1章 4話

 普通で悪かったな。これでも全力で頑張ってるんだけど……。もう、嘆いても仕方ない。


 給料に見合うだけの働きを俺がするには、普通以上に頑張ってやっとなんだ。

 仕方ない、これはもう……仕方ないんだ。

 こんな評価は面白くないけど……。


 生きていくためには、お金を稼ぐためには――それでもやるしかない。


 せめて次の作業現場にはエレベーターがありますように。

 そう願いながら、サイドミラーに映る平凡な自分の顔から目を逸らし、仕事に励む――。


 あっという間に時は流れる。短い春休みも、もうすぐ終わりか。

 悲鳴をあげる身体を引き摺りながら、ビルの光で煌びやかな街を自宅に向かい歩く。


 来年のこの時期には、高校を卒業して次の進路を歩んでることに気がついた。


 特に夢も目標もなく、受かりそうな大学へ進学するか。

 もしくは、お金が足りないから就職できそうなところへ何となく就職するか。


 これが向いてる。これがやりたいということもないから、専門学校とか短大はないだろう。


「……つまらなそうな人生だな」


 思わず、口から漏れてしまった。

 夢や目標に心を躍らせる毎日が特別なんだ。

 そんな人生を歩んでる人が少ないことは、気力のない顔で歩くスーツ姿の人たちを見れば分かる。


 母さんは、忙しくも楽しそうだけど……。

 何で、あんな苦しそうな状況でも、休まず真面目に働き続けられるんだろう?


 俺たちの生活のため、かな……。


 顔もあんまり覚えてない父親と離婚してから、母さんが生活を支えてくれてるんだと思う。

 昔も、今も。だから、愚痴を漏らしながらも仕方なく毎日仕事に行ってる――にしては、笑顔で帰ってくるんだよなぁ。


「……やば。早く帰って家事をやらなきゃ」


 肉体が疲れすぎて、いつもより歩くペースが遅れてる。

 家へと帰るときに通るビルの中、少し目につくショップがあった。


「ヘアアクセサリー……。ありだな」


 痛む身体に鞭を打ち、店内へと入る。

 陳列されてる商品を見ると、どれも可愛かったり綺麗だったり……。


「……これ、美穂に似合いそう」


 一つのヘアクリップを手に取り、小さく呟く。

 美穂の長い髪を、このヘアクリップで括れたら……。

 うん、可愛い。絶対に可愛いな。

 給料が入ったら、これを買おう。


 自分の未来を考えると、残り少しの引越バイトにすら行ける気がしない。

 だけど美穂の笑顔のためなら頑張れる。

 我ながら凡庸で現金な理由だけどな……。


 世界にありふれたような目標と元気をもらった俺は、家事と勉強をするために自宅へと帰る。


 そうして、いよいよ明日は始業式。

 そんな中、まともに話したことなんて数回しかない同級生の女子からメッセージがきた。


「今から軽く通話できるかって……。夜の十一時だぞ?」


 ただでさえ、アルバイトでくたくただ。

 家事も勉強も終わったし、寝ようかと思ってたんだけど……。

 メッセージに既読をつけた以上、「ごめん、寝てた」という手は使えない。

 これで、もし話も聞いてくれない嫌なやつって噂が流れたら……。

 平凡以下の評価になるのも怖い。

 嫌だじゃなくて、怖い。


 小さく項垂れながら『できるよ。どうした?』と返事をする。


 すると、すぐに――。


『――風間君? ごめんね、ちょっと聞いてよ……』


「お、おう……。聞くから。涙、どうした?」


 どう考えても泣いてる声が、スマホから流れてきた。

 もう、絶対に長くなるやつじゃん……。これで軽く通話って、絶対に嘘だろ。


『ありがと。相変わらず優しいね……』


 便利とか都合がいいの間違いじゃないのか、と思ったけど……。

 余計なことは言わない。


『実はね、彼氏と喧嘩して――』


 答えのない、俺が答えなんか出しようがない内容だった。

 よく話す人なら、いいけどさ。ほとんど話もしたことない俺に、その内容って……。

 絶対、何人か仲いい人に通話を断られただろ。

 消去法的に、仲は普通だけど聞いてくれそうな俺を選んだよな。

 もう聞かなくても、過去の経験で分かる。


「うん、うん。なるほどねー」


 俺は結局、陽が昇る直前まで相づちマシ―ンになり、新学期初日を迎えた。


―――――――――――

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