくて、渋みがない」

「お嬢様、ご満足いただけたようで何よりです⋯⋯」


 エリカも満足そうで良かった。


 

「そういえば、サルビア。エリカがファンツの力の継承者だよ。もしかしたらサルビアなら、エリカを落として配下に加えることもできるのでは無いか?」


 サフランが唐突に言う。


「は? あんたそんなことできるの?」

「はい。私は自分の近くにいる相手の心を意のままに操る事ができます。もちろん魅了も得意としております⋯⋯」


 サルビアは眼鏡を外し、エリカのあごを手で持ち上げた⋯⋯顎クイだ。

 そしてまるでキスでもするかのように顔を傾けながら近づける⋯⋯


 おいおいおいおい。

 制止したいが何故か俺の身体は動かず、目はサルビアに釘付けだ。


「お嬢様⋯⋯私の瞳の奥を見てください⋯⋯」


 サルビアは囁く。


「はぁ。瞳の奥ってどこのこと⋯⋯?」


 エリカはサルビアを見つめる。


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯


 何も起きなかった。


「おかしいですね」


 サルビアは眼鏡をかけながらつぶやいた。

 エリカは今ので本当に何もないのだろうか?

 横から見ていた俺でさえも、何か新しい扉が開きかけたというのに。


「エリカ、大丈夫か?」

「何ともないけど⋯⋯あんたたち、落とす落とすって本当にそんな力があるの?」


 エリカは疑っているようだ。


「レンも使えるの?」


 急に問われて俺は戸惑う。


「昔は⋯⋯使ってたんじゃないか?」


 しどろもどろになりながら答える。


「はい。ファンツス様の魅了はそれはお見事でした⋯⋯」


 サルビアが持ち上げてくる。


「あっそ」


 エリカは不機嫌そうに言った。


 女たらしだと思われたのだろうか。

 俺は言い訳混じりに話をそらす。


「魅了は男にも効くんだったもんな?」

「ええ、もちろん。私はあるじにこの力を使うことは致しませんが、お望みとあらばいつでも⋯⋯」

「はぁ」


 何だかサルビアは男の俺から見てもヒヤヒヤする色気を放っている。

 

「ちなみにこの系統の能力は攻撃ではありませんので、結界でも弾けません。ご注意ください⋯⋯」


 サルビアは補足した。

 心理系の能力者をエリカに近づけるのは危険だ。

 そう思った。

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