2章 16話

「あれは、そう言うのじゃなかったような……。単純に変なことを話さないか、警戒してたんじゃないですかね?」


「はぁ~……。凛空さんも、女心が分かってないわね」


「男心すら分からないですから。……いや、自分の心すらも」


 自分の気持ちとか、どうしたいのかすら分からないんだ。彩楓さんの気持ちなんて、考えても考えても分からない。

 どうして幼稚園の頃の想い……。初恋と呼ぶのも怪しい年代の想いを、今でも抱き続けられるのかだろうか。俺には理解ができない。


「聞いたわよ。やっぱり彩楓とは、友達にはなれなかったみたいね」


「……はい。正直、なんで彼女ほどの子が俺みたいなのに固執するのかサッパリです。幼稚園に通う子供の口約束なのに」


 どこにでも転がってそうな、昔は『結婚しよう』と言ってた幼馴染みだったという話だ。ありきたりで、成長するにつれ互いになかったことになるような……。


 それなのに彼女は、再会できるかも分からない俺を想い続け、成長した俺を見ても想いは変わらないという。本当に理解ができない。


「あの子の想い、重いでしょう?」


 正確には、俺には荷が重いだろう。あんな魅力的な子に迫られたら、普通は喜ぶだろうから。


「乳歯一つ抜けただけで、凛空君の理想から遠ざかっちゃった。嫌われちゃうって大泣きしたり。鏡の前で笑顔やら歩き方とか身振り手振り、喋り方も録音してたり。美容体重を少しでも超えたら、戻るまでジョギングやめなかったりね……。母親の私から見ても、愛が重かった。というか、実の子供なのに怖かったわよ」


 それ、話していいのか? また、彩楓さんが嫌がるんじゃ……。

 いや、お母さんの気持ちを優先しよう。思い残すことを、少しでも減らしてあげたい。


「凄い努力というか、修練ですね」


「いえ、執念ね」


「俺はノーコメントで。……今の俺を見たなら、泣き叫んでそうですね」


 彼女が頑張ってるとき、俺は流されるままに生きてて……。自己否定の塊、ネガティブ感情に支配されるような男になってたんだから。

 自信が漲り、明るかった幼稚園生時代から幻想を膨らませてたなら、泣き叫ぶのが普通だ。


「そうね、咽び泣いてたわ」


「そうでしょうね。幼稚園生の頃に憧れた男が、今ではこんな――」


「――喜びに、咽び泣いてたわよ」


「なぜそうなる」


 思わず言葉が乱れて突っ込んでしまった。

 まずい、俺は病人に対して、何てことを……。


「あ、いや、言葉遣い、すいません。普通は幻滅と絶望で泣くでしょう? 私の努力は、なんだったんだって」


 慌てて言葉を言い直す俺に、お母さんは儚い笑みを浮かべた。

 その目は、どこか遠くを見ているようだった。


「母親のダメなところを強~く受け継いじゃったのよねぇ……。この先が本当に、心配だわ。変な男に捕まら……。いえ、捕まえないといいのだけれど……。父親のダメなところを受け継がなかったのだけは安心だけど」


 普通は変な男に捕まらないかを心配すると思うんだけど……。

 思い込みというか、一途で積極的な彼女を見てると頷けてしまう。


「恋は盲目って言葉があるけど、本当ね」


 周りが見えなくなるってことか。確かに、彩楓さんの言動を思い返すと相応しい気がする。

 盲目的になって、俺が魅力的に映ってたり……。


「特に私は、ダメだったわ。あの人が出て行っても、しばらくは帰ってくるとか思ってて……。病気になって、それでもメッセージは無視されてね。やっと手紙が届いたと思ったら、サイン入りの離婚届だったのよ」


 突然、お母さんの壮絶な家庭事情を語り始めた。


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