第3話 仮初めの恋人

 俺は公園のベンチでエリカが置き忘れたスマホを拾った。


 画面に表示されていたのは⋯⋯彼女代行の始め方


 みんなの憧れのエリカが。

 巫女さんをしているエリカが⋯⋯


 お金に困っているのだろうか。


 とにかくこのスマホを俺が持っているのは、まずいはずだ。

 早く彼女に返さないと。

 俺は彼女の後を追いかけた。


 家の中に入ってしまったのだろうか、エリカは見当たらない。


 しばらく歩き回っていると⋯⋯見つけた。

 巫女服に着替えたエリカが見える。


 祠とは離れた方向へ歩いていく。

 俺は後を追いかけた。


 あれは倉庫だろうか?

 山の斜面に扉がついているように見える。

 エリカは扉に手をかけて開く。


 あれは⋯⋯洞窟?

 洞窟の入口を扉で塞いでいるのか?


 彼女は中に入ると素早く扉を閉めてしまった。


 どうすればいいんだ。

 ここで待っていれば良いのだろうか。

 迷った俺は外で待つことにした。



 ⋯⋯まだ出てこない。

 かれこれ30分以上、もうすぐ1時間経ちそうだ。


 俺はいけないことだと知りながら、中を覗いて見ることにした。


 扉を薄く開く。

 洞窟の中はそこまで広くなさそうだ。

 ここからでも行き止まりが見える。

 中は電気ランタンで明るく照らされている。


 エリカは⋯⋯舞を踊っている。

 

 揺れる髪、スラリとした手足、どこか憂いを帯びた表情⋯⋯

 影まで神々しい。


 洞窟の奥にあるのは⋯⋯像?

 悪魔の像だ。

 像に舞を捧げているのだろうか。


 俺はあの像を知っている。

 どこで見たんだ?

 歴史の教科書?

 ネットニュース?


――ジャリ

 俺は夢中になる内に足音を立ててしまった。



「誰?」


 エリカが振り返る。


「勝手に開けてすみません。これ、落としましたよ。外で待ってたんですが中々出てこられないので⋯⋯」


 俺はエリカに歩み寄ってスマホを差し出す。


「あっ! 拾って頂いたんですね。ありがとうございました!」


 可愛らしい笑顔でエリカはお礼を言ってくれた。


 憧れのエリカとの初めてのまともな会話。

 今までの俺だったら、緊張してすぐに回れ右して終わりだったはず。


 でもその時の俺は、あり得ない行動をとってしまった。

 口に出してしまったんだ。


「あの⋯⋯彼女代行って、お金に困ってるんですか?」


「えっ?」


 エリカは困った顔で小首をかしげている。

 そんな顔も可愛い⋯⋯じゃなくて。

 普段だったら絶対にこんなこと言う訳がない。

 立ち入りすぎだ。

 頭ではわかっている。

 

「えっ? えっ?」


 エリカは固まっている。



 そして次の瞬間⋯⋯


「何? 人のスマホ覗いたの? 最低!」


 あれ? 

 今、誰が喋ったんだ?

 目の前のエリカが喋ったように見えたが⋯⋯


「あんたいつも公園にいる暇人でしょ? 私はいつも生きるのに必死だって言うのに」


 彼女は腕組みしながら、俺のことを虫けらを見るような目で睨んでいる。


 エリカは急にキャラが変わってしまった。

 いや、正確には俺が彼女のことを何も知らなかっただけだ。


「勝手に見てしまってすみません! 画面がつきっぱなしだったので見えてしまいました」


 エリカが怒るのも無理はない。

 俺は弁明した。



「てか、私がお金に困ってたら何? あんた私に何かしてくれんの? あんたお金持ってんの?」


「いや、えっと⋯⋯まずそもそも、彼女代行って男の人と食事したりデートしたりしてお金をもらうんですよね? 巫女さんがそんなことして大丈夫なんですか?」


 俺は恐る恐る尋ねた。


「はぁ⋯⋯ご覧の通りここはそこの悪魔を祀ってんの。私が毎日毎日、1日中ずーーーーっと尽くしてそいつの面倒見てんだから。それで空いた時間にお金を稼いできたくらいで天罰なんて下ったら、もう笑えないわよ!」


 エリカは悪魔像を睨みつけ、あごで指しながら言う。

 よく分からないがすごく怒っている。


「はぁ。でも知らない男の人と会うんですよね。それで色々と⋯⋯その⋯⋯」

「そうだけど? ていうか私からしたらあんたも知らない男の人ですけど」


 エリカは俺を指さしながら言う。

 確かにエリカの言う通りだ。


「立ち入ったこと聞いてすみませんでした⋯⋯」


 俺は謝るしかなかった。



「あんた学生?」

「はい。この春から大学生二年生です」

「名前は?」

「モリミヤ レンです」


「ふーん⋯⋯」


 エリカはあごに手を当てながら、俺の周りを一周歩く。

 顔や身体をじろじろと見られている。


「親のお金で生活してるの?」

「はい。バイトもしてますけど、仕送りもしてもらってます」


 俺の回答のあと、しばらく沈黙が続き⋯⋯


「じゃあ、ご家族を大事になさってくださいね。学生さん!」


 さっきの雰囲気は嘘のように、エリカは元々よく俺が知っている可愛らしい笑顔で言う。

 右手でバイバイをしながら。

 そして俺の身体を押して外に追い出そうとする。


「ちょっと待ってくださいよ! 恋人代行なんて止めましょうよ!」


 俺は必死に抵抗する。


「だから、あんたに関係ないでしょ!」


 エリカも負けじと押し返してくる。


「事情を聞かせてもらえませんか?」


 俺の言葉にエリカは一瞬止まった。


「あんたに言っても意味ないから⋯⋯」


 エリカはそうつぶやくと押し合いを再開する。

 

 今、一瞬すごく悲しそうに見えた。

 何とか出来ないかと考えを巡らせ⋯⋯


「バイトを増やします。今の所は本屋なので、夜中は働けないから、かけ持ちします。仕送りじゃなくてそのお金を使います。だから俺の彼女を代行してください。俺なら、絶対にあなたの嫌がることをしないと誓えますから」


 なんとかエリカを説得しようとする。


「は?」


「仲介業者を通さない方が、あなたの取り分が増えるんじゃないですか?」


「⋯⋯」


「それに、まずは気楽に練習してみた方が良いんじゃないですか? いきなりできますか?」


「⋯⋯」


「どうせ知らない人と一から会うんだから俺も条件は同じですよね。訳ありなのを少し理解している分、俺の方が融通が利きます」


「⋯⋯わかった。わかったから。じゃあ、まずはお試しでよろしく」


 エリカと俺は握手をした。


 こうして俺たちは早速、今晩に仮初めの恋人たちとしてデートする約束をした。

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