1章 2話

 彼女は、手足を震えさせながら逃げ去ってしまった。

 廊下の角を曲がり、姿が見えなくなって数秒。


「……に、逃げられた? 俺の質問、無視?」


 俺とは、口すら効きたくないってことか?

 何で初対面の子に、そこまで嫌われないといけないんだ……。

 もしかしたら女子校の生徒で、男子が苦手なのかもしれない。俺個人が嫌だったとか、そうじゃないと信じたい。

 人形のように整った彼女の顔を思い出すと、胸と頭がもやつく……。


「くそ……。早く掃除を終わらせて帰ろう!」


 考えてても仕方ないと、再びトイレへ向かう。

 やる以上は丁寧にと思いつつ、掃除を始め――ふと、手を止めた。


「……丁寧にやっても、平均程度なんだろうけどさ」


 誰に聞かれる場所でもない。

 文字どおり、便所に流すような愚痴ぐらいは許してほしい。

 真面目にトイレを洗ってると、便器の水が顔に跳ねてきた。

 思わず顔を押さえ――トイレ掃除用のゴム手袋まで顔についた。


 うわ、汚ねぇ。

 慌てて、顔を洗おうと洗面台に向かうと――。


「――どこにでもいる顔、身長……。鏡まで、俺をバカにすんのかよ」


 鏡に映る自分を見ると、特徴のない顔と身長の男だと再認識させられる……。

 多分、日本人男子の顔と身長を全員集めて平均化したら、こんな見た目になるんだろうなって奴が鏡の中から俺を見てる。


 違うのは、顔を歪めてることぐらい、か。

 鏡の先にいるやつは、段々と目が潤んでいってる。

 こんなのが自分だなんて……。認めたくない。認めたくねぇよ……。


 俺だって、テレビや動画に出てくるようなイケメンになりたかった。

 音楽でもスポーツでも、勉強とかでも、何でもいい。

 何かしら、得意で誇れることがほしかった。

 自分に自信が持てるような、何かがほしかった……。


「畜生。なんで俺は、何もかもが普通までしかなれねぇんだよ……」


 毎日ちゃんと勉強しても、どの教科でも平均点しか取れない。

 体力をつけようと筋トレや運動をしても、ある程度を境に成長が止まる。

 料理や裁縫をネットで調べながら頑張っても、やっぱり一定のラインまでいくと上達しなくなる。


 その度に、全部が誰にも注目されない程度までの成長で止まる。

 言ってしまえば、器用貧乏。


 褒められるような結果には、一度もなれなくて……どんどん、自分が惨めで嫌いになってく。


「ああ、もう! うざい、自分がキモイ! 下向いてんじゃねぇ!」


 鏡に口汚く叫んでるヤバいやつみたいだけど、こうやって俺の情けなさとマイナス思考を吹き飛ばさないと……。

 今にでも、押しつぶされそうだ。

 サッサとトイレ掃除も教室掃除も終えて、後は窓を閉めて帰るだけ。

 せっかく勉強だけでも上に行けるよう集中するための帰宅部なんだ。

 家庭の事情ってのもあるけど、帰宅部が帰宅に遅れてどうする!

 さっさと自分のやるべきことをやれ! 

 立ち止まってたら、もっと悲惨に腐るだけだ!

 そう鼓舞して、開けっ放しの窓を閉めていくと――校庭で泥だらけになりながら白球に飛びついてる野球部が見えた。


「……あいつらも、甲子園だとかプロにいけるわけでもねぇんだよな」


 普通に引退する未来が目に見えてる。

 それなのに、全くケガを恐れず目の前のことへ打ち込んでる。

 好きが一番、か……。好きだからこそ、平凡に終わる未来が半ば分かってても、全力でやろうと思えるんだろうな。


「だったら――俺が、本当にやりたいことってなんだよ……」


 考えてみても、何も浮かんでこない。

 何をしても、好きでも嫌いでもない。やるよう言われ、やった方がいいからと全力でやるだけだった。

 自分の意思すらない俺の情けなさで、胸が痛い……。


「……ん? あれ、あの子じゃん」


 さっき廊下でぶつかった子が一人で、校舎から校門へ向かい歩いてるのが目に入った。

 後ろ姿しか見えないけど、他校の制服と彼女の美しさは、それでも際だってる。

 ああいうのが、選ばれた持つ人なんだろうな……。

 何をしに来たかは知らないけど、もうあんなに優れた人と会うこともないだろう。

 無視されて逃げられるとか、結構キツかった。もう御免だ。自分にもっと自信がなくなる。

 日が暮れつつある窓をゆっくり閉じ、教室の時計に目を向ける。


「……美穂みほのところに行くか」


 待ち合わせ時間に遅れると、怒られるからな。

 可愛いけど、拗ねるとご機嫌取りが大変だし。

 まぁ……可愛いけど、な。

 美穂のことを考えて、少しだけ気分も晴れた。

 さっさと劣等感ばっかり感じる学校からは帰ろう――。


 急いで向かってる道中でも、美穂から『まだ?』、『遅れるの? なんかあった?』とかスマホにメッセージが飛んできて、走ることになった。

 息を切られながら来た俺を見て「そんな姿を見せられたら、怒れない」と笑ってたのは可愛かったな……。


 なんて楽しかった時間を思い出して勉強の活力にする――自室の夜。


―――――――――――

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