2章 18話

 一生独り身を彩楓さんが望むのなら……俺だって、それでもいいと思う。


 だけど彼女は、こんな俺と結婚することを……どうやら本気で望んでくれてる。

 顔合わせの日、お母さんが言った『凛空さんが本当に彩楓を愛してくれてたら、安心だった』という言葉が、胸で疼く。


 愛してるか、愛してないか。


 そんな簡単にはいかない。パートナーとして結婚するなら、対等でなければいけない。

 それなのに、俺はどんな分野でも彼女と対等に立てる気がしないんだ。

 立派に成長した彼女と一緒になるのが、ただの寄生に思えてしまう。


 俺は、俺を……変えなければいけない。

 でも、凡人の壁は分厚くて……今まで何度チャレンジしてもダメだった。

 その壁を破れたら、その時は……俺は、俺を認められるだろうか。

 忌まわしい程に低い自己肯定感から、解放されるのだろうか。


 彼女と……一緒にいるのを恥じなくなるんだろうか。

 好きだとか、恥ずかしげもなく言える日が来るんだろうか……。


「凛空さん、よく聞いて。――若ければ、負けたくない、負けて悔しいって思うのは当然なの。健康的でさえあるわ。その惨めさと悔しさという想いはね、立派な大人に成長させてくれる肥料なの」


「立派な大人って、何でしょうか? 俺には……お母さんとか、彩楓さんみたいに立派な成長像が浮かびません。俺の母も立派だと思いますけど……。どこを目指せば、立派になれるんでしょうか?」


「立派にも色々な形があるわ。悩みながら諦めず頑張る凛空さんにも、いずれ分かる日がくるわ」


「俺は……立派な人間に、変われるんでしょうか? 自分に自身を持って、誇れるような……。劣等感に悩まされない自分に」


 変われるなら、変わりたい。

 今からでも努力で……。長く自分を苦しめてきた凡人の壁を破れない、結果が伴わない自己否定感が軽減するなら、努力する。


「変わろうと思って動き続ければ、きっと変われるわ。……自分に自信を持って、持ち続けてあげてね。それをちゃんと伝えるのが、叔母ちゃんの最後の仕事かもしれない。もう役目を終えて、あとは静かに死を待つばかりだと思ってたけど……。最後に仕事――役割をもらえて、嬉しいわ」


 本当に嬉しそうに、お母さんは騙った。

 動くにしても、明確な目標がない。ここを目指すという理想像が見えない。


「よく大人の言うことを子供は聞けって言うじゃない? 大人にも色々いるから、それは一概に正しいとは言えないわね」


 学校で一般的に言われる言葉を、お母さんは否定してきた。


「大人の大半は、どうすれば社会で上手く立ち回れるかを学んでる経験値が多いの。大半が社会に出ると、自分にできる限界に諦めていくから。電車、街……。色々なところで、背を丸めて目を曇らせ疲れてる大人を見たことない?」


 見たことがある。通学の時、土曜日の電車。至る場所で、目にする光景だ。

 目に光がなく、疲れて諦めたような瞳。あの人たちは立派だと思うけど、同時に何かを諦め受け入れてるのかもしれない。


「そういう意味では、青春時代から自分の限界から目を逸らさずに受け止めて、惨めだ、悔しいと感じてる凛空さんには期待しちゃうわ。悔しさを覚えて、どうすればいいのかって考えるのは、素晴らしい青春だと叔母ちゃんは思うわ。そんな青春時代を過ごしてる凛空さんは、誰にも誇れる、立派な大人になってくれるんじゃないかなって期待しちゃう」


 そんな期待をされても……。悩んだ先に何があるのか、俺には分からない。


「叔母ちゃんね、凛空さんの心に響くように伝えたい。凛空さん自身の魅力に、気づいてほしいな。……自分を認められない凛空さんを、変えたいの。ごめんね。偉そうで、嫌な気分にさせちゃった?」


「いえ……。本当に、ためになる話をありがとうございます」


「愚痴にも付きあってもらっちゃった。一度、あの元旦那について誰かに愚痴を言いたかったのよね~。酒とギャンブルにハマって、人の金を使い込むな! 親権を争うぐらいには娘を愛せ! 婚約指輪か結婚指輪のどっちかぐらい寄越せ!」



―――――――――――

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