2章 13話

「ごめん、それも全然。俺は、物心が付くのも遅かったのかもしれない」


「えぇ……。そんな。嘘でしょう……」


 蹲るほどショックなのか?

 俺たちは幼稚園の頃、一体どんな会話をしたんだ。


「いつもね、私は凛空君の後ろをついて歩いてたの」


「……やっぱり、ぼんやり記憶に残ってる。いつも一緒だった女の子は、君だったんだな」


「誰かも分からないぐらい、ぼんやり……。私はずっと、ずっと大切にしてたのに」


「ごめんって……」


 自分が大切にしてた思い出が、俺にとってはぼんやり程度でしかなかった。

 その事実は、確かにショックかもしれない。

 悪いとは思いつつも、下手に覚えてるとか適当なことも言えないな。

 記憶違いとかあったら、思い出を大切にしてる彩楓さんに申し訳なさすぎる。


「いつも助けてもらってたんだよ。私にできないこと……。人見知りで、臆病だった私の代わりに前へ立ってくれてた。色んな遊びに仲間に入れてもらえたのも、全部。全部……凛空君のお陰だった」


「それは、過去の話だから」


「格好よかったんだよ。皆のリーダーというか、ガキ大将みたいでね。いじめは許さない。仲間外れは許さない。皆で楽しくって……。私の、ヒーロー」


「今の俺は……。面影もないな。こんなだよ、今の俺は……」


 彼女は過去の幻想が強い。

 今の俺を、きちんと説明しよう。また自分を否定するみたいで、少し辛いけど……これが、成長した俺の現実だ。


「全てが平凡か、下手したら平凡以下。勉強、運動、見た目、友達関係……。何もかも、あの頃とは違う。だから……過去の俺に幻想を抱かないでほしい。今の俺に、ありもしない幻影を重ねないでほしい」


 過去の俺をヒーローとまで言ってしまう彼女の中では、俺はどれだけ偉大な人物にまで膨らんでるのか分からない。


 だけど、これが現実だ。


「過去の俺を見て、婚約してくれとか言うのは、もう止めてほしい。俺が、俺自身の情けなさに堪えられない。自己嫌悪感で潰れる。どうして君と違って俺は、こんな成長しかしなかったのかってさ……」


「……どうして、そんなに自分を卑下するの? 今の凛空君も、素敵だよ」


「どこにも素敵なところが見当たらないよ。少なくとも、君みたいな子に好意を抱かれる要素は、どこにもない」


「そんなことない! 絶対にない! 凛空君は、今でも素敵!」


 ガバッと立ち上がり、彩楓さんは力強い語調で否定してきた。

 彼女の目に、今の俺は映ってないのか?


「成績とかは普通かもしれないけど、家族を大切に想う優しい人だよ! それが何より大切で、私の理想なの!」


「そんなの、当たり前だろ」


「当たり前じゃないよ! 当たり前だったら、どれだけいいか……」


 辛そうに呟く彼女に、俺は察した。

 俺たちと同じ……父親に、見捨てられたのか。お母さんも、そんなことを言ってたな。離婚の時期がいつ頃で、経緯が何かまでは聞いてない。


 だけど、幼い頃だったら……。離婚する程の父親の問題が、下手したら生まれた時からあったとしたら。家族を大切に想うのは、彼女にとってもの凄く優先順位が高いことなのかもしれない。


「凛空君、私ね、頑張ってきたんだ。自分磨き」


「そう、なんだ」


 そう言えば、彩楓さんが転校してきたときに、クラスの女子と会話してたかもしれない。

 あの時は、確か……。


『どうしても、なりたい自分の理想像があったからね! 安くても栄養を意識したり、スリムになるストレッチとかジョギング。肌とか骨格形成も、理想へ近づけるように、詳しい人から教わって続けてたんだ』


 そうだ。そんな努力を、幼稚園の頃にはしてたとか言ってた。

 まさか、その理由って……。


「幼稚園の頃にね、私は聞いたんだよ? 凛空君は、どんな女の子が好きなのって」


 彼女が言う理想像。俺にとって百点満点の理想像になってるのは、まさか……。


「髪型も性格も、全部。全部、凛空君が好きって言ってたのを目指してきたの。幼稚園の頃から、ずっと変わらず思い描いて……。気がついたら、私のなりたい姿は全部、凛空君の理想と一致してたの。お陰で必ずなりたい。いや、なるんだって目標が、揺るがなくなってた」


 幼い頃の他愛もない会話。

 それを彼女は――一心に抱き続ける目標にしてたなんて……。


「私たち……約束、したんだよ? 私が凛空君の理想になれたら、結婚しようってさ……」


 そんなの、物心が付いてない幼い子供の口約束じゃないか。

 それぐらい分かるだろうに……。曖昧で、果たされる保証もない言葉を……。本当に、信じ続けてきたのか?


「どう? 私は、凛空君の理想の子に、なれたかな?」 


 切なそうに微笑む、クールな彼女の瞳から――茜色に照らされた涙が一筋、頬を伝っていく。

 幻想的なまでに美しい涙を見て、確信した。


―――――――――――

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