2章 15話

 夏休みも中盤。


 彼女は本当に、俺の言葉にもめげなかった。

 何も用事がなくてもデートに誘ってきたり、家で一緒に勉強しようと誘ってくる。

 肝心のお母さんに嘘がバレてる以上、外デートはもう必要ない。


 結果、夏の思い出は――彼女の家で一緒に勉強したり、家事をしたりだけになってる。

 彼女に相応しい男を探そうとしても、俺はそんなに友達も多くない。

 貴重な高校最後の夏休みを浪費させることが、申し訳なかった。


「――あ、このブロッコリー安い! 昨日より十円安くなってるよ!」


「本当だ。お母さん、ブロッコリー食べられるかな? 食欲がないって言ってるけど……」


「軽く茹でてから細かく刻めば食べられるよ! 凛空君が作ったのなら、食欲がないって言いながらも食べてくれるからね。本当、助かる!」


「味は普通だと思うんだけどね……」


 一緒にスーパーで買い物をする時間を、楽しいとか思ってはいけない。俺は、この偽装関係が終わったら……彼女と関係を断たなければいけないんだから。


「凛空君が作る料理は、お母さんにとっても特別なんだよ! 私や叔母ちゃんが作った料理だと、ほとんど食べられないからさ……」


 お母さんは、俺に気を遣ってくれてるんだと思う。

 それと……彼女に聞いたんだけど、引越バイトの時にいた女性は彼女たちの住むアパートのオーナー。彩楓さんにとっては叔母で、お母さんにとっては姉に当たる人物らしい。

 偶々お見舞いにきた叔母さんと遭遇した時は、あちらも俺を覚えていてくれて、すぐに受け入れられた。「挨拶のしっかりした引越バイトの子だった」と言って。

 お母さん的には俺は家族と違うから、作る料理を残すのは申し訳ないとか思ってるんだろう。

 だからお母さんは俺の作る料理は体調が優れなくても、ゆっくりでも食べてくれる。

 それが彩楓さんにとっても助けになってるなら、俺がいる意味はあるのかもしれない――。


 一通り食材を買い終え、アパートへと戻る。

 スーパーでも、周囲の視線は彩楓さんに向く。それだけなら構わないけど、イートインに座ってる素直な人なんかは「まさかカップルじゃねぇなぁ。似合わねぇからな」なんて、言葉にもする。


 そんなの誰より俺が分かってるけど、やっぱり心に来るものがある。

 怒って目付きを鋭くした彼女を止めるのが大変なぐらいだ。


「お母さん、ただいま!」


「戻りました」


 近所迷惑にならないように静かにドアを開け閉めしてるのに、大声で言ったら意味がなくなるだろうに。

 まぁ、この快活な声にお母さんも元気をもらえてるのかもしれない。


 苦笑しながら、キッチンで買ってきた食材を整理していると――。


「――お母さん!? ねぇ、どうしたの!? 大丈夫!?」


 悲鳴のような声が響いてきた。


「どうした!?」


「凛空君、お母さんの呼吸が変なの! 目も、私が見えてないみたい! どこかに手を伸ばしてて! どうしよう!?」


 涙目で狼狽する彼女に、ベッド上で虚空に手を伸ばすお母さん。

 ここまで聞こえてくる呼吸は、乱れに乱れきってる。


「すぐに救急車を呼ぶ……。いや、まずは訪問医療だったか! 連絡先が書いてある名刺、あったよな!?」


「う、うん。そこの棚」


 何度か訪問医療の人とも顔を合わせたことがある。

 そのときに、何か変わったことあればすぐに連絡をしてくれと話してたのを思い出した。

 急ぎ電話を繋ぐと、電話に出てくれた看護師らしき人は落ち着いて指示をくれる。

 言われた通りお母さんが呼吸をしやすい姿勢に整え、救急車を待った――。


 運び込まれた先は、緩和ケア病棟。

 処置を終えた後、今は空きがあるからと一時入院が許された。

 最初に彩楓さんを見かけたときは、中にまでは入ってなかった。病院としての機能はあるけど、落ち着いた場所だなと感じる。


「……彩楓、凛空君。迷惑をかけたわね」


「お母さん、大丈夫だよ。落ち着いてよかった……」


「……いつも悪いわね。本当に、本当にごめんなさい」


「謝らないでよ。凛空君が落ち着いて対処してくれたの。お母さんが助かって、本当によかった」


 彩楓さんが言うと、お母さんは俺へと視線を向けてきた。


「そう……。頼りになるわね。ありがとう、凛空さん」


「いえ……。俺は無難なことをしただけで……。結局、電話先の人に頼りっぱなしだったんで」


 俺は何もしてない。

 ただ電話を繋ぎ、本当に頼りになる人の指示通り動いただけだ。


「……彩楓。入院手続きと荷物、悪いんだけどお願いできる?」


「うん。これから受付に行って、入院セットも持ってくるよ」


「あ、それなら荷物ぐらい俺が――」


「――凛空さんは、残ってくれるかしら」


 荷物を持つぐらいしか役に立たない俺を、お母さんが止めた。

 家族以外は、もう帰ってくれとかなら分かる。でも……残ってほしいのは、何でだ?


「一人残されるのは、寂しいのよ。お話、付き合ってくれる?」


「……なるほど。それで俺が役に立つなら」


「じゃあ、彩楓。お願いね」


 お母さんと俺だけが残ることに思うところがあるのか、彼女は少し鋭い目付きで呻った。

 お母さんが苦笑すると、諦めたように彼女も部屋を出て行く。

 まぁ……前回二人きりになったときは、彼女と幼稚園で知り合ってたことをバラされたからな。彼女が警戒する気持ちも、分からなくない。


「我が娘ながら、焼き餅焼きね。本当、母親の血が強いわ」



―――――――――――

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