2章 7話

 彩楓さんと抱き合っていた手を離し、美穂も母さんの方を振り向く。

 ばつの悪そうな表情を浮かべた美穂に、母さんは飛びついた。


「美穂、家出なんてどうしたの!? 心配したわよ!」


「……ごめん、なさい。父さんに会おうと思って……」


「あいつ……いえ、父さんに? ……美穂、寂しかったの?」


「……うん。母さんも凛空も、他の大切なものがあって忙しそうで……。私、一人になったのかなって。家にいらない子なら、同じように一人な父さんのところに行けば、仲良くしてもらえるのかなって……」


 美穂の言葉を聞いた母さんが目を剥き、やがてポロポロと涙を流し始めた。


「寂しい思いをさせて、ごめんね。お母さん、お仕事ばっかりで家族を大切にしてなかったね……」


「……ごめんなさい、わがままな子で、ごめんなさい」


「ううん、休みの日は一杯遊ぼうね」


「うん、ありがとう。母さん……」


 母さんは悪くない。勿論、美穂だって悪くない。

 母さんは俺たちのために、身を粉にして働いてくれてる。


 美穂は、小学校六年生とは思えないぐらい、しっかり者だ。勉強も頑張って、学童の子たちの世話役だってしてくれてる。偶には、わがままだって言うべきだ。


 俺は……一体、何ができてるんだろう。何をしてるんだろう。

 美穂が離れると、母さんはゆっくり、彩楓さんへと視線を向けた。


「……あなたは」


 母さんは目を剥き、何かを考えてる。

 何で家族だけの場にいるのか不審そうな目というより、驚愕してるような……。反応に違和感があるような気がするけど……。


 とりあえず、俺から彼女を紹介すべきか?

 協力を求めたのは俺だ。クラスメイトだと紹介しようと前に出ると――。


「――初めまして、河村と申します」


 彼女は俺が紹介するより先に名乗り、頭を下げた。


「……河村さん? そう、初めまして。凛空の母です」


「凛空君とは、仲良く婚約者としてお付き合いさせてもらってます!」


「ちょっと、彩楓さん!?」


 こんな場面で、何で嘘を――……。そうか、美穂に家族にしてくれとか言ったから……。

 だけど、後で訂正するのが大変だろうに。


「凛空、どういうこと? 婚約なんて、母さん聞いてないんだけど?」


「えっと……。それは」


 どう説明したものか。美穂の手前、本当の事情を話して偽装だなんて言えない。


「凛空君には、私のお母さんに挨拶をするまで待っててもらったんです。……お母さんは、もうすぐ、この世を去ります。だから、先に認めてもらうまではって……」


「そう、なの? ごめんなさい事情も知らず……。美穂も凛空も、お世話になったみたいね」


「私こそ、家族の大切さを改めて教えて頂き、ありがとうございます。凛空君にも無理ばっかり言って……。いつも、お世話になってるんです。付き合った経緯も、私が好きだからと何度も強引にお願いしたものでしたから」


「……凛空。こんな美人で礼儀正しい子、絶対に不幸にするんじゃないわよ?」


 母さんは、彩楓さんを認めたらしい。

 こんな着々と嘘を塗り固めていくなんて、どんなつもりなんだろうか。


 嘘で外堀を固めて、取り返しの付かないことになったら……。

 彼女は一体、どうするつもりなんだろうか。


 俺が母さんや美穂に、見限られたと言って殴られる分には構わない。だけど、付き合った経緯まで言う必要はないだろう。


 本当に、彼女が何を考えてるのか理解できない。

 まさか本当に、俺みたいなやつと婚約したいほど好きだとも信じられない。


「凛空君、親への挨拶の順番、逆になっちゃったね! 素敵なご家族に紹介してくれて、ありがとう!」



―――――――――――

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