1章 21話

「……今日も、ダメかぁ。明日は、どんな手を使おう……」


 彼女は、諦めない。俺から何を言われても、へこたれない。

 俺に彼女がいると勘違いしてたときは、素直に引いたのに。


 いっそ、勘違いさせたままのが平穏だったか……。いや、それは俺の望むところじゃない。

 彼女の笑ってる顔をモブとして見られるのは、せめて中の上を目指すのにもありがたい。

 周囲を明るく、元気にする力を彼女は持ってるから。


 要望は飲めないけど……。連絡先を教えるだけでもすれば、彼女は本当の笑顔で毎日をすごせるだろうか?


 それで活力をもらえれば、俺も平凡を脱却できるかもしれない。あの女の子たちを撃退した日みたいに、彼女の強さにも憧れたしな。


 事情を知れば婚約とかはともかく、連絡先ぐらいは……。それだと意味がないのかもしれないけど。……何だか、立場が逆転してるな。

 普通、俺みたいなやつが河村さんに「連絡先を教えてください!」って懇願する立場だろうに……。


 そもそも、だ。何で彼女が俺にこだわるのか。この理由が秘密のままだと、素直に利用されにくい。婚約とか、破棄も大変だろうに。


 会ったばかりの俺にそれを頼む程の事情はなんだろう?

 やっぱり彼女の秘密が気になる――。


 自宅へ帰ってきた。

 ここ三週間程度ではあるけど……。俺は、今まで以上に勉強に励んできた。


「……勉強に全力を注いだ。これで優秀……とまでは行かなくても、中の上以上の伸びがあるなら。俺は彼女の要求に応えられるかもしれない」


 今、俺の目の前にあるパソコン画面には、Webで受けられる模試サービスの画面が映ってる。

 簡単に受けられて、すぐに結果が出る。相対的な学力を測ったり、学力を伸ばすことに繋げられる有料サービスだ。

 決まった時間に塾へ通う時間がないから、こういうのを使ってるけど……。


 今回は、気合いの入れようが違う。日に日に焦りが強くなってく河村さんの期待に応えたい。

 婚約はともかく、付き合ってる振りをして親へ挨拶ぐらいなら……力になりたい。


 協力するための、俺でも彼女と付き合ってる振りをしていいんだという自信をつけたい。

 黙々と、テストに打ち込む――。


「――俺は、何のために存在してるのかな……。俺の代わりなんて、いくらでもいる」


 二時間が経過したとき、天を仰いで口から漏れ出ていた。

 あれだけ勉強したのに……。やっぱり、ほぼ平均点。逆に凄いけど、普通の壁を破れない。

 可もなく不可もなし。何て面白味がなくて、どこにでもいる人間なんだろう……。


「――凛空、勉強は終わった!?」


「美穂? どうした?」


 俺が勉強に打ち込んでるのを見て、話しかけるのを躊躇ってたのかな?

 美穂が扉を開いて、室内に入ってきた。


「私の勉強、手伝って! これ、参考書!」


 手に持ってた本は、参考書か。小学校六年生算数みたいだな。

 知識確認の小テストもついてるみたいだ。

 これなら、俺も百点満点を取れるかなとか考えちゃうのは……もう末期かもしれない。


「美穂は勉強熱心だな。偉いぞ~。よし、俺と一緒に勉強頑張ろうな」


「ありがとう。凛空も偉い。いつも家事も勉強も頑張ってくれてる。凄く偉くて、感謝してる」


 人間性でも、美穂は俺より既に上だ。優秀な妹に比べて、俺は……。

 何とか辛い表情をみせないように、美穂を身体に寄せながら頭を撫でて褒める。

 軽いスキンシップも終わって、お互いに教科書や参考書を開き勉強を始めた。

 自分の見てる教科書の内容が理解できない……。

 美穂は黙々とやってるな。大丈夫なのかな。分からないところとかあったら、教えるのに。

 気になって美穂の参考書とノートへ目線を向ける。

 知識確認の小テスト問題を解いてるみたいだ。

 問題を読み進めてると――一問、解けない問題があった。


 長文の、いくつかある難問の一つなんだろうけど……。

 やばい、分からない。ちょっと……難しすぎない? 質問されたら、どうしよう。


 そう思いながら美穂のノートを見ると――美穂が綺麗な字で数式を書き、解いてる。

 その数式を見て、これが正解なんだろうと悟った。


 何だよ、これ。泣きそうだ。可愛い妹によく頑張ったなって思うと同時に……。羨ましいとか、なんで俺は小学校六年生の問題すら解けないんだとか考えちゃうなんて……。

 俺は、なんでこんなにも惨めで器が小さいんだ。


 努力も実らず、それどころか小学生の優秀な妹の才に嫉妬するなんて……情けない。


 こんな俺が、授業でも圧倒的学力を見せ、美貌でも満点の彼女に相応しいわけがない――。


―――――――――――

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