2章 6話

 どうしたのかとか、内容すら聞かずに……。まるで何があろうと関係ない。助けるのは決まってると言わんばかりに、だ。


 何で、そうも当然のように優しくしてくれるんだよ……。こんな、惨めで役に立たない凡人相手に、さ。今は協力関係にあるから、か? 


 そうだろうな。そうでなければ、俺なんかを助ける彼女にメリットがない。


「ありがとう。美穂を、探してくれないか? 家出して、見つからないんだ」


『え!? 美穂ちゃんが!? 分かった! 今すぐ街中を探して、人にも聞いて回るね!』


 そう言って、彼女は通話を切った。


「そっか……。街を一人で走り回るんじゃなくて、心当たりがないか聞けばよかったんだ」


 通行人なり、店員さんなりに……。少し考えれば、一人で走り回るより効率のいい手段があったのに。そんなことにも気がつかないなんて……。動揺してた何て、言い訳にもならないミスだ。

 どうして、俺はこう……。


「自己否定してる場合じゃない、か。今からでも、遅くない。俺も街の人に聞いて回ろう」


 それから、積極的に街の人に美穂の写真を見せて姿を見てないか聞き回った。

 そうしていると、スマホが鳴る。


「……ぇ、見つかった?」


 彩楓さんからのメッセージを見ると『駅の改札前で美穂ちゃんを見つけた。でも私じゃダメ。すぐに来て』と書いてあった。

 助けを求めて直ぐ、彼女は結果を出してくれた。

 自分との格の違いを感じつつも、俺の家族……美穂に一刻も早く会いたくて、全力で走る――。


「――美穂!」


「……凛空」


「凛空君……。ごめんね、私じゃダメで」


「いや、美穂を見つけてくれて、ありがとう。……美穂、ごめんな? 寂しかったんだろ?」


 改札の前、俺が片膝を付いて謝ると、美穂は顔を背けてしまった。


「……違う。私はただ、父さんを探しにいこうとしただけ」


「……父さんを? もう何年も、顔すら合わせてないだろう」


「分かってる。だから、駅まで来たはいいけど……。どうしようもなくなってた」


「……何で今さら、父さんなんだ?」


 あっさりと母さんと離婚して、養育費を払うだけ。

 顔合わせの約束すら、まともに果たさないような人なのに……。


「……凛空は、彩楓さんと家庭を持つと思ったから」


「は?」


「だって凛空、最近は彩楓さんとばっかりいた。母さんと凛空、彩楓さんだけでいいのかなって。……私、要らない子なんだろうなって」


 まだ小学校六年生の子に、俺はなんてことを思わせてたんだ……。


「私は、父さんをまともに覚えてない。知らない」


「…………」


「それでも――たった一人の父さんだから。離婚して、私みたいに寂しいのかもって思ったら……。家出してた」


 たった一人の、父さん。

 そうか……。美穂は、そんな風に考えてたのか。

 一人ぼっちに感じられて、同じように一人な……。たった一人の父さんのところに行けば、居場所があるかと思って家出を……。


 養育費を払うだけで子供に会おうともしない父さんでも、美穂にとっては大切な家族だったのか。俺は妹の気持ちを、何も気づいてあげられてなかった。


 寂しい思いをさせた俺が――全て悪い。


「美穂……。ごめんな、俺が悪かった。美穂の家族は、俺だ」


「……私、凛空が幸せになる邪魔をしたくない」


「邪魔だなんて、思うはずないだろ」


「……本当? 彩楓さんは、私がいて邪魔じゃない? 凛空との時間、私が奪っちゃう」


 美穂は顔を俯かせながら、彩楓さんの方へ視線を向けて尋ねる。

 そんな美穂に、彩楓さんは涙を浮かべた笑みで頭を撫でた。


「大丈夫だよ。家族が取られちゃうの、いなくなっちゃうの……寂しいよね?」


「…………」


「私が美穂ちゃんと会ったときに言った言葉、覚えてるかな?」


「……何?」


 美穂は首を傾げながら、顔を上げた。


「お姉ちゃんは、ほしくないって。そう聞いたじゃない? 私も家族だと思って、甘えてよ」


「でも……」


「……お姉ちゃんは、甘えてほしいな。お姉ちゃんもね、お父さんがいないの。お母さんも……もうすぐ、いなくなっちゃうんだ。寂しいから、美穂ちゃんに家族になってほしくてね?」


「……私、邪魔じゃない? 私も家族で、いいの?」


 お父さんもいないなんて、初めて聞いた。

 死別か、離婚か。そもそも俺との婚約は偽装だろう。凡人の壁を破れなかった俺に、君の婚約者役は荷が重すぎるなんて……。真剣に問いかけてる彼女と美穂の間では、口にできなかった。


「邪魔なわけ、ないよ。寂しいお姉ちゃんをさ、家族にしてくれないかな?」


「……ありがとう、彩楓お姉ちゃん」


 美穂は恐る恐るといった様子で、彩楓さんに向かい手を広げる。

 そんな美穂を彩楓さんもゆっくり抱き寄せ――ギュッと腕を回した。


 俺たちは……。俺は家族に対して、なんて残酷な嘘を吐いてるんだろう。ただの偽装関係。嘘の婚約者なのに……。

 彼女のお母さんが、安心して旅立つまで、決して嘘が判明してはいけない。きっと、傷付ける。

 いや、彼女のお母さんだけじゃない。


 偽装という事実を知ったとき、美穂はなんて思うだろうか――。


「――美穂! 凛空!」


 パンプスをカツカツと鳴らしながら、改札から母さんが走ってきた。


―――――――――――

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