第2話 悪魔の契約
※ ※ ※
私のご先祖さまは悪魔と契約したらしい。
私はエリカ、18歳。
この春から大学生になる年だけど、大学には通えない。
高校も同じ事情で通えなかった。
今はお祖父ちゃんと二人暮らし。
私の家の敷地内には祠がある。
私たちは先祖代々この祠を守って来た。
近所の人たちはよくここにお参りに来る。
きっとよくある田舎の小さめの神社に見えるんだろうけど、ここで奉られているものは神ではない。
祠はあくまで信仰心の象徴に過ぎない。
私たちが本当に守るべきなのは、祠とは少し離れた敷地内の洞窟の奥の⋯⋯悪魔像。
私のご先祖さまは大昔、賊に襲われて命を落としかけた。
命からがらこの洞窟に逃げ込んだ。
逃げ込んだ先には悪魔がいた。
ご先祖さまは悪魔から光の巫女の力を授けられ、命を救われた。
ご先祖さまはその悪魔をまるで神のように崇め、祠を建てた。
ご先祖さまは力を継承する際に悪魔と契約を交わした。
その悪魔の名は――ストロファンツス
契約内容は――
一つ、巫女の血筋を絶やさないこと。
二つ、悪魔像を守り続けること。
三つ目以降は⋯⋯
多すぎて挙げ出したらきりがない。
とにかく契約内容はこの本――光の巫女の書に記載されている。
何ページあるんだろう。
数える気にもならない。
無関係の人なら読む気にもならないだろうけど、私はこの内容を全てこなさないといけない。
悪魔との契約を破れば、この土地に災いが降りかかるとされている。
私は、祠の管理もこなしつつ、1日に何度も悪魔像の元に通う。
6時⋯⋯洞窟を封印する扉を開けて換気をする。
その後、香りをつけたお湯で像の身体を拭く。
7時⋯⋯作った朝食を像の前にお供えし、祈りを捧げる。
そしてまた新しいお湯で顔を拭く。
9時⋯⋯洞窟掃除を終える。
10時⋯⋯甘いお菓子とお茶を用意し、像の前にお供えする。
祈りを捧げて、お湯で顔を拭く。
11時⋯⋯舞を踊る。
12時⋯⋯作った昼食をお供えし、祈りを捧げる⋯⋯
とこんな調子で夜の消灯までこの慌ただしいお世話が続く。
私が学校に通えないのはそのせいだ。
光の巫女の書には舞の踊り方から悪魔の好みの食事内容まで書いてある。
悪魔像のお世話の役目は代々、女がしなければならない。
母はこの役目が嫌で逃げ出した。
でも祟られるのは嫌だったのか、外で男を作って、産んだ私をここに置いていったようだ。
祖父の妹であるキリコおばさんが亡くなってからは、私がこの家唯一の女になってしまった。
だから私が悪魔像の世話をしなければならない。
キリコおばさんはまるで魅了されたみたいに、毎日甲斐甲斐しく悪魔像の世話をしていた。
ひいおばあちゃん――お祖父ちゃんとキリコおばさんのお母さんも熱心にお世話をしていたそうだ。
まるで自分の子供か、恋人かのように。
私はこの像の世話をすることに全く魅力を感じない。
向いていないのかもしれない。
契約内容の一つ目、巫女の血を絶やさないこと――
私が唯一の女であり、唯一の若者だ。
私の身に何かあっては困るので、私は早く子供を産まないといけない。
しかも、できれば女の子をたくさん。
でも悪魔のために子供を産んで、しかもこんな役目をさせるなんて本当は嫌だ。
本来は今からたくさん恋をして、運命の人と出会って、何年か経って結婚して、しばらくは夫婦で暮らして、子供を授かって⋯⋯
こういうのが普通のはずだ。
しかも、出産は命がけで、子どもは自分の命より大事で⋯⋯
それなのに私は自分の娘をこんなふうに縛り付けるなんてできない。
何でご先祖さまはこんな契約をしたんだろう。
光の巫女の力って何なんだろう。
私にはそんなもの無いのに。
それに、もしお祖父ちゃんが倒れたらどうしたらいい?
近い将来に必ず起こることだ。
介護は誰がする?
治療費はどうする?
全てを賄えるほどの財産があるわけではない。
私は手っ取り早くお金を稼げる方法にたどり着いた。
もし男の人が私と過ごす時間に価値を見出してくれるなら、お金をもらえるかもしれない。
私が自由に使える時間は深夜しかない。
長時間の労働は翌日以降のお世話に影響するだろうから、出来れば短時間でたくさん稼ぎたい。
上手く行けば、私の子供の父親になってくれる人も見つかるかもしれない。
私には夢があった。
みんなと同じように学校に行って、やりたいことや夢を見つけて勉強して⋯⋯
たまには友達や気になる人とお出かけして、旅行にも行って⋯⋯
キリコおばさんが居てくれた時は、学校も行けた。
でもこれからはもう無理だろう。
自分の子供を産んで、それが女の子で、その子が悪魔像の世話ができるように成長するまでは。
そんな頃にはこの夢も忘れてるんだろうな。
若い今しか見れない夢だから。
あぁ、この悪魔像を壊してしまいたい。
誰か壊してくれないかな。
もう私で終わりにしたい。
災いって何?
私がこんなに苦しんでることに誰も気づいてくれないのに。
みんな呑気に自分のやりたいことをして暮らしてる。
そんな人たちを、なんで私が守らなきゃいけないの?
誰か私を見つけ出してよ。
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