第8話 外の世界
この日、俺は本屋のバイトに入っていた。
春休み中だからいつもより長時間のシフトで働けている。
エリカの護衛はサフランにも任せられるから集中して働くことができた。
バイトの業務内容は、レジ打ちをしたり、空いた棚に本を補充したり、お客さんの欲しい本を調べて探したり、取り寄せたり⋯⋯
忙しい時もあるが、本に囲まれている環境が俺には合ってる。
それに、意外と力仕事も多いから筋トレにもなる。
雑誌を並べながら一冊の本が目に留まる。
日本Walker⋯⋯観光名所やイベント情報の雑誌だ。
そういえばエリカは、こういう所に出かけたことはあるのだろうか⋯⋯
悪魔像の世話のせいで学校も行けなかったエリカ。
今からでもたくさんのことを経験させてあげたい。
それに、エリカは試験勉強や新しく始めたカフェのバイトなど、毎日頑張っている。
何か息抜きや楽しみになることをプレゼントしたかった。
俺はバイト終わりにこの雑誌を買って帰った。
帰宅すると俺はエリカの部屋に向かった。
部屋には電気がついていた。
壁をノックすると――
「はーい」
返事が聞こえてきたので、襖を開けた。
エリカは勉強をしていたようだ。
「邪魔して悪い。ちょっといいか?」
「なにー?」
エリカはいつものオフモードの服だ。
心臓に悪いが、こらえて中に入る。
「エリカ、俺と出かけないか?」
俺はストレートに切り出した。
「へ? どこに行くの?」
エリカは驚いたようにこちらを見ている。
「エリカの行きたい所があれば連れて行くし、なければ俺が考えるから。ほら、エリカはあまり出かけたことがなかっただろ? それにいつも頑張ってるからたまには息抜きに⋯⋯」
あんたなんかと行くわけないとか言われるだろうか⋯⋯
そんな不安をよそにエリカの反応は良かった。
「え! いいの? 行きたい! 行きたい! 水族館と⋯⋯動物園と⋯⋯海と⋯⋯」
エリカは目を輝かせながら、たくさんの候補を出してきた。
どれも大学生なら何度か行ったことがあるような場所だ。
「あぁ、全部行こう。順番に行こうな」
こうして俺は意外にもあっさりと、エリカとの約束を取り付けた。
デート当日⋯⋯
いや、デートではないのかもしれない。
とにかく約束の日。
玄関の外で、エリカが来るのを待っていた。
エリカはどんな姿で現れるのだろうか。
楽しみすぎる。
「お待たせ〜!」
エリカは黒いタートルネックのセーターに、グレーのチェック柄のタイトスカートを履いている。
メイクもいつもより少し明るい色な気がする。
おめかしして来てくれたことが内心嬉しい。
「あぁ、じゃあ行こう」
俺たちは駅まで歩いてから電車に乗り、最初の目的地に向かった。
最初に来たのは水族館だ。
エリカのリクエストで一番最初に挙がったところで、エリカにとっては小学生の遠足のとき以来だそうだ。
「まずは⋯⋯ペンギンショー!その後⋯⋯イルカショー!」
エリカはハイテンションだ。
もちろん俺だって浮かれている。
イルカショーの会場に入ると飼育員さんからストローを加工したような笛が配られた。
これをショーの最中に、指示されたタイミングで吹くのだが、エリカは上手く音が出ないとムキになって練習していた。
ショーが始まってからは、飼育員さんのトークに笑ったり、イルカが空中に飛び上がる様子に目を輝かせたり、楽しんでいた。
お昼は水族館の売店のパンを食べた。
エリカは亀の形のメロンパンを色々な角度から撮影していた。
かわいく撮れたと言って、メッセージアプリのアイコンに設定していた。
「うーん。水槽が光って上手く撮れない」
エリカは気に入った魚の写真を撮ろうとしているが、水槽が反射するせいで苦戦している。
「カメラを水槽にくっつけたらいいんじゃないか?」
俺は両手でスマホを構えるエリカの手を持って、スマホを水槽にくっつけた。
「⋯⋯⋯⋯」
何だかエリカの耳が赤い。
⋯⋯無意識だった。
まるでエリカを後ろから抱きしめるみたいな格好になっていた。
「悪い!」
俺は後ろに飛び退いた。
「ほんっっっと、悪いわよ!」
エリカは顔を真っ赤にして抗議してきた。
「もう!」
そう言うと足早に次の水槽に行ってしまった。
最後に、水族館の出口にあったお土産屋さんに入った。
「うーん、こっちもかわいい。こっちもかわいい⋯⋯」
エリカはペンギンのぬいぐるみを吟味してる。
「せっかくだから両方買えばいいんじゃないか?」
「うーん。でもそういえばまだバイト代入ってないし⋯⋯」
エリカは予算を気にしているみたいだ。
だったら⋯⋯
「じゃあ、俺が青い方を買うから、俺の分もエリカのと一緒に飾っといてくれよ」
「え、いいの?」
「あぁ、こいつらも一人じゃ寂しいだろ」
「⋯⋯ありがとう」
こうして二人とも会計が終わり、お土産屋さんを出た。
エリカは2つのぬいぐるみが入った袋を大事そうに抱っこしている。
その姿がとても愛らしく感じた。
その後は、カフェに入ったり、ビル街を歩いたりと楽しんでいると、あっという間に夜が来た。
今日の最後の目的地は、エリカのリクエストにはなかった場所だ。
俺がエリカに見せたかった。
エレベーターとエスカレーターを乗り継ぎ、屋外展望台に出た。
「すごい! きれい⋯⋯」
エリカは展望台からの夜景は初めてだと言った。
俺もここに来るのは初めてだった。
屋外展望台からは無数のビルの灯りや遠くの山、どこかの遊園地の光る観覧車などがきれいに見渡せた。
風を肌に感じるからか、窓越しに見るよりも迫力があった。
真上だって夜空が見える。
エリカは、360°見回しながら目を輝かせていた。
「うーん。カメラと肉眼では見え方が違うわね⋯⋯」
エリカはきれいな夜景を何枚か撮影していたが、どうしても目で見たまま撮るのは難しいようだ。
「見たくなったらまた来ればいい。いつでも連れてくから」
俺はエリカに言った。
「⋯⋯⋯⋯」
エリカはしばらく黙ったあと⋯⋯
「うん! 絶対にまた連れてきてよね!」
満面の笑みで言った。
帰りの電車の中、はしゃぎ疲れたのかエリカは眠そうに舟を漕いでいた。
胸にはぬいぐるみをしっかりと抱きしめて。
隣の人の方に何度も倒れて行きそうになっていたので、しれっと自分の方にもたれさせた。
こんなに楽しんでくれるとは思わなかった。
まだまだエリカに見せたいものはたくさんある。
俺は早くも次のプランについて考えを巡らせ始めた。
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