第11話 ♡+180で求めたhelp


「じゃあ昨日も言ったように、しばらく忙しくなるから」

「はい、お仕事がんばってください」



朝、玄関にて。学校ではなく、仕事にいく先輩を見送っています。なにやら忙しくなるようで、家にも帰れないだとか……。寂しいけど、我慢我慢。



「……」

「どうかしましたか?」



私を見たまま動かなくなった先輩。何か忘れ物かな?かと思えば、「はぁ」と。お決まりのため息。



「ちゃんと留守番できる?」

「で、できますよ! 子供じゃありません!」



「本当かな」と、眉を八の字にする先輩。うぅ、なんて信用がないんだ私は……。



「〝先輩〟がいなくても、しっかりやるんで安心してください」

「……〝それ〟」

「え?」



グイッ


先輩は、私の腕を引っ張って自分へと手繰り寄せる。いきなり重心が崩れ、先輩の胸に勢いよくダイブした。



「わ、すみませ、」

「名前」

「え?」



見上げると、先輩のムスッとした顔。



「〝名前で呼ぶこと〟って言ったけど?」

「あ、はは……すみませんでした。ひ、響希さん……」

「……うん」



すると響希さんが私を離す。表情は変わらないけど、なんだかご機嫌になった?



「あと、分かってると思うけど、時山先輩と笹岡には、」

「近づかない、ですよね。でも体育祭が終わるまでは、多少のことは許してほしいです。笹岡とは同じ実行委員ですし……」



体育祭が終わったら近づかないようにするので――と言った私に、響希さんは再びため息。



「分かった、ただし。凪緒が傷つけられないこと。これが絶対条件」

「え……?」


「凪緒が少しでも傷ついたら、すぐ離れること。返事は?」

「……っ」



真剣な目の響希さんから、目が逸らせない。顔を赤くしたまま、コクンと頷いた。すると響希さんは満足げに口を横に伸ばし、玄関のドアを開ける。だけど「あ」と、外に出した足を引っ込めた。



「……今度こそ忘れ物ですか?」

「じゃなくて……、いってきます」

「! い、いってらっしゃい……!」



バタン


閉ざされた玄関を数秒笑顔で見つめた後、ズルズルとその場に座り込む。さっき私が見たのは、幻覚?



――いってきます



あの響希さんが、そんな事を言うなんて。しかも、ちょっと照れながら。私と目を合わせないよう、必死に違う方を見ながら。



「響希さん、かわいすぎる……っ」



響希さんが「私に興味が出た」と言った日から、明らかに私たちの関係は変わってきている。



「だってキスも、挨拶も……。それに〝名前で呼んで〟なんて」



昨日から響希さんの甘すぎる言動に、心がついていかないよ。嬉し過ぎて、どうしようもない。



「そう言えば、昨日のアレ。結局なんて言おうとしたんだろう?」



――やっと凪緒と…………って、やっぱ言わない



「私と、の後はなんだったのかな。気になるー」



その時。ふと時計を見ると、もう出発の時間。急いで準備して玄関を出た後、エレベーターのボタンを押した。



「響希さんと会えないのは寂しいけど……。でも私も秘密で調査をしたいからね、ちょうどいいと思って前向きに捉えよう!」



調査というのは、もちろん。昨日、時山先輩が話していた電話の内容。



「誰が時山先輩の協力者なのか。絶対、私が見つけてやるんだから!」



両腕でガッツポーズを作ると、カサリと音が聞こえた。音の正体を探ると、ポケットから出てきたのは四つ折りの紙きれ。



「あ、響希さんの落とし物。返すの忘れてた」



次に会った時は絶対渡そう!と意気込み、響希さんのいない学校への登校スタート。体育祭の準備や調査と、やることは山積みだけどがんばるぞ――!



【 登校一日目 】



「丸西、昨日はごめんなぁ。俺、かなり無神経だったわ」



教室に入って早々、笹岡が謝ってくれた。スゴイ申し訳なさそうな顔してる。しょんぼり垂れた耳が見えそう。



「もういいよ、笹岡。私だって委員会もどらなかったんだし。おあいこって事で水に流そう」

「丸西……」


「それより、昨日委員会で話した内容を教えてよ!」

「おう! まかせとけ!」



そして笹岡とは仲直り。気まずい雰囲気にならなくて本当に良かった。体育祭は、いよいよ来週。みんなで盛り上がれたらいいな!



【 登校二日目 】



「凪緒~、お昼に三十人三十一脚の練習するからクラス全員強制参加だって~」

「わぁ、やるやる! ……芹ちゃん、なんか嫌そうだね」

「私は一人でぴゅーって走りたい派だからさ」



なるほど、と納得。芹ちゃんは足が速いから引く手数多らしく、四つの種目に出るって言ってたっけ。「私は走るの苦手だからさ。どこがいけないかアドバイスしてね」と芹ちゃんに言ったのが最後……。



「凪緒ー! もっと足をキリキリ動かして―!」

「ひいぃぃ……!」



結局、午後の授業が始まるギリギリまで、芹ちゃんのスパルタ練習は続いた。



【 登校三日目 】



「花チームの実行委員、横断幕が提出されてないけど、どうなってるー?」

「へ⁉」

「明日には飾るから、急いでね」



ニコニコ顔の実行委員長に「明日⁉」と叫んでしまったのは無理もない。だって横断幕……まだ三割くらい空白なんだもん!



「ごめんね~、凪緒ちゃん。私たちがデザイン決めに時間をかけちゃったから」

「で、でも、それだけ考えてくれたって事だよね? じゃあ、きっと最高の横断幕が出来るよ! みんなで終わらせれば間に合うから最後までがんばろうッ」


「そうだな、よし! じゃあ俺がひとっ走りしてアイス買ってくる! みんな待ってろ!」

「凪緒ちゃん、笹岡くん……、ありがとうっ」



そして下校時刻を少し過ぎた時、横断幕は出来上がる。みんなでハイタッチして、帰りの自動販売機で乾杯をした。のは、いいんだけど――


ガチャ、パタン



「い、忙し過ぎて、調査どころじゃないんですけど……」



実行委員が、こんなに大変だとは思わなかった。そっか、だから響希さんと時山先輩は、実行員になってないんだ。二人とも仕事があるから……。


ん? でも、どうして笹岡は私とやりたがったんだろう。私は仕事とかないけど、実行員に向いてるってワケでもないのに。



「どちらにしろ明日こそは調査を……、ぐぅ」



広い家。広いベッド。響希さんがいる時は自分の部屋で寝てたけど、何日も会えなくて寂しくなっちゃったから……。二人の寝室で、横になって充電中。この寝室で、いつか二人一緒に寝たいなぁ。



「響希さん、早く会いたい……」



帰って来て、制服のまま。起きなきゃって思うけど、目は開かなくて。そのままぐっすり朝まで寝てしまった。そして目が覚めた翌朝、シャワーを浴びるため部屋を出る。


ガチャッ



「コーヒーの香り、しないなぁ……」



って、飲む人がいないんだから、匂いがないのは当たり前か。だけど、いつも香っていたコーヒーの香りがないと「響希さん不在」が強調されるというか……。また寂しくなっちゃって、きゅうっと胸がしめつけられた。



「あ、そうだ。いつも響希さんが飲んでるコーヒー、私が作っちゃえばいいんだ!」



いつも響希さんが使ってるコーヒーマシンを手に取る。ふむふむ。よく分からないけど、豆を入れてココを押せば……



「って、うわあぁ!」



やり方を間違えたのか、コーヒー豆がそこら中にはじけ飛んだ。ポップコーンみたいに、パンパン音を立てて宙を舞っている。



「ひぃ、止まってよ~!」



分けわからないまま操作してると、「ガガ」と変な音がした後なんとか止まった。周りを見渡すと、コーヒー豆だらけ。



「……ぐす」



響希さんが恋しかっただけなのに、なんでこんな事になってるんだろう。豆から漂う、わずかな匂い――だけどかいだところで、切なさが積もるだけだった。



「いって、きます……」



パタン


一人って、こんなに寂しかったっけ?響希さん、今日こそは帰って来てくださいよ。なんだか私、メンタルが絶不調です……。



「あ、こういう時こそ電話だよ! 少しだけ響希さんの声を聞こう」



エレベーターを待つ間、すぐ電話をかける。すると数コールで、響希さんは電話に出てくれた。


ガチャ



「あ、ひ、響希さんッ」

『凪緒?』



わー、響希さんだ!

三日ぶりに響希さんの声だ!



『どうした、何かあった?』

「いえ、声を聞きたかっただけです。へへッ」



とルンルンモードの私。

だけど――



『――響希くん、もう時間だ』

「ん? 今の声って……」



聞いたことある声。っていうか、つい最近きいた声。「聞き間違いだよね?あの二人が一緒にいるはずないもん」って思うけど、私がその声を聞き間違うはずがない。自分の父親の声は、いやでも分かる。



「響希さん、もしかしてお父さんと一緒に、」

『いま仕事中だから、また電話する』



ブツッ


早口で言われた言葉と、むなしく繰り返すだけのツーツー音。



「どうして……?」



どうして響希さんがお父さんと一緒にいるの?いるならいるで、なんで教えてくれなかったの。もし響希さんが私の家にいるなら、少しだけでも会いに行ったのに。



「……って、相手は響希さんだもんね。そうまでして私に会おうとは……思わないか」



っていうかさ。〝私に内緒〟で二人がする話って、もしかして……。



「婚約破棄……?」



いや、それはないでしょ。さすがにないよ。

でも……、笹岡に言われた言葉が蘇る。



――海外進出の事で城ヶ崎の評判は右肩上がりだし。いっそ婚約破棄されるかもな



「そんなこと、させないもん……」



ポツリと呟いた時、エレベーターが来た。無言で乗り込み、ゴオオという音と共に下へ降りていく。その音を聞いてると、なんか……だんだん腹が立って来た。



「こっちは必死に毎日を生きてるっていうのに、響希さんはお父さんと秘密のことですか!あー、もう分かりましたよ! 響希さんが仕事人間なら、私だって仕事人間になります! 今日こそ絶対、調査を進めてやるんだからー!」



朝の豆騒動があって、だいぶナイーブになっていた私。そこに響希さんにとどめをさされたらしく、ためこんでいた感情が一気に爆発する。



「見ててください、私の力!

絶対、響希さんの役に立ってみせるんだから!婚約破棄なんてさせないぞー!!」



ひとしきりエレベーターの中で叫んだ後、一階に到着する。


ふぅ、スッキリした。

これで今日も一日がんばれそう!



「そうだ、横断幕!」



朝イチで提出しないといけないことを思い出し、全力ダッシュ。そして期限ギリギリで間に合った横断幕は、他三チームと共にグラウンドへ飾られる。ウチの横断幕が一番だなぁ、なんて自画自賛していると……。



「凪緒。浸ってるところ悪いけど、今日も昼休み練習だからね」

「ふ、ふぁぃ……。よろしくお願いします、芹ちゃんっ」



みんなで頑張った思い出と共に、風に揺られながら横断幕が堂々となびいている。その姿を見ていると、なぜだか私も勇気をもらえた。ヨシ、もうひと踏ん張りだ!



――そして、放課後。



「きょ、今日こそ、調査……」



ボロボロになりながら駆け込んだのは図書室。今は体育祭準備の真っ最中ということで、図書室には誰もいない。図書委員さえ不在な今、絶好のチャンス!



「えーっと、まずは……時山先輩に協力出来る人って限られる気がする。外部の人間に協力を求めたところで、リークされる危険があるわけだし。となると、血縁関係のある人……?」



ズラリと並ぶ本棚の中、めぼしい本がないか調べる。ウチと違って時山家の歴史は古いから、家系図はなくとも似たような情報が転がってないか、手当たり次第に本をめくった。



「ん~、ないなぁ……」



学校に「時山」と名字がつく生徒は、時山先輩だけだ。だとしたら、名字が違う血縁関係を持つ人物が怪しい。だけど約四百人いる生徒の中から、どうやって――


ガラッ


わわ、人が来た!


幸い、本棚の一番奥にいた私は、そのまま膝を折って隠れる。何列にも並ぶ本棚のおかげで、私の姿は完璧に隠れていた。



「――で、進捗はどうなの?」

「ん~……、まぁまぁってとこだな」



ん?この声って……。聞き覚えのある声が聞こえ、本の隙間から顔を覗かせる。すると、図書室のドア近くに、二人の人物がいた。


一人は時山先輩。

そして、もう一人は――



「……え?」



見間違いであってほしいと、そう思った。



「早く丸西の娘をオトシてよ。婚約者の身である丸西が、一般人と付き合ってたなんて。いいネタでしょ?」

「すげー難しいことを簡単に言ってくれるよなぁ」


「簡単だから言ってるのよ。あなたの顔って、なんのためにあるの。こういう時くらいしか使い道がないんだから、甘い言葉の一つや二つでも言って、早く丸西を騙しなさいよ。わかってるわね――笹岡」

「……」



私の目に写るのは、面倒くさそうに時山先輩を見る笹岡。


え……、冗談だよね?笹岡が、時山先輩の協力者……?



「うそ……」



体の力が抜けた時、カサッと音が聞こえた。それは四つ折りにした紙。ポケットから取り出した時、服に引っかかって紙が開いてしまう。勝手に見ちゃダメだと思って、すぐ閉じようとしたけど……。



【 時山と笹岡は繋がっている 】



こんな文字を見てしまっては、しまうことも出来ず。ただ呆然と、紙を見つめた。あぁ、目の前の光景ってウソじゃないんだ。



「というか、この紙って……」



この紙は響希さんが持ってた。じゃあ響希さんが「あの二人に近づくな」って言ったのは……この事実を知っていたから?


誰が響希さんに、この紙を渡したんだろう。

誰が最初に、この事実を知っていたの――?


その時。

頭の中に、とある光景がよみがえる。


私が一週間の猛勉強をした最終日、響希さんが迎えに来てくれた時だ。寝たふりをする私を抱っこして帰ろうとする響希さんを……お父さんが呼び止めた。きっと、この紙を響希さんに渡したんだ。万が一でも私に聞かれないよう。直接話すのではなく、メモで伝えた。



「……ん? まだ何か書いてある」



メモを持っている指をずらす。

すると、そこには――



【 凪緒を守ってほしい 】



「……っ!」



あぁ、だから。あの時二人は、あんな会話をしたんだ。



――〝頼むよ〟

――わかりました



知らないところで、私を守ってくれてたんだ。私が傷つかないよう、秘密裏に動いてくれていた。だけど――



「今のままじゃ、いつまで経っても響希さんに近づけないんだよ……」



出来ることなら、私に話してほしかった。私も一緒に、悩ませてほしかった。だから勉強したんだよ。響希さんに追いつきたくて、必死に――


しょせん私は、守ってもらうしかないお飾り。響希さんと釣り合わない婚約者。



「……そんなの、いやだもん」



ギュッとこぶしを握った、

その時だった。



「な~にが嫌なのぉ?」

「⁉」



顔を上げると、にたりと笑う時山先輩。――しまった。メモに夢中になりすぎた、まさか見つかるなんて!



「これは、なぁに?」

「あ、ダメ!」



私の後ろから、時山先輩の手がのびる。そして私の持っているメモを取ろうとした。これだけは取られちゃいけない気がする――そう思ってメモをグシャグシャにし、自分の服の中にポイと投げ入れた。正確には、下着の中に。さすがに時山先輩も、この中に手を突っ込もうとは思わないでしょ……!


っていうか――先輩には、聞きたいことがたくさんある!



「さっきの会話、全て聞きました。私を騙そうとしてるって……」

「……」

「私を堕とそうとする企みこそ、世間にバレたら時山家の信用にかかわるんじゃないですか?」



勝算はあった。だって弱みを握っているのは私だし、悪いことをしているのは向こうだから。


このまま時山先輩が悔しい顔をして図書室から去る。そして私は、響希さんとお父さんに連絡をとり事実を伝える。すると時山家の策略は明るみに出て、もう両家に手出しは出来ない――これで解決。


と思っていたけど……



「笹岡、脱がして」

「……はぁ、言うと思った。分かったよ」

「え? ――やっ!」



時山先輩の言葉とともに、笹岡が私に抱き着いた。かと思えば、足を引っかけられ後ろに倒れる。気づいた時には、床に寝転がる私に笹岡が馬乗りになっていた。



「上の下着の中よ、さっきのメモを絶対に奪って。奪ったあとは……分かるわよね? 前のキス写真みたいに勝手な行動したら、次はないから」

「……はいよ」



しっかりやりなさい、と言いながら、先輩は図書室を後にする。そしてご丁寧に電気を消して、ガチャっと鍵までかけた。ウソ、これじゃ誰も入ってこられない!



「笹岡、こんな事、絶対に間違ってるって! どいてよ!」



なんとか笹岡に改心してもらおうと、必死に呼びかける。だけど笹岡は、いつものニコニコ顔ではなく……。私に同情するように、眉を下げて「ごめんな」と謝った。



「血の関係って切っても切れないもんでさ。逆らえないんだわ、アイツに」

「アイツって……時山先輩?」


「そー。従妹なわけ、俺と彩音は」

「!」



ここに、いた。っていうか、私の隣にずっといたんだ。時山先輩の協力者が――



「順序だてて説明すると、丸西と一緒に委員会になれって言ったのは彩音。偶然を装いスーパーで会って、その後、俺の家に連れこめってたのも彩音。委員会の途中、事故のフリしてキスしろって言ったのも彩音。ぜーんぶ時山彩音に言われて、俺は動いてたってわけ」

「そ、そんな……っ」



そうか、時山先輩がタイミングよく私と笹岡のキス写真を撮れたのは……、初めから二人で計画してたからなんだ。でも、さっき時山先輩は……



――前のキス写真みたいに、勝手な行動したら



そうだよ。あの写真を使えば、私のことなんて簡単に堕とせるのに……。あの写真は、どうしたの?



「ねぇ笹岡。キスの、写真は……?」

「……そう顔を青くするなって。お前の写真は、俺が彩音のクラウドに入って削除した。コピーもねぇ、復元もできねぇ。正真正銘、この世から消えてるさ」

「でも、どうして……」



計画通りに進まないと、時山先輩に怒られるんでしょ? さっきみたいに、ひどい事を言われるんでしょ?なら、どうして写真を消したの? それは自分で自分の首を絞める行為じゃないの?


すると笹岡は「もしかしたら」と。

私の頬に、スルリと手を添えた。



「見届けたかったのかもな。丸西と一緒に実行委員になって、ちょっとだけ体育祭が楽しみだったんだ。どんな体育祭になるんだろうって……最後まで見たかったんだ、きっと」

「じゃあ、見届ければいいじゃん……」



今すぐ時山先輩に協力するのをやめて、ただの「笹岡」に戻ればいいじゃん。



「時山先輩の協力者なんて知れたら……響希さんが、あなたを許さないと思う。だって響希さんは、時山先輩の家でひどい目にあったから」

「らしいな。〝懐いてくれなかった〟って彩音が悔しがってたわ」

「!」



懐いてくれなかったって……。そんな、人を動物やおもちゃみたいに……っ!


私は、今でも覚えてる。あの時の響希さんの苦しそうな顔を。時山先輩への憧れを、失望へと変えた、響希さんの悲しそうな顔を。



「私は、時山先輩を許さない。そして笹岡――時山先輩の協力者でいる限り、あなたのことも許さない。敵視するし、軽蔑もする」

「……」



もう元通りのクラスメイトには戻れない。私は、私の大事な人を傷つけた人を一生許さない。



「でも、今ならまだ間に合う。笹岡は時山先輩の協力者を辞める。それで終わり。今後一切、私と響希さんに手を出さないと誓ってくれるなら、私は、」

「――……せーよ」

「え? ――んっ!!」



笹岡の手で、口を塞がれる。これ以上喋るな――という笹岡の声が、力強い手から伝わって来た。



「んん、んーっ!!」

「俺のことは名字で呼ぶくせに……なにが〝響希さん〟だ。その名前を、何度も何度も口にするな。それに、言ったろ」



――血の関係って切っても切れないもんでさ

――逆らえないんだわ、アイツに



「俺が時山彩音の従妹である限り、お前たちに不幸を与えないといけない。逃げられないんだよ。俺も、お前も――」



そして笹岡は、私の制服のボタンに手をかける。「イヤ!」と抵抗するも、力じゃ敵わず、されるがまま。



「笹岡、止まって……っ」



この先を想像すると、手足のみだった震えが、瞬く間に全身に広がった。このまま私、笹岡に――?あぁ、ダメだよ。ダメ。だって私には、響希さんしかいないもん。



「凪緒」

「名前で、呼ばないで……っ!」



私を名前で呼んでいいのは響希さんだけ。

私に触っていいのも響希さんだけ。

もう私の心の中、

響希さんしかいないんだよ――




「助けて、響希さん!」



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