2章 22話
「食べた! お母さん、やっと食べてくれた!」
歓喜の声に振り向けばドアの隙間から這いつくばってきた姿勢の、彩楓さんの顔が少し見えた。
寝てろと言ってるのに……。まぁ、心配なのか。これで安心してくれるなら、いいだろう。
ゆっくり四十分間ぐらいかけて――お母さんは一食分をしっかりと食べきってくれた。
嫌がりつつ薬も飲んでくれたし、これで体調が上向くことを願おう。
ほっとしながら食器を片付け、彩楓さんの分を温め直す。
お盆に載せ、彼女の寝る布団の横へ置いた。
「お待たせ。あんま上手くない手料理だけど、食べられるか?」
それだけ言って隣に胡座をかくと――彼女は少し、拗ねていた。
「何だよ、その目は? 食べたいものがあるなら、言えって。俺に作れそうなものなら、調べながらでも作りなおすから」
「……違う」
「じゃあ、何だよ?」
犬のように、うーと唸りながら鋭い目付きで睨む彼女は、やがて口を開き――。
「――私にも、食べさせてくれないの? あーんは?」
「食べたくないなら、俺が食べてもいいんだぞ」
そんな、間抜けなことを言った。
「えぇ~酷くない? お母さん程じゃないけど、私も弱ってるんだよ?」
「冗談だ。ほら、口を開けろ」
「ありがと、大好きだよ」
直球すぎる好意は……俺の自己肯定感の低さを更に加速させるんだけどな。
こんな……本当に恋人同士みたいなことをしていいのか? 俺は彼女を、ズバッと突き放せるんだろうか。
「あらあら、仲がいいわねぇ~。さすが、婚約者同士ね。お互い十八歳以上だし、私のいないところで婚姻届を勝手に出してそうね?」
事情は理解してるだろうに、お母さんまで茶化してくる。
「精神的には、もう入籍してるんだけどね」
「残念ながら、婚姻届は物理的なものだ」
「残りの物理的な障害は薄いね! 紙一重の差だ!」
「その紙が社会的に厚くて重いんだっての」
ふざけてるのか本気なのかは分からないけど思わずツッコミを入れてしまう。
というか偽装婚約だって前提を忘れるな。
彩楓さんとお母さん、二人の笑い声が小さな部屋を包む。
すると、彩楓さんが苦しそうに口を押さえた。
「けほっ、けほっ……」
「ほら、まだ体調治ってないのに、ふざけるからだぞ。大人しく寝なさい」
「……うん。ねぇ、凛空君?」
「何だ?」
横になりながら、俺を見上げてくる。
熱で少し潤んだ瞳は、卑怯だ。そんな目をされたら、突き放せなくなるだろうが……。
「……眠るまで一緒にいてってお願いしたらさ、迷惑だよね?」
「……迷惑じゃない。それぐらいなら、俺にもできるから」
凡人でしかない俺でも、普通にできることだ。
お母さん本人には、もうバレてるけど……。彩楓さんは、まだ偽装婚約関係はバレてないと思ってる。それなら、病気で弱った婚約者が眠るまで一緒にいてくれと頼むのも普通だろう。
彼女が本心から俺を好きって知ってるから……少し、複雑な気分だけどな。しかも、さっき――模試の結果で彩楓さんに相応しくないって再認識した直後だから、余計にだ。
それなのに……。何でだろう。弱った彩楓さんの願いを、叶えたい。分不相応だと分かってるのに、何でもしてやりたい。
「急に黙っていなくなったりしない? お父さんみたいに、さ……」
―――――――――――
ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます!
本作はカクヨムコン10に参加中の作品です。
楽しかった、続きが気になる!
という方は☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいです!
読者選考やランキングに影響&作者のモチベーションの一つになりますので、どうぞよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます