1章 13話
思い詰めたように暗い河村さんの声。
格好よく強い子というイメージがついてるから、ドスが利いた声に聞こえる。
いつか、君なんて大嫌いだと言ってやるとか思ってたけど……。
圧倒的な格の違いに、とてもじゃないけど言えない。恩もできちゃったしな。
彼女が一歩、歩み寄ってきた。もうビンタも当たりそうな距離。
さて、念仏でも唱えるか――。
「――私と婚約してください!」
「…………」
死の間際、幻聴が聞こえるという。
そうか、俺は幻聴を聞いたんだ。
「ああ、いや! あのね、その~! あ、ちょっと急すぎたよね!?」
「……そう、だね」
「す、好きな女の子のタイプは、どんな子ですか!?」
「ごめん、俺は耳鼻科に行くべきらしい」
踵を返して逃げようとする俺の肩が、ガッと掴まれた。細い指がめりめり食い込んでて痛いんだが……。
「こ、答えないなら、当てるね?」
「まずは、この肩を離して、俺を耳鼻科に行かせてほしい」
「明るくて、安心できて、見ていて元気になる子がタイプでしょ!?」
呼吸が一瞬、止まった。
なんで、俺の好みのタイプが分かるんだ? 全部当たってるのが、余計に怖い! それに、さっきまでの言葉!
婚約って言ったよな? 何を言ってるんだ!
初対面の男に――まして百点満点の君が、こんな六十点がいいところな男に?
ぶっ飛びすぎてて何がなんだか分からない! お願い、俺をもう帰して!
これなら殴られた方が、よっぽどシンプルで分かりやすかった。
まさか脳で考えさせて俺を苦しめ――いや、そんな遠回しにするタイプでもなさそうだ。
「当たってるよね、そうだよね!?」
「当たってるけど、そうだけど! なんでそれを――」
「――やった! やったやったやった!」
この子、情緒は大丈夫だろうか?
本気で喜んでるように見える。
「私、そうなれてるかな!? 自分では、そんな女の子だと思ってるんだけど!」
「そう、かもしれないけど」
正直、話したことがないから周囲への態度を見るに、だけどな。
「本当!? 嬉しい! じゃあ婚約してください!」
「何がじゃあだよ。アホなのかな? 勉強できる系のアホなのかな?」
一問正解したらOKなんて言ってないだろ。頭の大事なネジ、忘れてきたのか?
「お願い、時間がないの!」
「普通、時間をかけてするものだと思うの」
時間がないから少し雑用手伝ってぐらいの感覚で言わないでほしい。
婚約? それ、結婚の約束だろ?
そんな軽々しく結婚して、母さんみたいに離婚することになったら……。
いや、何を真面目に考えてるんだ。この子は――自分と全く釣り合わない、凡人の俺で遊んでるんだ。
俺が許可したら「冗談に決まってるでしょ」とか笑った後、木の陰から動画を撮ってる人が現れたり……。そんな陰湿なことをするタイプでもないか?
じゃあ、もうなんなんだよ……。
「……はぁ」
「ダメ、かな?」
「ダメもなにも……」
ここ数日、彼女の俺に対する対応を思い出す。
わざとらしいぐらいに、完全無視。視界にも入れてませんってぐらいだ。
その度に、俺は自分が惨めになって……。彼女とは住む世界が違うとか考えてたのに。
「俺を無視してたんじゃないの?」
「初日のこと?」
「それもだね」
「緊張し過ぎて、喉が震えてただけ! 後は、恥ずかしくて見られなかっただけだよ!」
そんなおかしな話があるか。
「嘘吐け! 初対面のやつらと、あんだけ明るく打ち解けてただろうが!?」
「嘘じゃないよ! 嘘はこれから吐いてほしいの!」
「余計に意味が分からない!」
―――――――――――
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