第4話 死神さんの休息

 時雨君との、同棲生活は、悪く無い!いや、正直言って!かなり良い?思っていた以上に素晴らしい!彼のお母さんに感謝している。

 あの時、彼の母親、“敏子としこ”さんの魂を運ぶ時。

 「息子を、お願い....ね、死神さん、綺麗なひと...、赦されるために、赦してあげる....」

 と言われた。何を赦され、誰が、敏子さんを赦すのか?敏子さんに、赦して貰えるのは、私?敏子さんは、誰かに赦されるために、私を赦すのか?私の何を赦すのか?私に分かるのは、私が綺麗な女であることだけ!皆んな言うから、間違いないの!私には、赦されなければいけないことは、山の様にある。両親と娘、あぁ、あの可愛い子、あの子を残して、死んじゃうなんて!両親よりも早く、人に言えない様な死に方なんて?思えば、時雨君達と過ごしていた頃の私は、“完璧な美少女”だった。あの頃、周りの人も、私自身も“死神”になる未来なんて、想像もしていなかった。


 「あぁ〜っ、あんたも、ろくでも無い男に引っ掛った、もんだね!」

 私の手を引きながら、スーツ姿の女性が話しかけて来た。年の頃は、二十代前半、もっと若い?そんな事より、私は聞かなければ、ならない事がある。

 「湖香うみかは、何処ですか?私の!大事な、大事な娘、湖香は,...ど、こ?」 

 「あの子は、あんたの両親が、この町に連れて来たよ!」「あんたも、一緒に来たんだが、覚えちゃいないね」「ふっ、正しくは、死んで日が経つと、あの世、まぁ、こっちの世界の人たちが言う、天国とか地獄とか、あっちの世界!」「そこに、誰もが行くのさ、その為に私ら“死神”が、案内するんだけどね」「この世に未練が、誰でもあるの!それが普通なの、自分で死んだ奴だって、そうなんだから呆れるよね」「それで大体は、あっちに行く前に、準備するんだよ」「死んだ事を理解して、此処を離れなくちゃ、いけないってね」「ある程度、覚悟が決まれば、深淵の方々が、生きていた時分の記憶を消してくれるのさ」「そうなりゃ、私達も、楽に運搬できるって訳さ」

 「でも、だったら、何で、私は思い出したの?」 

 「私が、話しかけたからさ」「あんたも、“死神”にならないかい?」

 「どう言う、事ですか?」 

 「そのまんまさ、こっちの業界も人手不足でさ!」「“死神”って、言ったって、神様じゃ無い、魂の運搬なんて、それ程、霊力ちからが、要る訳でも無いからね」「私みたいな、魂に成り損った者で十分なのさ」「実は、私、20歳の時ね!妊娠中毒で、旦那と息子を置いて、死んじゃったんだ」「そんで、私を連れて行く“死神”の姉さんが!赤ん坊と、旦那、残しちゃ、気になるよね?」「まっ、あんたは、乳飲み子より、旦那が気になるみたいだけど、ってね言ってくれて!」「取り敢えず、“死神”の仕事しながら、この世界で、旦那と息子の様子見てな!この仕事は、金にゃあなんないけど、徳を積むから、遺された者も幸せになれるよって」「それで、私も、50年“死神”やって来た」「でね、今度、旦那が近々、あっちの世界に渡るらしくて、あの馬鹿、50年も、私思って!独り身でいたんだ、だったら一緒に、私が、手を引いて、あっちに行きたいな〜って」「あんた!私の代わりに、“死神”やりな!どうだい!」 

 「あぁ、どうやら、私のあの子は、人並みに幸せになれるのね」

 「何で、分かった?」

 「だって、ずっと“死神”の私が側で見てるのに、大事な娘が不幸になったら、何しちゃうか分からないじゃ無い!」

 「そこに、すぐ気付くなんて賢いな、あんた!」「その通りさ!“死神”の姉さんも、私に声かけた時に、もう、分かっていたのさ、あの馬鹿が、50年も独りで、私だけを思い暮らすってね」「私は、こうなって、ようやく気づいたけどね」

 「分かったわ、私には娘しかいないけど、あの子の幸せが見れるなら!良いわ、“死神”代わってあげる」

 「でも、あんたも、そーとー変だよ!自分殺した、男怨むより、遺した娘の幸せだけってのは」

 「そこに、拘ったから殺されちゃったんだし、いくら、婚期逃したからって、あんなのに引っかかったのは、プライドが赦さないのよ」

 「まっ、死んでも前向きな、あんただから声掛けたんだ」「でもね、私と同じようにさ、長く勤めりゃ、良いボーナスが出るかもよ?」


 あれから、もう30年、本当にあっと言う間に過ぎてしまった日々。私は何時でも、あの子の側にいられた。私の両親に育てられたせいか、性格まで私に似てしまった。容姿は、残念ながら、あの男が混ざった分、私には勝てなかった。申し訳無い!でも、胸の成長だけは、私を遥かに凌駕した。父さんも、母さんも、孫、可愛さに、美味しい物を食べさせたみたい!何で、私には?って、思うけど過ぎた事だ!娘も、私と同じ、所謂、出来る女だった。仕事が面白くて、婚期を逃した私のようになるか?不安だったが。私と違って、30手前で優良物件を見繕い、母には似ない計算高さで、幸せな家庭を育んでいる。私の積んだ陰徳のお陰だ!ついこの間、結婚2年目にして、初めての子供、女の子が出来た。私に似て、とても可愛い!私の遺伝子のお陰だ!娘よ感謝しなさい!まぁ、私の積んだ陰徳のお陰で、皆んな、そこそこ幸せに暮らしていた。でも、流石に、私の両親は、次の全く別の人生を始める為に、魂の休憩所へ戻って来なければならなかった。父も、母も、其々、私が運んであげた。一言も交わす事なく、親不孝の咎を詫びた。両親ともに、私に気付くことは無かったようだ。一抹の淋しさはあったが、行末の平安と、その先の希望あふれる人生を祈り。生き切った二人に、心から感謝した。

 そんな日々の中で、時雨くんのお母さん、敏子さんを運んだ。私は、30年に及ぶ“死神”の仕事の中で、初めて、魂から呼びかけられた。「息子を、お願い....ね、死神さん、綺麗なひと...、赦されるために、赦してあげる....」と、一方的に話し掛けられた。当然、返事はしなかった。でも、敏子さんの魂には記憶があった。これは、深淵の方々が消さなかったのだ。深淵の方々とは、話すこともできない。只、私が考え行うことは、全てが、深淵の方々の想うところに依り、決められていることなのだ。だから、私が、時雨君を抱いたことも深淵の方々が求めたことなのだ。私は、30年目にして、初めて、休息というボーナスを手にした。


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