1章 10話

「はぁ?」


「俺は、俺ができることをやればいいって思う。小さい社会で人を落としても、自分が優秀になったわけじゃないし」


「……はぁ。風間も所詮は、あの女の見た目だけで庇う男か」


髪を巻いた子が、溜息交じりに言う。

 そう思われても仕方ない。下心なんだろって言われても、否定するだけの説得材料はない。


 それでも、だ。

 ただ――俺は、自分が誇れない自分が嫌なだけだ。

 努力をして、それでも平凡で誇れない自分を変えたい。

 これ以上、自分を惨めに思ってうじうじとしてたくない。

 他者と比較するな、なんて人間なら無理な話だ。劣等感も抱く。


 それでも、だ。


「ぶっちゃけ、どこがいいの? あんな八方美人のさ」


「見せびらかすように。英語もネイティブアピールしてたんでしょ?」


「ここは日本だっての。ほら、私、凄いでしょって? うわ、きんも~!」 


 こんな人の陰口で盛り上がってる連中みたいに、堕ちたくはない。

 こんな連中に同意したら、可もなく不可もなしですらない。

 間違いなく、不可。

 自分で自分が、もっと許せなくなる。


「何を思うかは、個人の自由だ」


「は? 何、怖い顔してんの?」


「近付いてくんなよ。おい、離れろって」


「お前らさ、言いたいことがあるなら本人の前で言えよ」


 なんで、こんなに腹が立つんだろう。彼女を庇ったところで、俺には何も得にならない。

 むしろ、こんなカースト上位陣に啖呵を切ったら、明日からいじめの対象になる可能性もある。平凡以下の人生になるだろう。


 そんなことは十分に分かってるけど――。


「――陰でだけ悪口を言って、自分が上になったように慰めてる姿。スゲぇダサいわ」


「……あ?」


「風間、あんたも調子に乗りすぎじゃない?」


「あんたらの評価では、そうなのかもな。だけど俺は、陰でだけ文句を言うところまで堕ちたくない。あんたらみたいに、な」


 言ってしまった。もう戻れない。

 廊下で揉めごとが起きてるって気がついた人たちからの視線が集中する。

 これを尾ヒレ付けて広められて……。明日からは、学校でカースト最下位まで落とされてるだろう。

 そんな人間関係の理不尽が、この小さな学校という社会では当たり前に起こる。


 不思議と後悔はない。


 普通から逸脱して、普通以下に落ちようとしてるのに――不思議と危機感もない。

 自分のありたい自分を貫いたからか?


「へぇ、言ってくれるじゃん」


「私らが陰でしか文句言えない臆病者だって?」


「酷くね? あんたみたいなやつに、なんでそこまで言われないといけないわけ? キモ」


「キモいのは、あんたらもだから。鏡、見てくれば? ああ、自分の言動までは鏡に映らないか」


 俺もスイッチが入ったのか、煽りすぎだ。自覚はある。

 だけど、止まらない。脳が沸騰しそうな程――ムカついてる。


 指先が震える。明日からが怖いから?

 いや、初めて喧嘩なんてするから、かな。


「今の言葉、完璧に覚えたから」


「マジでウザいわ! アンタも河村に無視されたのに、なんで庇うん? それで喜ぶ性癖?」


「おえ、想像しただけでゲロ吐きそう」


 楽しそうに笑ってるな。だけど、河村さんの浮かべる笑みとは違う。

 醜悪で、虫酸が走る笑顔だ。


「どいつもこいつも河村、河村。彩楓彩楓ってさぁ。転校生の外見しか見ないで騙されてんじゃないの?」


「可能性ねぇっての。少なくとも風間には! ドンマイ!」


「うわぁ~。風間君、河村さんに振られちゃうの? 可哀想、でも仕方ないよ。性癖キモイから」


 ほら、早くも勝手な想像が膨らんでる。根も葉もない噂が広まるのは、こうやってだ。

 美穂には申し訳ないなぁ……。俺、明日から相当に悲惨な学校生活になりそうだ。


「本当に気持ち悪いのは、下品なあんたらの方だろ。自分の言動、河村さんに企んでたこと、マジで考えてみろよ。ゲロ吐く感性が残ってるなら、恥ずかしくて仕方なくなるだろうな」


「いや、お前の言動の方がキモイから。鏡見てこいって」


「俺は少なくとも、自分の地位を守りたいために河村さんを蹴落とすやつらよりはマシだ」


「ウチらの何を分かって言うん? 河村を蹴落とす? はぁ~? そんなん、お前に言ったかよ? 思い込みで喧嘩売られるとか、たまったもんじゃないわ」


 被害者ぶってるなぁ。何を言っても通じないってやつが権力を持ってたり、見た目でカースト上位にいると厄介極まりない。


 真面目に頑張って、それでも中間に位置してきた自分がアホらしい。今までの自分が、アホらしい。


 これで何もかも失うって分かってるからかな。


 言いたいことをして、やりたいようにやってスッキリと、いじめ――。


「――私が、どうかした?」


 思考が停止した。

 明日からの地獄を受け入れてた俺の思考が――一人の、美しい声をした子の声で止まる。


―――――――――――

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