1章 12話
「は、はい……」
「ど、どこに行けばいいかな? 人目がないところの方が、いいんだけど」
あ、この美しい肉食獣のような子に、やられる。俺は、確信した。
「……校舎裏なら、放課後には誰もいない、かな」
うちの高校の生徒は、な。民家は近いから、ボコボコにされたら柵と塀を越えて逃げられる。
さすがに、抵抗して腕力で負けることはないと思う。だけど――そんな力尽くのような真似、したくない。
恩人に最低な真似をするぐらいなら、尻尾巻いて逃げた方がましだ。
「……分かった。ありがとう、ございます」
なんで敬語? もう……河村さんは謎が多すぎて、分からない。
そのまま足早に教室に向かい「彩楓、格好よかった」、「スカッとしたよ~」なんて、周りから言われてる。
本人は、居心地が悪いのか足を止めないで教室を目指してるみたいだ。
まぁ……騒ぎを起こした後って、気まずいよな。
俺も少し、トイレに戻ってほとぼりを覚ます。
廊下で騒いでる人たちの声が聞こえなくなるまで、個室トイレへ逃げ込んだ。
「……羨ましくて、おかしくなるぐらい格好よかった。……憧れた」
凡人の俺が威圧しても、ビクともしなかったのに。漲るオーラみたいなのがある河村さんだと、ああも違うのか。
助けられた自分を情けなく思いつつ、彼女に何を言われるのか。ずっと考え続ける。
休み時間中に答えは出なくて……。
教室、後ろの席からの圧を妙に背中に感じる。
み、見られてる……。黒板を見る振りして、確実に。
ヘビに睨まれたカエルのように、俺は動けなかった。
一つ分かるのは――放課後。どちらにせよ、俺の平凡だった日常が壊れるだろうってことぐらいだ。
それを望んでたはずなのに、どうしてだろう。変化が怖い――。
やってきてしまった放課後。
終礼が鳴ると「待ってる」と俺にだけ聞こえるような小声で告げてから、彼女は友達と教室を出て行った。
友達と出て行ったのに、河村さん一人でくるのか?
もしかしたら、また囲まれるかもしれない。校舎裏なんて、物語の中だと喧嘩なり脅かされる定番スポットだ。
美穂……。もし俺に何かあっても、強く生きてくれ。逃げても終わり……というか、席が前後な時点で逃げ場はない。
そう悟った俺は、自分の名字を風間に変えた父の離婚を、今さらながらに恨む。
「……過去のことを言ってても、仕方ないか」
未来をみて、進もう。数発、殴られるぐらいは甘んじて受けよう。
理由なんか分からなくても、それで恩人でアル彼女の気が済むなら――モブにすぎない俺としは、受け入れようと思った。
重い足を動かし、校舎裏へ向かう。生徒たちは帰宅するなり、部活に行くなりしてる。
教室棟の校舎裏は、そんな部活に精を出す生徒の声が遠くから聞こえるだけだ。
裏手に繋がる校舎の角から頭を覗かせる。
「……もう、いるし」
ポツンと、美少女が俯きながら立ってる。
両拳をギュッと握りながら、試合前で集中する格闘家のように。
「歯の数本は、覚悟するか……」
最悪のどん底に落ちるのを救ってくれたんだ。
情けなく、惨め極まりない状態に堕ちるのを防いでくれたんだし……。
よっぽどのこと以外は、受け入れようじゃないか。
意を決して、彼女の元へ近付いて行く。待ってる人の前に行くのって、凄く気まずい。早足で行くのも違うし……。
なんてことを考えてる間に、彼女の前に着いた。
「あのさ……。来たよ」
「…………」
顔を上げた彼女の澄んだ瞳に、吸い込まれるかと思った。
こうして河村さんと話すことがなかったから、分からなかったけど……。
顔が小さい、小さすぎる。俺の掌ぐらいのサイズしかないかもしれない。
そう見えるのは、彼女の前髪は横が長くて、フェイスラインが隠れてるからかな。
どちらにせよ、自分をより美しいと見せようとしてるんじゃないかと感じる。
こんな天上に住まうような人でも、やっぱり努力してるんだな――。
「――風間、凛空君」
「……何でしょうか?」
―――――――――――
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