1章 24話

「私のことが気になってくれたの?」


「……まるでストーカーみたいに、ね」


「嬉しいなぁ~」


「嬉しくないでしょ。ストーカーみたいにって、言ってるんだよ? 俺を責めないの?」


 なんで、そんな本気で嬉しそうに笑ってるんだ。

 綺麗な顔にえくぼを浮かべて、無邪気にさ……。怒るでしょう、普通は……。


「え? 責めないよ? 本当に好きな人じゃなかったら通報するけど、本当に好きな人だもん。婚約したいぐらいには、ね」


「……君は凄いな。色々と、凄いよ」


「……それに、私も人のことは言えないから」


「え?」


 悲しげな表情で、それでいてどこか遠い目をした彼女の言葉が気にかかる。


「ご、ごめんね。何でもない、何でもないから!」


 どうしね俺のストーカーみたいな行為を責めないばかりか――人のことは言えないって話になるんだろう。


 君の抱えてる秘密……。俺には話せないことは、病気以外にもあるのか?


「それより……私が緩和ケア病棟にいたの、バレちゃったんだよね?」


「うん……。見ちゃった」


「見ちゃった、か。そっか……。じゃあ、全部バレてるんだね」


「……本当に、ごめん」


 彼女にとって絶対に知られたくない秘密だったのかもしれない。

 無理やり暴くような真似をしたことに、罪悪感を抱いてしまう。

 俺に何も知られず、楽しい思い出を作りながら最期を迎えたかったかもしれないのに。


「緩和ケア病棟ってさ、苦痛を和らげる……。最期までの憩いを教えてくれる場所なの。薬の調整だったり、死への恐怖とか落ち込みとか……。精神的な苦痛を減らして、自分らしく最期を迎えられるようにってね」


 そう、なのか。俺は詳しい内容を知らない。さっきネットで本当に少し、見ただけだ。

 彼女は……自分らしく最期を迎えられるようにって、あれだけ明るく学校生活をしてたのか。


 悲しさ、苦しみ……。恐怖。


 様々な思いを抱えていても、優れた人間であり続けて。どんな感情があったんだろう。どんな葛藤があったんだろう。

 彼女を羨んで、屈辱感に震えてた自分が……嫌になる。


「君は、さ。どうして、この時期に引越してきたの? 実は、上尾に生まれた家があるとか?」


「ないよ? 叔母さんが大家してるアパートにね、空室があるからって入居させてもらったんだ」


「それなら、どうして上尾に?」


「この間までは神奈川県の川崎市に住んでたんだ。上尾にきたのも、通ってた病院から紹介されたからなの。系列の病院で、申し込んでた入院待ちの順番が来そうだからって」


 上尾は住むには便利だけど……。東京へ通う人が多く住む場所だ。仕事を終えて帰るような街で、観光地でもない。

 少なくとも、美しい山々や海とか、綺麗な景色で最期を迎えるイメージに近い所じゃない。

 病院の空き待ちで、仕方なしに上尾へきたって流れなのか。


「大人の事情ってやつでね、三週間ちょっとだけ入院させてもらえたの。少しは症状が和らいだみたい」


 微笑む彼女の顔が、夕陽で茜色に染められる。


「あとは家で、余命が尽きるのを待つことになるの」


 無理に微笑む彼女の顔が、とても寂しそうで……。悲しげな美しさを醸していた。


「その……。大丈夫なのか? 病気なら生活とか、手伝いが必要なことも多いんじゃない?」


「家とかに訪問してくれる医療サービスを使って、何とか……。何とかしていくしかないよね」


「そんな不安そうに何とかって……。入院は? 病院で最期を迎えたくない、とか?」


「制度とか大人の事情ってやつで、長くは入院させてもらえないんだってさ。……どうしても具合が悪くなったら、また入院させてもらえるらしいんだけどね」


 そんな……。俺は一体、どうしたらいいんだ? どうすれば、彼女のためになれる?


 そもそも、だ。


「あと……どれぐらい、余命は残されてるの?」


「……半年はもたないだろうって、さ」


 信じられない、信じたくなかった。そんなの、あっという間にすぎるだろう。この一瞬だって、貴重。好きに生きたいはずだ。

 目の前の……。謎に包まれた君と出会って、一年も経たずにさよならなんて……心が痛い。


「美人薄命とは聞くけど、さ。受け入れられないよ……」


「……私は、もう受け入れるしかないかな。もう治療の施しようがないって言われてたから」


「まさか……。元気に見えた君が、実は余命宣告をされてたなんてさ……」


 満点な生き方をする彼女の隣に、精々が六十点……。可もなく不可もない人生を歩んでる俺が相応しいとは、思えない。


 それでも、俺なんかとの思い出で君が幸せな半年をすごせるなら……。


「……え?」


「え?」



―――――――――――

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