2章 偽装と真に迫りくる最期
2章 1話
河村さん……。
いや、彩楓さんとの偽装婚約者生活が始まったわけだけど……。
彼女が上尾市に引っ越して、まだ一ヶ月ぐらい。そんな状況でいきなり婚約者を名乗る男を連れて行ってもダメだ。「俺が婚約者です。彩楓さんを幸せにします」とお母さんに言っても、信じてもらえるはずもない。
そういうわけで、お母さんが納得するアリバイ作りが必要だとなったから――。
「――凛空君! はい、お弁当!」
「……うん、教室じゃないとダメなのかな?」
「ダメじゃないかな? 万が一、お母さんが学校にきたとき噂になってないとさ!」
「それ、噂を広めるってことか……」
こういうカップルらしいデートをするべきだって理屈は分かる。
お母さんは、もうすぐ家に帰ってくるらしいから……。娘が二つ、お弁当を作ってれば恋人の存在だって疑うだろう。
三者面談とかで学校にきたとき、先生も含め凄く仲のいい恋人がいるって噂が広まってれば、疑いの裏付けになるのも、理屈は分かる。
だけど――周りの目が痛い。
至る所から「何であいつが?」、「美女と野獣」なんて声が聞こえる。誰が野獣だ。
こんなの、風のように噂が広まる。広めようと努力するまでもなく、勝手に。
「はい、じゃあ写真撮るよ。私に寄って寄って!」
「……マジか」
抜け目ない彼女は、お弁当と一緒に二人が写る写真まで撮るらしい。
確かに、これは証拠になる。それに……バカップルと呼ぶべき光景だ。
年齢をすっ飛ばして婚約までするのだって、やりかねないぐらいのバカップルだ。
現状の問題は、大きく二つ。
俺が、お母さんの認める『いい男』になるのは、難しい。
頑張り続けても、凡人の壁を破れないからな……。これは今さらで、一番の問題。
まぁ、彩楓さんがコーディネートしたいと張り切ってくれてるから、見た目は多少マシになるかもしれないと期待しておこう。
そして、もう一つの問題。
それが、彩楓さんへの負担だ。
廊下を一人で歩く度に「男の趣味悪いんだ」、「あれなら、俺でもいけたじゃん」などなど……。
彩楓さん本人も、もの凄く周囲から冷やかし……。いや、考え直せと言われてる。
たまに俺のせいでバカにされてるのを見ると――辛くなる。やっぱり人選ミスだったんだと思う。
「彩楓さんはさ……。色々と陰口を言われて、辛くないの?」
「陰口?」
「俺なんかを選ぶなんて、とか……」
「皆、見る目がないなぁ~って!」
やっぱり、彼女の目はおかしい。客観的にも実績的にも、モテない俺なんだぞ?
アリバイ作りでデートへ行くなら、実用的な眼科もコースにも組み込むべきかな。
「モテる彼氏を自慢する気持ちも、分かるけどね~。彼氏はアクセサリーじゃないんだぞってのが、私の気持ちかな? 私にとっては最高のスーパーダーリンだからさ!」
「君にも欠点があったのかもしれない。男を見る目っていう、致命的な欠点がさ」
「そんなことないよ? だって幸せだもん」
満面の笑みで笑われると、俺までつられてしまう。
きっと俺は、この嘘の時間が――人生で一番、幸せで虚しくなるんだろうな。
「まぁ、ねぇ~……。放課後とか昼休み、凛空君がいないときに呼び出されるのは、困るかな? 辛いってより、腹が立つし困るよ」
「俺よりは自分の方が優れてるって、半分ぐらいの男は思ってるだろうからな」
「評価基準なんて、人それぞれなのにさ……。私の好きな人をバカにするようなことを言われるんだもん。腹立っちゃうよ」
「告白されまくってるのは、他の女の子から嫉妬を集めそうだね」
ある意味、それも人間関係では欠点なのかもしれない。
「う~ん。でも話してるとね、告白はされないんだ。変な人って言われるんだけど……。私の凛空君への想いが揺るがないって、分かってくれたんだと思う!」
「惜しいね、今正解に辿り着きそうだったのに」
「正解?」
「間違いなく、変な人だから様子を見ようって引かれたんだよ」
話してると、優しくて元気が出るぐらい面白いけど……。やっぱり変人だ。
男の趣味も含めて、多分――告白を考え直すぐらいにはな。
それに、彼女に睨まれたら腰も引けるだろう。
「目付き、鋭いもんな……」
―――――――――――
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