2章 19話

「あの……声が大きいかなって」


 よっぽど長年のストレスが溜まってたんだろう。

 さっきまで苦しんでたとは思えない程の大声で、言い放った。

 そして今は、凄くスッキリとした表情をしてる。


 まぁ……愚痴を吐く相手になれただけでも、よかったのかな? 俺が残った意味は、あったのかもしれない。


「戻ったよ! 凛空君、まだいるよね!? いるね!」


「あら、彩楓。ありがとう。凛空さんのお陰で、凄く楽しい時間をすごせたわ~。スッキリしたし、まだ生きなきゃって目的までもらえちゃった」


「え!? それは嬉しいんだけど、何の話!?」


「二人だけの秘密よ」


 悪ふざけをしたお母さんは、俺の腕を抱き寄せた。お母さんのニット帽、頬の温かな温もりが俺の腕に伝わってくる。まだ生きてる温もりが、ちゃんと伝わってくる。


「何、それ!? お母さん、私の気持ち知ってるクセに!」


「あんたがモタモタしてるから悪いのよ。早く骨抜きにしてみせなさい」


「やってるよ! 私なりに、精一杯自分の想いを伝えてるもん。いいよ……。こっから、もっともっと本気で攻めるから!」


「その意気よ。――だけど、捨てられたら潔く諦めなさい」


 お母さんも面白い人だな。家族仲がよさそうで微笑ましい。

 この二人が、もうすぐお別れになるなんて……考えたくもない。

 俺にとっては誘惑に負けそうになるような、怖ろしい会話が繰り広げられてるけど……。流されて周囲や自分を傷付けないように、気を付けなければ。


 立派な大人の理想像、目指すべき姿は浮かばない。

 それでも、元旦那さんの話は本当にためになった。決して他人事じゃない。

 そうはならないぞと、肝に銘じなければ――。



 数日後、お母さんは退院となった。

 また俺はアパートに行ったり美穂と遊んだり、家事をしたりの日常に戻る。


 そんな中、俺は遂に――中の中な存在でもなくなってしまった。


「……成績、落ちた。まぁ当然か」


 夕食を作り終えた後。

 ネットでできる模試で自分の実力を確かめると、今までは見事に中間だった点数が、いくつか落ちた。遂に成績は中の下になった。

 それも当然だ。今までは努力をしても、中の中だったんだから。

 ここのところは彩楓さんと勉強はしてても、テスト対策とか模試対策はしてなかった。

 模試の成績が下がって当然。だけど……元旦那さんの話を聞いてから、できないのを当然としてしまうのが怖くなってる。


「はぁ~……。俺も、ろくな大人にならないのかなぁ……」


 パソコンディスプレイに映る模試の判定から目を逸らすように、机に突っ伏す。

 そんな時、机の上に突然振動が鳴ってビクリと身体が起きる。


「彩楓さんからか? えっと『お母さんとダブルで風邪引いた。叔母さんもいない。助けて』って……。おいおい、それは大丈夫なのか!?」


 認識した瞬間、ガバッと立ち上がる。

 彩楓さんが俺に助けを求めるぐらい、二人とも体調が悪いのか!?


 買い物からアパートに戻ったとき、苦しんでたお母さんの表情が脳裏に浮かぶ。

 慌てる彩楓さんの表情、医師から落ち着いたと言われ安堵する様子が蘇ってくる。

 あんな日々を、お父さんもいない中、家で付きっきりで見ていた彼女は……。


 一体、どれだけのストレスと緊張の連続だったんだろう。

 今まで体調を崩さなかったのが不思議なぐらいだ。


「美穂! ごめん、ちょっと彩楓さんの家に行ってくる! 留守番よろしくな!」


―――――――――――

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