2章 10話

 お母さんが指差す先には、引越で使った段ボールがそのまま積まれていた。

 部屋のサイズ的に、全ては本棚に収まらなかったのか。


 というか、これは俺が運んだ段ボールじゃないか。中を見ろって、いいのか? 

 お母さんが言うんだから、いいのか。中に一体、何があるって言うんだ。


「……は? 何で、これが?」


「驚いた?」


「いや、驚いたというか……。え?」


「久し振りね、桜田凛空さん」


 両親が離婚する前の俺の名字――桜田。

 確かに今、そう呼ばれた。

 そして手にあるのは、両親が離婚するより前の……幼稚園の卒業アルバム。

 俺の卒業した幼稚園の、だ。


 何で、ここに……。何で俺の名字を……。神奈川県の川崎市から引越してきたはず。


「自分のクラス、覚えてる? そこに山田っているでしょ?」


 お母さんに促され、アルバムを開く。

 幼稚園の卒業アルバムなんて、覚えてないぐらい前に見たっきりだ。

 自分の顔だって、ほぼ別人。ほぼ名前だけで自分を見つけ、同じクラスの山田を探す。


「――やまだ、あやか? ……あやか?」


 頭がぐるぐると混乱してる。

 彩楓さんと同じ名前が、平仮名で載ってる。顔は別人。いや、僅かに目元が似てる、か? 


「河村は私の旧姓なの。……ろくでなしの元夫に私たちが捨てられて、河村に戻ったのよ」


「え、じゃあ……。この人は」


「彩楓よ? 分からないのも無理はないわね。まるで別人だもの」


 ちょっと待ってくれ……。情報量が、急な情報が多くて理解が追いつかない。

 俺と彩楓さんは、実は同じ幼稚園同じクラス出身の幼馴染みだった?

 小学校には、間違いなく彩楓さんはいなかった。それは覚えてる。

 だとすると彼女は幼稚園卒園後に、上尾市から川崎市へ引っ越したのか?


 つまり――俺たちは、幼馴染み?


 覚えてない。あの頃の記憶がない。それはそうだろう。幼稚園生だぞ。何となく、そんな子がいたな程度で……。

 いや、待て。それと婚約者じゃないって指摘は関係ないだろう。

 過去の記憶を考えるのは後だ。まずは、今の彩楓さんの願いを果たさなければ!


「いや、驚きました。これはまだ、彼女に話してもらってなかったので。婚約者にサプライズでも用意してたんですかね?」


「強情ね。まだ誤魔化し続けるの?」


「誤魔化すも何も……。ちなみに、何で嘘だなんて思ったんですか? 彩楓さんと俺では、釣り合わないからですか?」


「それは違うわ。何となく分かるのよ。女の勘というか、経験なのかしらね。本当に好き合ってるのか片思いなのかは、顔を見れば分かるものよ。……私はダメ男を愛し続けて、捨てられたから」


 これは、無理だ。もう隠し通せない。疑いとかじゃなくて、確信だ。

 優しい嘘を貫き通さなければいけないのに……。俺には、それさえもできそうにない。


「凛空さんは子供の頃みたいに、キラキラと燃えるように楽しむ、自信漲る瞳をしてないもの。叔母さんも彩楓と同じで、あの瞳が大好きだったわ」


 昔を懐かしむように遠い瞳を浮かべる叔母さんの姿に――胸がズキリと痛んだ。

 ああ、そうだったかもしれない……。幼稚園の頃は、学内ヒエラルキーなんてなかった。

 自分と誰かを比較して自己肯定感を損なわれることもなく、無邪気に生きてた。

 人の優劣とか考えて惨めな思いで自己嫌悪に浸ることもなく、自信満々に遊び回ってたなぁ。


 もしも、だけど……。叔母さんの言うように、彩楓さんが今でも……あの頃の俺を想ってくれてたとしたら、だ。


 それは――もう存在しない俺であり、幻想だ。


 多分だけど、幼稚園の頃の俺たちは仲がよかったんだろう。

 今の彩楓さんが隣にいた記憶はないけど……。幼稚園の頃、一人の女の子と特別仲がよかった記憶はある。


 それが、このアルバムに写ってる頃の河村彩楓さんだったんだと思う。

 だからこそ、お母さんの余命が迫ってる時期に、俺に婚約者役を依頼してきたんだろうな。今の俺を知らず、過去の俺に幻想を抱いて、だ。


「……色々と、納得しました。彩楓さんの言動とか、本当に色々と……」


 これなら、いっそ人がよさそうだからと利用されてた方がマシだった。


「叔母ちゃんから嘘を指摘しておいてなんだけどね……。このまま、もう少しでもいいわ。彩楓と都合のいい、優しい嘘の関係を続けてやってくれない?」


「何で、ですか?」



―――――――――――

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