2章 5話

 美穂だって、今日で学校は終わり。明日から夏休みのはずだ。


 今日は学童も休みだから、鍵を渡して美穂は登校した。俺より早く帰ってるはずなのに……。

 俺が「ただいま」と言っても、何も返事すらなかった。


「美穂? 寝てるのか?」


 美穂の部屋をトントンとノックすると、返事がない。

 まさか……。中で倒れてないだろうな?

 悪いとは思いつつ、そっとドアを開ける。


「……美穂? まだ帰ってない、のか?」


 室内には、誰もいない。時間的に、帰ってきてないはずがないんだけど……。


「まさか、誘拐か!?」


 慌てて美穂に通話をかける。

 呼び出し音が鳴るだけで、出ない。まさか、まさか……。本当に誘拐!?

 美穂が理由もなく俺からの通話に反応しないなんて、あり得ない!

 バクバクとした心音、謎の浮遊感に襲われてると――美穂からメッセージが届いた。


「……は? 家出、します?」


 簡潔に『家出します。探さないでください』と書かれたメッセージ。

 内容を認識してすぐ――外へ出た。


「くそ……。俺のせいだ。美穂を蔑ろにしすぎた! 彩楓さんと遊んでばかりで、自分の勉強ばっかりで! 美穂は、甘えたがってたはずなのに!」


 ここのところ、自分が美穂にしてきた仕打ちに後悔した。

 俺は色々な人と話せる。遅く帰ってくる母さんともだ。

 だけど美穂は……。朝早く仕事に行って夜遅くまで帰ってこない母さんとは、少ししか顔を合わせられない。


 美穂には実質、俺しか家族がいなかったのに。何で、もっと早く気がついてやれなかった。何を――彩楓さんと一緒にいるのに浮かれてたんだ! 自分が情けない!


 汗だくになりながら上尾の街を走り回った。

 学校、通学路、美穂が好きだと話してた公園、ショッピングモール。閉まってる学童やゲームセンターに、警察署。

 何処にも美穂はいない。通話にも出ない。


 情けなさに涙が出そうになる……。もし、美穂が本当に家出中に誘拐されたら……。

 取り返しの付かないことになる前に、母さんへ連絡すると『今日は早上がりさせてもらう』と返事がきた。

 俺が不甲斐ないばかりに、家族が普通にすごす平穏すら壊した。

 後悔で胸が押しつぶされそうになる。

 だけど、今はそんな自己憐憫に浸ってる場合じゃない。


「……彼女に頼るのは間違ってるかもしれない。それでも……今は、少しでも手を貸してほしい!」


 誰かに頼るなんて、凄い違和感だ。

 それでも彼女の願いに付き合ってる形だし……。これで対等か?


『もしもし? 急に凛空君から通話なんて、どうしたの?』


「……ごめん、助けてくれないか?」


 走りすぎて、肺が痛い。上手く声が出ないぐらい、呼吸が浅い。まるでマラソンを全力で走った直後のようだ。

 本当はもっと詳しく伝えるべきなのに、言葉を出すのが辛くて……。簡潔にしか伝えられなかった。


『うん、勿論だよ。どうすればいい?』


 それなのに――彼女は迷いなく、助けてくれると言った。



―――――――――――

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