1章 26話


「偽装婚約をして、挨拶をするのでよければ……協力させてほしい」


 彼女の抱える想い、秘密は――また分からなくなった。


 それでも、俺は……。彼女に協力したい。利用されるのも、本望だ。


「いい、の? そんな、同情で私の重い事情に付き合わなくていいんだよ?」


「俺が、そうしたいんだ。……その方が君が自然に笑えて、お母さんも幸せになれるならさ。協力させてくれないか?」


「凛空、くん……」


 胸が跳ねた。震え、心の奥から何かが染み出そうだ。

 感極まったように、涙目で――俺の名前を呼ぶ言葉は、それぐらい強烈だった。

 泣くってことは……。


「やっぱり俺みたいに普通な……。面白くもない人間じゃ、ダメかもと思った?」


「ううん、違うよ! でも、私のことを避けてて……。苦手だったんじゃないの?」


「無視されたときは、苦手だった。でも……一緒にいたくなかったのは、別の理由」


「それって?」


 情けない、我ながら本当に情けない理由だ……。


「君の隣に、俺が相応しくないと思ったから」


「……何、それ?」


「普通に考えて、釣り合わないじゃん。俺から見て満点な君と、その辺に山ほどいるような俺じゃあ」


「そんなことない、違うんだよ! 何度だって言うけど……。そんなに、今の自分が認められないの? 私は、何のために……」


 本当に悲痛なまでに表情を歪めた。

 何でだ。今までも、そう言って告白や提案を断ってきたじゃないか。

 これまでは、彼女の願いを断る理由付けぐらいに思ってたのか?


「……自分でも、歪んでる自覚はある。俺自信が、平凡な俺を認められない……。君のような凄い人の隣に並び立つなんて、認められない」


「そんな……。何で……そんな悲しいことを言うの?」


 悲しいこと、か。自分を認められないのは、確かに悲しいよな。


 分かってても、抜け出せないんだ。


 同級生の中でも劣等感に悩まされ、小学生にも負けててさ……。競争社会の中で頑張っても負けて、歪められ続けて……。自分に自信を持てるわけがない。


「それでも――偽装婚約なら、いい。可もなく不可もなしの大嫌いな自分でも、受けていい提案かなって思う。本気で君のそばにパートナーとしているんじゃなくて、君の利益になる利用のされ方なら……。うん、それなら俺は納得だし、歓迎だ」


「……絶対に、変えてみせるから」


「……何を?」


「全部だよ! 偽装って部分も、凛空君が自分に自信を持てないところも! 絶対に変えてみせるから! だから今は――その条件でも、いい! どうか、お願いします!」


 バッと頭を下げてくる彼女の姿に、困惑が止まらない。

 いつも誰かに利用されてるように、丁度いいと思われたんだと思った。

 それで彼女が笑顔になるなら、喜んで利用されてやろうと思った。


 全て平凡なモブにすぎない俺にとっては、それでも役得だって……。それなのに彼女からは――絶対に俺を変えるという強い意思が感じられられる。


 自分の損得勘定なんて、関係なしにだ。

 そんな姿を見たら、勘違いしそうになる。分不相応な想いを、抱きそうになるだろう……。


「頭を上げて」


 公演の土に片膝をついて、彼女の顔を下から覗き込む。

 ギュッと瞑っていた彼女の目が、少しずつ開いてきた。


「こちらこそ――よろしくな」


「ありがとう……。ありがとう、凛空君!」


 河村さんの肩に手を当て、下げていた頭ごとソッと身体を起こす。

 夕焼けが照らす瞳、涙。どれもが……宝石よりも美しく見えて、俺の感情を揺らしてくる。


「いつの間にか、だけどさ。当たり前のように河村さんは、俺を名前呼びなんだな?」


「当然だよ! だって婚約者同士でしょ!?」


「偽装だけどな」


「今は、ね! それより、私のことも名前で呼んでよ! そんな婚約者いるかって、お母さんも不審に思っちゃうよ!?」


 う……。それは、その通りかもしれない。親へ結婚の挨拶に行くなら、『彩楓』とか呼ぶのか?

 女の子相手だと、ハードルが……。美穂なら、名前呼びも簡単なのに。


 ああ、もう! 覚悟を決めろ!


「あ、彩楓……さん?」


「えぇ~。『さん』付け、かぁ……。ラブラブ度が足りないかなぁ」


「勘弁しろよ……。ドラマとか映画でしか見たことないけど、名前に『さん』付けなら、親への挨拶には自然だろ?」


「ん~……。まぁ、今はそんなもんだよね。分かった! でも私、本当に諦め悪いからね!」


 諦めが悪いのは、知ってるよ。俺がどれだけ告白……。いや、願いを断っても、絶対に諦めなかったもんな。大好きなお母さんのために、譲らなかったから。

 それにしても、俺の凡庸な人生が……おかしなことになったもんだ。

 可もなく不可もなしな六十点がいいとこな俺と、文武ともに満点な彼女。


 本当に、奇妙な感覚だけど……。アンバランスなコンビで、優しい嘘を添えていく日々が始まる――。



―――――――――――

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