第6話 悪魔の記憶


 あぁ⋯⋯なんだか、温かいな⋯⋯

 俺は今、とても心地良い⋯⋯


「痛っ」


 目が覚めると俺は洞窟の中で仰向けに寝ていた。

 倒れた時に頭をぶつけたのか、一瞬痛みを感じる。


「レン! 起きたの? 倒れてたけど大丈夫? あんた祟られたの?」


 エリカは心配そうに俺に近づき、顔を覗き込んでくる。

 良く見ると、どうやらエリカが結界を張って回復してくれていたらしい。

 黄色い光に包まれている。

 洞窟の冷たい地面に横たわっているのに、身体が温かい。


「エリカ。結界、上手く使えるようになったんだな。」 


 身体をゆっくりと起こしながら言う。


「起き上がって大丈夫なの?」


 エリカが肩を支えてくれた。


「大丈夫そうだ」

「そう」


 エリカは安心したように結界を解いた。



「俺はこの悪魔像の記憶を見た」

「え? どんな記憶?」


 エリカは目を丸くして驚いている。


「何? どんなのだった?」


 エリカは俺の膝に手を置き、前のめりになりながら聞いてくる。

 俺は見た記憶を順番にエリカに伝えることにした。


「悪魔の名前は――ストロファンツスだ。エリカの前の巫女はキリコ。その前がキクコ、ウメ、ツバキ⋯⋯」

 

「え? 私、そんなのあんたに話してないよね?」


 エリカは驚いて口を開けている。


「聞いてない。お祖父さんからも聞いてない。でも分かる。像が壊れた時に頭の中に記憶が流れ込んできたんだ。俺はおかしくなってないか?乗り移られたんだろうか?」


 自分の身体を触るとちゃんと感覚はある。

 見た感じおかしなところはない。

 エリカの反応からしても大丈夫そうだ。


 他にも色々と悪魔の気色悪い記憶も見た気がする。

 しかし、ちゃんと俺が物心ついた時からの記憶も残っている。


「何なんだこれは⋯⋯」


 俺はつぶやいた。




「ハーッハッハ! 目覚めたのだなファンツ!」


 突然後ろから男の声が聞こえてきた。

 振り返ると燕尾服を着た男が立ち姿で宙に浮いている。

 男の見た目はまるで絵本から飛び出してきた王子様だ。

 周りに星でも飛んでいそうな端正な顔立ち、赤くて長い髪、スラリと長い手足、溢れ出る自信⋯⋯

 でも、額からは2本の角が生えていて、黒い羽もある。

 ⋯⋯悪魔だ

 


「サフラン⋯⋯」


 俺はこいつを知っている。

 悪魔の記憶に何度も出てきた。


「レン、あいつは誰なの?」

「あぁ、悪魔の記憶で見た。何度もこの悪魔像⋯⋯ストロファンツスの元に来ていた。何度転生しても必ず見つけ出して葬るって言って⋯⋯」

「えっ⋯⋯何それ⋯⋯」


 エリカは戸惑っている。

 俺はエリカを自分の身体の後ろに隠した。


「やっと思い出したのか! 貴様がいつになったら前世の記憶を思い出すのか、ずっとハラハラしながら見守っていたぞ!」


「何を言ってるんだ? 勘違いしないでくれ! 俺は悪魔像を壊した時に悪魔の記憶を見ただけだ!」

 

 こいつは何か早とちりしているようだ。

 誤解されれば俺たちに危害を加えるかもしれない。


「貴様こそ何を言ってる。私はずっと貴様の転生先を追って来たんだ。間違えるはずがない。貴様は自分の抜け殻に触れることでようやく前世の記憶を取り戻したのだ! 私はこの瞬間をどれだけ待ちわびていたことか!」


 俺の前世がこの悪魔像だと?

 乗り移られたのでも、記憶を盗み見たのでもなく、やけに長い時間生きていたであろうこの悪魔の記憶が俺の前世の記憶⋯⋯

 悪魔像は石像ではなくて、朽ちた悪魔の身体そのものだったということなのか。 

 

「貴様はこの数百年、虫や魚に何度も転生を繰り返し、やっと人間だ。私はずっとその人生を間近で見届けてきた。貴様が40回連続で虫だった時は絶望した。虫の状態で殺してもきっと楽しくないだろうからなぁ! この時を待っていたのだ! 今の貴様には発声器官がある。さぁ悲鳴を聞かせてくれ!」


 サフランは大げさに両手を広げ、天を仰いでいる。


「えっ、気持ち悪い⋯⋯」


 エリカはサフランを見ながらドン引きしたように声を漏らす。


「何?」

 

 一瞬サフランからとぼけた声が漏れるが奴は続ける。


「人間の小娘よ。貴様もようやく力に目覚めたようだな。ファンツをいたぶった後は、ついでに貴様を頂いて行こう!」


「えっ、私この人やだ⋯⋯ねぇ、レン。この人すごいこと言ってるよ? だってずっとあんたの転生先を調べて追い続けて、人間に転生するまでその一生を見てたんでしょ? 壮大なストーカーじゃない。虫だったあんたが葉っぱ食べてるところとか、卵産んでるところとか見てたんだよ? きっと虫眼鏡とか使って⋯⋯」


「⋯⋯確かに気持ち悪いな」


 俺はエリカの言葉に同意した。


「待ちたまえ、小娘。ファンツだって貴様に執着して毎日のようにここに通っていたんだぞ? 私は見ていた! それならファンツだって気持ち悪いではないか!」


 サフランは気持ち悪いと言われたことが心外だったのか、どさくさに紛れて俺の秘密を叫んだ。


「おい! お前、余計なこと言うなよ! エリカ違うんだ。違わないけど、違うんだ!」


 俺は必死に弁明しようとする。


「悪魔像が跡形もなく消えて⋯⋯レンが実は悪魔ストロファンツスの生まれ変わりで? 突然こいつが現れて⋯⋯もう色々起こりすぎてわからなくなってきた。でもまぁ衝撃を受けるのにも優先順位があるからさ。今のところこいつが一番やばいわ!」


 エリカはサフランを指さした。


「これは悪魔ジョークなの? あだ名で呼んでるみたいだし本当は友達なの? 何なの⋯⋯?」


 エリカは膨大な情報量に処理落ちしたようだ。


「もういい。おしゃべりはここまでだ! 私をこけにしたことを後悔するんだな! ハッハッハー!」


 サフランが両手を広げるとサフランの周りを赤い花びらが舞い始める。

 それから俺たちの方に手をかざすと⋯⋯


「痛っ」


 無数の花びらが俺たちの方に飛んでくる。

 花びらが数枚、俺の顔を掠めて痛みを感じる。

 手で拭うと血が出ている。

 まるで鋭利な刃物で切られたみたいだ。



「ハァッ!」


 エリカが俺たち二人を守るように結界を張る。


「ハッハッハー! それが貴様の力か!」


 サフランは嬉しそうに再び花びらをこちらに飛ばして来る。



――キンキンキン

 

 サフランの放った花びらは結界に弾かれて地面に落ちた。


 すごい。本当にどんな攻撃も跳ね返すのか⋯⋯

 いや、関心してる場合じゃない。

 今のうちに反撃しないと。


 焦りを覚えながら、自分の手を見る。

 この前みたいにオーラが出ている。

 それに使い方はもう分かる。


 サフランに手をかざして力を込めると⋯⋯



――ドン


 サフランの身体は吹き飛ばされ、洞窟の壁にぶつかってそのまま⋯⋯地面に落ちたのだった。


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