第5話 彼女の力
エリカに群がる妖怪を退けた後、エリカのお祖父さんが自宅の中に入れてくれた。
二人暮らしにしてはかなり広い家だ。
何度か廊下を曲がり、客間に通される。
お祖父さんは温かいお茶を出してくれた。
エリカは二間続きの隣の和室に、布団を敷いて寝かされている。
まだ身体は光り続けている。
そのことを除けば、普通にぐっすり眠っているだけのように見える。
お祖父さんの顔の傷は、もしかしたら病院で縫ってもらった方がいいのかもしれない。
けれども今晩は緊急事態ということもあり、ひとまずガーゼを当てた。
「レンくん。本当にありがとう。エリカもわしも助かった。本当にありがとう⋯⋯」
お祖父さんは、畳の上に正座をして深々と頭を下げる。
「いえいえ、俺も何が起こったのか全然わかってなくて。そんな、頭を上げてくださいよ」
俺はお祖父さんの両肩に手を置いて言った。
「色々とよくわからないので質問してもいいですか?」
「あぁ。もちろん」
お祖父さんは答えた。
「まずは、エリカさんは何で光ってるんでしょうか?」
この光っているエリカが妖怪を呼び寄せていたようだった。
たぶん事の発端はこの現象にある。
「うちの家系の女子は代々、光の巫女の力を受け継いで来ておる。先祖が悪魔と契約して手に入れた力じゃ。エリカはその力に覚醒しようとしているのだろう」
光の巫女の力が覚醒する?
悪魔との契約?
「悪魔というのは、洞窟の悪魔像のことでしょうか?」
「悪魔像を知っておったのか。見たのか?」
お祖父さんは驚いている。
「すみません。お昼間にエリカさんの忘れ物を届ける時に追いかけて入ってしまって⋯⋯」
「そうか。察しの通り先祖はあの悪魔と契約して光の巫女の力を授かった。あの悪魔像の世話係がエリカの役目じゃ。悪魔との契約内容が多いもんで、エリカは毎日悪魔像に尽くし忙しくしておる。この春に大学生になる年だが、通わせてあげられんかった」
昼間にエリカが言っていた意味がわかった気がする。
忙しいとか悪魔像の世話をしてるとか言って、怒っていた。
それにしても学校にも通えないほど忙しいとは⋯⋯
巫女さんというのは大変なんだな。
そして意外にもエリカよりも俺の方が一つ年上だったとは。
巫女服を着ているからか、大人っぽく見えていた。
「光の巫女の力って何なんですか? あとお祖父さんも結界みたいなのを張っていたように見えましたが⋯⋯」
「まず、わしの結界は一族が皆使える保護結界じゃ。光の巫女の力は、それよりもさらに上位の保護結界を張ることができる。いかなる攻撃も通さず、包まれたものに力を与え、傷を癒すとされておる。しかし、わしの母親も妹も結界は使えたが、そこまで強力なものではなかった。それに、今のエリカのように光っていたとは聞いたことがない」
強力な結界を張る光の巫女の力。
エリカはそれに覚醒めようとしている。
「妖怪はエリカさんの力を目的に群がって来たということでしょうか?」
「妖怪の目的はエリカの力で間違いないじゃろう。エリカの力が本物の光の巫女の力であれば、いくらでも悪用のしようがある」
なるほど。
どんな攻撃も効かない、力が与えられる、回復もできるとなると最強と言っていい。
エリカを捕まえて脅して力を使わせるなんてことを妖怪が出来るのだとしたら、そいつの手に渡った時点で誰も敵わない。
エリカに危険が迫っている――
「俺は妖怪に避けられていたみたいですが、いったい何故でしょうか? この力があれば、またエリカさんを守れるでしょうか?」
俺は自分では何が起こったのかよくわかっていない。
あんな力があったなんて知らなかった。
「レンくんは霊能力者ではなかったのか? 特殊な血筋ということは?」
「いえ、そんなことは親からも聞いたことがありません。生まれつきってことも無いかもしれません。妖怪だって初めて見たくらいなので⋯⋯」
俺の言葉にお祖父さんは腕組みをしながら考え込んでいる。
「厄祓いの力のように見えたが⋯⋯とにかくレンくんに頼みがある。また奴らがエリカを狙ってくるかもしれない。わし一人じゃ到底守りきれない。頼む。エリカの側についていてもらえないだろうか」
正座していたお祖父さんが俺に向き直って再び頭を下げる。
「そんな、頭を上げてください! 俺が力になれるなら喜んで協力しますから」
「そうか。ありがとう。よろしく頼む」
こうしてお祖父さんからの依頼でひとまず今晩はここに泊まり、エリカの護衛をすることになった。
俺は先ほどまでお祖父さんと話していた客間に布団を用意してもらった。
隣の部屋には⋯⋯エリカがいる。
エリカの枕元にそっと移動する。
本当に良く眠っている。
まつ毛、長いな。
柔らかそうな白い肌。
ふっくらとした唇。
どこからか香る柔軟剤の匂い⋯⋯
「ハクション!」
まずい。大きなくしゃみが出てしまった。
エリカを見ると光が消えて⋯⋯
「はっ! 今、何時? 換気しに行かなくちゃ!」
エリカは起き上がった。
悪魔像の世話をすっぽかしたと思って焦っているようだ。
「良かった。気がついたんだな。今はまだ夜中の3時だ」
俺が声をかけると、エリカはゆっくりと俺の方を見る。
「何で、あんたがここにいるの?」
「あぁ。エリカ、さっきは危なかったんだぞ⋯⋯」
と言いかけたところでエリカが叫んだ。
「お祖父ちゃーーん!!! 助けて!!! 変態がいるーー!!」
その後、お祖父さんがエリカに事情を説明してくれた。
エリカに変態扱いされた俺は、部屋の隅で正座をしている。
エリカがこちらに近づいてくる。
「さっきは悪かったわ。お祖父ちゃんの話を聞いても正直あんまり理解できてないんだけど⋯⋯とにかく助けてくれてありがとう」
エリカは俺に手を差し出した。
「いや、俺の方こそ怖がらせて悪かった。身体は大丈夫か?」
俺はその手をとって立ち上がった。
「うん。よく寝たって位で、普段とあんまり変わらないかも。あと、スマホのメッセージも今見た。ごめんね。デートすっぽかして」
「あんな状況だったんだ、気にしないでくれ。それに俺も本当はあんまり気乗りしなかったから。やっぱりお金でどうこうっていうのは」
俺は正直に言った。
「そう」
エリカはそれ以上何も言わなかった。
翌朝、エリカは早朝から悪魔像の世話に忙しかった。
洞窟の換気から始まり、手作りの3回の食事と2回のおやつ。
像の拭き掃除に、洞窟の掃き掃除。
舞を舞ったり、祈りを捧げたり⋯⋯
俺はというと、エリカが自分の力を使いこなせるようになるまでは、護衛のためにしばらくここに泊まることになった。
恩人だからとお客さん扱いしてもらっているものの、忙しそうな二人を見て何もしないのも悪いので手伝っていた。
「ごめん。そっちの火を弱めてくれない? 吹きこぼれそう」
「わかった。あとこの味噌はいつ入れるんだ?」
「それはあともう少し、野菜が柔らかくなってからかな」
「了解」
俺はエリカの料理を手伝っていた。
エリカは同時に三つの鍋と電子レンジや炊飯器を使いながら手際よく料理を仕上げていく。
悪魔は味付けにうるさいらしく、契約書には好みの料理から隠し味まで書かれているらしい。
この契約が破られると災いが起こるというのだから不思議だ。
悪魔という生き物はそんなにグルメなんだろうか。
悪魔の料理を作るついでに俺たちの分の料理も作るので、エリカの手料理を食べることができる。
エリカの料理はお袋の味って感じだ。
優しい味付けでつい実家を思い出して懐かしくなった。
「ハァッ! ハァッ! ⋯⋯だめね。どうやったらお祖父ちゃんみたいに出せるんだろう⋯⋯」
エリカは悪魔像の世話の合間に、結界を張る練習をしている。
今のところ成功している様子はない。
力に目覚めたからと言って、自由に簡単に使えるわけではないらしい。
そして俺も困ったことに、妖怪を追い払う時に出ていたオーラは、自由に操れるわけでは無さそうだ。
あんなもの今まで生きてきて出せたことがないんだ。
そんな都合がいいものではないらしい。
ただ、あの力がないとエリカに何かあった時、助けることができないかもしれない。
俺は自分の手のひらを見つめることしかできなかった。
夕方、また悪魔像の掃除の時間がやってきた。
こいつはいったい1日に何回身体を拭いてもらえば気が済むんだ?
どうやら朝イチと寝る前の2回に加え、5回の食後に拭くみたいだった。
しかもお湯の温度まで決まっている。
俺はエリカを手伝うために一緒に悪魔像の前に居た。
身体を拭くお湯には植物の香りをつけるらしい。
今日はミカンだそうだ。
洞窟内にミカンの香りが漂う。
エリカが白いハンカチのような布で像を一通り拭き上げていく。
「はぁ。終わったわ。最後に扉を拭かないと」
エリカは雑巾を持って出口に向かった。
あ、拭き残しがある。
そう思った俺は桶にかかった白いハンカチを手に取り、拭き残しの部分を拭こうとした。
すると⋯⋯
――ザラザラザラザラ
俺が触れた瞬間、悪魔像が砂のように崩れて消えていった。
「うわぁ!」
何が起こった?
俺はとんでもないことをした。
取り返しのつかないことをした。
祟られる!
「はぁ? え! あんた、なにしてくれてんの? 悪魔像が⋯⋯お祖父ちゃん!! お祖父ちゃん!!」
エリカは慌ててお祖父さんを呼びに行った。
「うっ⋯⋯」
急に身体が重くなった。
自由が効かない。
次の瞬間、頭の中に映像が流れ込んできた。
(契約内容は⋯⋯必ず⋯⋯⋯⋯)
(⋯⋯⋯⋯様、お食事をお持ちしました)
(何度生まれ変わっても、必ず探し出して⋯⋯⋯⋯葬ってやる)
俺は意識を失った。
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