2章 21話

 起こしちゃったか……。料理ができるまでは、眠っててほしかったな。


「すいません、お邪魔してます。食べやすい物を作るので、休んでてください。そんな上手くはないですが」


「迷惑、かけるわねぇ……。ありがとう」


 暗い寝室から辛そうな声が僅かに聞こえてくる。

 ウイルスとかを気にしてるなら換気扇だけじゃな不安だよな。小換気ぐらいはしておくか。

 窓を小さく開けて、新鮮な空気が入るようにする。

 人と大きな道路が多い上尾の空気だと、車の排ガスも混じってそうだけど……。全く換気しないよりは、いいだろう。


 冷蔵庫の中身を覗き込めば、中身は充実してる。

 お粥とか、水分多めの料理がいいだろうな。冷蔵庫で数日は保存が利きそうな物も、一緒に作っておくか。

 一先ず、水分と栄養。そして食欲が問題だ。梅粥と卵粥を同時に作るか。


 こうやって病人向けに料理を考えてると、何だか……思い出すな。美穂がもっと幼いころ、風邪を隠してたとき、いつもこうやって栄養が摂れて、すぐに食べられる料理を考えてた。

 自分の家族にやってきた経験が活きるのは嬉しいもんだ。

 そんなことを考えながら米を磨いでると、後ろで寝てる彩楓さんの呟くような声が聞こえた。


「なんか、いいなぁ……」


「ん? 何がだ?」


「こういう空気感っていうのかな? 弱ったときに好きな人たちに囲まれて助けてもらう家庭……。身体は辛いのに、なんか幸せなの」


「それは……。確かに、彩楓さんは弱ってるみたいだな」


 お父さんからは、こういう風に料理をしてもらったことはないのかな?

 ないんだろうなぁ……。前にお母さんが愚痴混じりに話してたのを聞く限り、絶対にやらなそうな人物だ。

 いつか家庭を持つ機会があったら、俺は子供やパートナーに手料理を振る舞える自分でありたい。その頃には、料理も上手い部類に入れるようにしてな……。


「よし、完成。お皿とスプーン、借りるよ」


 どこに何があるのかは、もうこれまでに通った経験から把握してる。

 というか家主じゃなくて、俺が取りやすい位置に調理器具やら食器を置いてくれてるぐらいだ。

 我ながら、随分と余所様の家庭に馴染んじゃったな。そんな普通じゃない状況に苦笑しながら二セットの食器を取り出すと、彩楓さんの優しい声が後ろから聞こえてきた。


「ありがとうね、凛空君。まずは、お母さんにお願い。食べるの時間掛かるし、自分だけだと口に運んでくれないと思うからさ」


「あら、失礼ね。凛空さんの手料理なら、ちゃんと食べようとは思うわよ」


「思うだけかもしれないでしょう?」


「……娘には普段の行いがバレてるから、嘘はつけないわねぇ」


 ドア越しでも、ちゃんと親子の会話をしてる。

 小さいアパートの寝室とダイニングキッチンだからこそ、できる会話か。

 一軒家や大きなマンションに住んでなくても、こんなに温かな会話ができる家庭は――確かに、幸せなのかもしれない。


 お母さんがちゃんと食べられてなければ、彩楓さんも心配で食事が喉を通らないかもしれないな。

 言われた通り、お母さんへ先に食事を運んでいく。


 電気をつけると、お母さんはこの短期間でまた……骨張ったように見える。

 肌の色や全身から感じる生気が、以前より弱く感じる。

 それでもコチラへ微笑みかけながら「ありがとう」と声をかけてくれる。


 その姿が愛おしくて……。大切にしたいと感じる。

 食べやすいようにベッドの背中を上げると、お母さんと同じ高さで目が合った。

 生気がなくても、綺麗な瞳だ。人の良さが滲みでてる。


「少しずつ、どうぞ」


 お盆に載せた料理の中から、梅粥を少しスプーンですくう。

 そっと口まで運ぶと、何度か咀嚼してから――飲み込んだ。


―――――――――――

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