1章 11話
「ねぇ、河村って聞こえたんだけど。……それ、私のことだよね? それとも、他にも河村って子が学校にいるのかな?」
その語調から、明らかに怒ってるのが伝わってくる。
顔を向ければ、微笑みながら近付いてくる河村さん。
それなのに――笑みが怖い。
聞いたことがある。
笑顔とは、野生動物が獲物を前にしたときに牙を剥き出す表情が原点だと。
今の河村さんは――目が笑ってない。肉食獣のような瞳で、口だけで微笑んでる。
美人の笑みって、こんな威圧感あるんだ……。平凡な人間の俺には、分からない世界だった。
彼女に何故か嫌われてるって事実もあって、俺まで身体が震える……。
「ねぇ、私のこと話してたでしょ? その反応、間違いないよね」
「別に、あんたのことじゃ――」
「――河村彩楓って転校生、他にもいるのかな?」
食い気味に、彼女が言葉を被せた。強い口調で、異論を許さないように。
「……あんた、どっから聞いてたわけ?」
「ん? 『河村さんに何かされたの?』ってところからだけど? 私がした質問に関係ある?」
それ、かなり最初の方じゃん! 俺が熱くなって暴走してたのも、聞かれてた?
全然、周りが見えてなかった……。
「か、河村。あんたの話じゃ――」
「それは苦しくない? 目撃者、一杯だよ? 私と偶然いた子も、みんな聞いてるから。あなたたちが言うことを聞かせようとしても、どこかから真実は漏れるんじゃないかな~」
「ちっ……。そういうとこが気にくわねぇって言うんだよ! 今は評判いいからって、調子にのんなよ!?」
「別に。あなたに気に入られようと生きてないから。私の陰口なら、慣れてる。好きに言えばいいよ。あなたたちが学校内での評判とか相対評価を落としてこようと、どうでもいい。自分自身がする評価は落ちないし、私は自分のなりたい姿を目指すだけだから」
格好いい。
学校内の周囲と比べた相対評価ばかり気にしてた俺は――素直に、彼女をそう思った。
自分自身の評価だっけ? その絶対評価だって、俺はどん底だ。
やっぱり、彼女と俺は……次元が違う。自分が恥ずかしい。
彼女はなおも、笑顔でにじり寄る。
「ただね、許せないことがあるんだ」
「な、なんだよ……」
「風間君に、これから何をしようとしてた? もし、それをしたら――絶対に許さないから」
凄みが増した。数人に囲まれても、全く怯む様子がない。
威圧感、いや漲る自信から放たれるオーラともいうべきか……。
さっきまで血気盛んだった子たちも、お互いに視線を向け合って彼女の射貫くような眼力から逃れてる。
「私に何をされるかは、そっちの想像に任せるよ。……ただ、覚えておいてね。私は諦めが悪くて、何年何十年でも執着する、キモイ女だから」
女の子たちが何度も口にしていた『キモイ』の部分を強調して、河村さんは言い切った。
言外に、何かしたら――何年でも仕返しをする。そう思わせるような言葉だ。
それにしても、俺の名前を出してくるとか……。
彼女の口から初めて聞いた『風間君』という言葉に、少しそわそわする。
なんで、こんなに意識してしまうんだろう……。
女の子たちは一人が教室に向かうと――全員が同じように去って行った。
目の前から逃げた瞬間、ぐちぐちと言いながら。
いくら俺でも……あれと同類、格好悪い人間にならなくてよかった。あれは、間違いなく平凡以下だ。
さて……。どうしようか。間違いなくお礼を言うべき場面だろう。それは分かる。
だけど俺が何を言っても、また無視されるんじゃないのか?
まぁそれでもいいか。一度あったなら、二度目を恐れてても仕方ない。
恩知らずにはなりたくないし、誇れるように生きよう。
「河村さん、ありがとう」
俺がそう言うと、去って行く女の子の方へ視線を向けていた河村さんは――なぜか、肩をビクッと震わせた。
そうして数秒、固まってから……早足で俺の横まできて止まる。
目線も合わせず、人に聞かれないよう囁くような声で――。
「――放課後、時間をくれない? 少し、少しでもいいから」
―――――――――――
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