2章 4話
まぁ……。一理ある、か。
話に聞く限りだけど、お母さんは大分状態が安定してきたらしい。
もうすぐ家に帰ってきて在宅医療に移行するぐらい落ち着いたとか……。
親へ挨拶をするという約束も、もうすぐだ。
もう少しなら、自分の劣等感なんかで手を抜くべきじゃない。
それに、だ。自分との釣り合わなさを抜きに考えれば、彼女のような高嶺の花を間近で見られる今の偽装時間は……。一生の思い出になっても不思議じゃない貴重な時間だ。
成績のいい彼女に教わることで、俺自身が凡人の壁を突破できる可能性もある。
「分かった。図書室に行こうか」
「やった! また一つ、夢が叶った!」
「何の夢だよ」
ニカッと笑う彼女から目線を逸らし、ぶっきらぼうに応える。
本気になっちゃダメだ。こんな嘘の関係、歪な関係を……本気にしちゃダメだ。
自分に言い聞かせながら、図書室で教科書とノートを開く。
いざ勉強を始めたら、彼女は真剣な表情で集中し始めた。
勉強のやり方ですら、差を感じるとはな……。
お母さんは、秋を迎えられないだろうと言われてるらしい。それなら、最低でもこの夏は偽装婚約関係を継続しなければいけない。
このまま彩楓さんの隣にいるのが恥ずかしいと思ったまま、関係が終わってもいいのか?
お母さんは、俺みたいな普通の男を認めてくれるのか?
それで本当に、安心して旅立てるのか?
嘘の関係ではあるけど、手を抜きたくない。脳内に浮かび上がる数々の疑問に、心が奮い立つ。
凡人の壁を破って、少しでも彩楓さんの隣にいて不自然じゃないようになってやろうじゃねぇか。
そんなことを考えていると、ポケットでスマホが震えた。
「美穂、か」
「ん? 美穂ちゃん? 大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。緊急事態じゃないみたいだから」
美穂からの『まだ?』、『最近、いつも遅い』、『たまには前みたいに遊ぼう』というメッセージに微笑みながら、返事をうつ。
『今は大切な約束を守るために必要な時期なんだ。落ち着いたら、遊ぼう。いつも遅くてごめんな』
『どれぐらいしたら落ち着く? 一緒に帰れるのはいつ?』
『期間は分からない。学童が終わるまでには迎えにいくから』
『……分かった』
美穂は大人で、物わかりのいい子だ。理解してくれたことに感謝しつつ、スマホをしまう。
向かいの席で本に集中する彼女に近づけるよう、俺も全力で勉強に向き合う――。
そうして遂に、俺の大嫌いな……。劣等感を抱き続けてきたイベント。定期テストの日がきてしまった。
「――試験を始めてください」
教師の言葉に、生徒たちは裏返していたテスト用紙を一斉に表へ変える。
一学期の期末テスト……。彩楓さんに触発されて、いつも以上に根を詰めて頑張ってきた。
寝る間を惜しんでだ。「遊んでほしい」という美穂の誘いだって断り、この期末テストで自分を変えようと足掻いてきた。
俺だって、やればできるはずだ。今度こそ、少しでも自分を認められる……。自信を持てる結果にしなければ――。
全テストが終わった通日後。
心弾む夏休み前日だというのに……。
「……最悪。全教科、五段階中オール三評価とか。テストも成績も、全く変わらないとか……」
部屋で一人、溜息を吐いた。
成績表を渡すとき、先生の言った「もう少し頑張れ」という言葉が頭から離れない。
何度、一体何度……。俺は希望に向かって走り、現実に叩きのめされれば気が済むんだ。
こんな惨めな思いをするぐらいなら、最初から頑張らなければよかった。
頑張ったと思うからこそ、失望も大きくなるんだから……。
彼女の隣に少しでも相応しく? こんな惨状で何を高望みしてたんだ、俺は……。
「美穂の誘惑だって、ずっと我慢してきたのに……。そう言えば、今日は静かだな?」
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