第10話 ♡+150が明かしたdevil



一方、その頃の私は――――



「はぁ~……」



使われていない空き教室に入り、膝を抱えて落ち込んでいた。落ち込んでいるのは、もちろん、あのこと。



「婚約破棄される可能性に、なんで今まで気づかなかったんだろう……」



笹岡から言われて、初めて気づいた。私が婚約破棄させられる可能性を――



「丸西よりも力がある城ケ崎から〝婚約破棄したい〟って言われたら、どうしよう……」



丸西よりも海外と手を組む方が利益があると分かれば、私なんて簡単に用済みだ。城ケ崎の海外進出が順調なら、もしかして――



「婚約破棄は、時間の問題……なのかな?」



自分の声に、ブンブンと頭を振る。いやだ、婚約破棄なんてしたくない。朝は夢見ちゃって、もっと甘い時間が欲しいって思ったけど。もっと優しい先輩がいいって思ったけど。



「先輩と離れ離れになるのは嫌……っ」



どんなに欲を出しても、それは先輩が隣にいてこそ。だから、お願い。どんなにクズでも冷徹でもいいから、私から先輩を奪わないで――


そう願った時だった。プルル、と電話が鳴る。見るとお父さんからだった。



「はい、凪緒です」

『いま時間あるか? 体育祭の資金援助について話しておきたい』


「あ……、私も連絡しようと思ってたの。丸西家は援助しなくていいの?って」

『ほう、予想していたか。猛勉強した甲斐があったな、凪緒』


「ふふっ」



お父さんの声で、やっと落ち着くことが出来た。そうだ、私には猛勉強した日々がある。あの期間を思い出して、不安を自信に変えなくちゃ!



「お父さん。私、丸西家の恥にならないように精一杯がんばるね」

『この前から何だ? 怖いくらいヤル気だな』

「もっともっと頑張らないと、欲しいモノは手に入らないって気づいたの。それに、私が頑張れば婚約破棄だって……」



うっかり口が滑り、お父さんに「婚約破棄?」と不審がられる。上手く流して、すぐさま別の話題に移った。



「それにね、私……お父さんみたいにカッコよくなりたいって思ったの」



これは、本当。猛勉強の一週間。お父さんと一緒にいて気づいた。お父さんって、本当に寝る暇がないくらい、いつも仕事をしてる。夜の九時から仕事に行くのも、たまたまじゃなく、ほぼ毎日だった。



「働いてるお父さん、本当にカッコよかった。私の憧れ! だから私も、お父さんみたいに頑張りたいの」

『! ――……そうか。どんな凪緒も応援している。やれるだけやってみなさい』

「うん、ありがとう」



ピッ


さっきのお父さんの声、震えてるみたいだった。まさか泣いてる? ……いや、まさか。お父さんに限って、そんなことないか。



「お父さんはサイボーグだもんね。ふふ」



トヨばあと話した時のことを思い出して笑った、その時だった。


ガラッ



「えぇ、彼なら学校で上手くやってるわ」



この声……、時山先輩?反対のドアの前に座る私が見えなかったのか、先輩はそのまま電話を続ける。


難しい話をしてる。仕事の事かな?このまま静かにしておくのが良さそうだ。息を殺して、先輩が出て行くのを待つ。だけど――



「心配しないで、経過は上々よ。まずは丸西を取り込んで、その後は城ケ崎。必ずうまくいくわ、任せてお父様」

「っ!」



今、なんて言った?ウチを取り込んで、次に城ケ崎先輩……?


そっか……。時山先輩、まだ諦めてなかったんだ。



――絶対に私のものにして、家も会社も権力も、ぜぇんぶ時山家の物にするんだぁ



時山先輩の止まらない野心。それは私と先輩にとって、脅威そのもの。


バタン


電話を終えた時山先輩は、教室から出て行った。良かった、見つからなかった。だけど、さっきの会話――



「〝彼なら学校で上手くやってる〟って言ってた。ということは、校内に時山先輩の協力者がいるんだ。その人を見つけないと!」



これは、きっと会社の危機だ。以前、城ケ崎先輩が時山先輩の企みを未然に防いだように――私も、丸西家と城ケ崎家を守らなきゃ!



「そのためにお父さんと勉強したんだし。そのお父さんから、さっきエールをもらったばかりだしね」



よし、とガッツポーズをした、

その時だった。


ガラッ



「見つけた」

「ひゃ!」



コツンと、頭に軽いこぶし。続いて「はぁ」というため息。この二段コンボする人物を、よーく知ってる。



「わ、わざわざ委員会を抜け出して、私を怒りにきたんですか? 城ケ崎先輩」

「……そうだね、怒りに来た」



振り向くと、眉間に皺を寄せた城ケ崎先輩。どんな顔でも「ほぅ」とため息が出るほどカッコイイ。



「……泣いてるかと思った」

「え?」


「いや……、何でもない」

「?」



泣いてるって……もしかして先輩、私を心配してくれたの? お説教しに来たんじゃなくて?すると、教室に入った先輩がドアを閉める。そして、私と向かい合って座った。



「何を言われたか知らないけど、さっきの話、気にしなくていいから」

「さっきのって……。あ、笹岡の話ですか?」

「そう」



気にしなくていい……って。まさか先輩、私を慰めてくれてる?



「先輩が優しい……」

「人が心配してるっていうのにねー?」

「わー、ギブです。ギブ!」



頬をつねられ、痛くて両手を上げる。その時、無意識に「だって朝は怖かったから」と言ってしまった。



「……俺が怖かった?」

「こ、怖かったですよ! さんざん甘いかと思えば、急にそっけなくて。しかも怒ってるし……。せめて怒ってる理由くらいは話してほしかったです」

「あれは……」



「うっ」と言わんばかりの先輩の顔。怒っているのか困っているのか、眉毛がぐにゃぐにゃと歪んでいる。



「朝は……、浮かれてた自分が恥ずかしかっただけ」

「浮かれる? 何にですか?」


「やっと凪緒と…………って、やっぱ言わない」

「え⁉ 久々の寸止めがコレですか、先輩!」



もう一押しじゃないですか、言ってくださいよー!とお願いする私に、なぜだか先輩は顔を赤くした。さらには「とにかく」なんて。私を黙らせるには、うってつけの言葉を言う。



「笹岡の事は気にしなくていいから。以上」

「え~」


「あと……朝はごめん」

「え?」



先輩が、私に謝った。ごめんって言った……。先輩、私の悲しい気持ち……ちゃんとわかってくれたんだ。



「先輩どうしちゃったんですかぁ、何か悪いモノでも食べたんですかぁ?」



うえーんと。泣きながら不思議がる私に、城ケ崎先輩は自身のハンカチを取りだす。そしてポンポンと、優しく涙を拭いてくれた。



「朝、凪緒が言ったんでしょ」



――私は……、優しい先輩が好きです



「あとは気に食わない奴からも同じことを……って、それはいいや。言いたいことは一つだけ。俺と仲直りして、凪緒」

「っ!」



そんなの……仲直りするに決まってるじゃん。むしろ私こそ「意地はってごめんなさい」って謝ろうとしてたんだし。なんで先輩が「俺がぜんぶ悪い」って落ち込んだ顔するんですか。



「先輩、私も謝りたかったんです」

「……なんで? 凪緒は別に、」


「ダメなんです! だって私、優しくて甘い先輩がいいって、そう思っちゃったから。こうして城ケ崎先輩の婚約者でいられるだけで幸せなのに……」

「え、」


「私こそ、意地はってすみませんでした。先輩と仲直りしたいです」



涙をふいて、ペこっと頭を下げる。すると、同じ時刻。先輩のスマホが静かに鳴った。「ちょっとごめん」と、なにやら急ぎらしい。



「電話なら、私ここから、」

「ううん、そばにいて。ただのメールだから」

「は、はい……っ」



そばにいて――なんて。言った本人はスマホを見て眉間にシワを寄せてるというのに、聞いた私はゆでだこ状態。サラッと胸キュンセリフいうの、心臓に悪いのでやめてください……。



「――ん、終わった」



スマホをポケットに入れ、私を見る先輩。その顔に浮かぶ、ダークな笑顔。おや、この笑顔の意味は……?



「単刀直入に聞く。凪緒――俺に何か隠してる?」

「へ……?」



ゴゴゴ……と音がしそうな先輩の暗黒オーラ。この教室が、一気に北極並みの寒さになる。っていうか「隠してること」って……、あ。



――彼なら学校で上手くやってるわ



「えっと……」



時山先輩のこと、先輩に相談した方がいいかな。その方が会社に損がいかないかも……でも、でもでも。先輩の力をかりてたんじゃ、いつまでたっても私は頼りないままだ。私、早く先輩に追いつきたい。先輩と肩を並べられるくらい知識と経験値をためて、婚約破棄されない立派な女性になりたい!


だから――やっぱり私ひとりでやってみよう。



「な、何も隠してないですよ……?」

「ウソは良くないよ?」


「ほ、本当ですッ」

「……ふぅん」



全く警戒を解かない先輩は、何かひらめいたのか「そうだ」と手を叩いた。



「もし凪緒が隠し事をしてたら――ウソがバレた日から、同じベッドで寝ようか」

「へ……、え⁉」



今、何を聞いた?

同じベッドで寝る!?



「それか凪緒のウソつきが判明した瞬間、その場で……でもいいな」

「その場で、なんですか?」


「……外では言えないキス以上のこと」

「え……、えぇっ?」



それって、つまり……そういうこと、なの?でも先輩、よ~く考えてください。相手は私ですよ?



「あ、そうか! 体の関係が持てるなら先輩は誰でも、」

「そういうつまんない事いうなら、今この場で、」

「ひぃ、すみません!」



え、じゃあ、なに?相手が私だって分かってるのに「キス以上のことする」とか言っちゃってるの? あの城ケ崎先輩が⁉混乱で目が回り始めた。すると先輩は「あ、そういえば」と。切れ長の瞳を怪しく細める。



「まだお仕置してなかったね」

「お、お仕置……?」


「そう。笹岡に近づかないって約束を破ったお仕置き」

「!」



やっぱ、それはそれで怒ってますよね!

先輩が私を許すはずないって分かってました!



「立って、凪緒」



先輩は座ったままで、私だけが立ち上がる。その状態で、先輩は――



「このまま俺にキス。できる?」

「え!」


「イヤなの?」

「イヤじゃ、なくて……っ」



もちろん嫌じゃない。先輩とキス出来るなんて嬉しいに決まってる。だけど、なんか……。



「わ、私も座っていいですか?」

「なんで?」


「先輩と同じ目の高さで、キスしたいです……っ」

「!」



先輩は目を開いて驚いた。そして、「人を見下(みおろ)すのが大好きな人もいるのにね」と、なにやら呆れて笑う。



「誰のことですか?」

「……それより、キスは?」

「じゃ、じゃあ座らさせていただき、――んっ⁉」



座る前に、先輩からキスされる。先輩を見下ろしながらキスするのって、スゴク悪い事してる気分になって……だめ、むり。やっぱり座りたいっ。


キスしつつ、腰を下げる。すると、まるで阻止するように。私の両足の間に、片膝を立てた先輩の足が割り込んで来た。必然的に、先輩の太ももに座る形となる。


すると、なんとなんと。先輩は私を支えながら、さっき言った「お仕置」を開始した。


グイッ



「ん、ぁ……っ!」

「誰が座っていいって言った? 座るの禁止。じゃないと、ほら。俺の足が悪いことするかも」

「――~っ」



先輩の足が、私の弱いところに当たりそうでこわい。触れたら最後、ゾクゾクが止まらない気がして……。学校と言うことも忘れ、自分が淫れそうでこわい。


……というのに、キスの雨は止まない。むしろ私が羞恥心にさいなまれているのを知った上で、先輩がキスを楽しんでいるように見えた。



「俺と目を合わせて、凪緒」

「む、り、です……っ」


「無理でもやる」

「そんな、んぅっ」



言い返したくても、喋らせてくれない。先輩のキスが、絶妙なタイミングで邪魔してくる。これ以上は、もう――!



「や、めて……ひ、響希っ」

「――」



ピタッ


どうしたら止まってくれるかと思って、ふと思いついた「名前呼び」。すると無事に、先輩が止まってくれた。



「はぁ、はぁ……っ。笹岡に近づいたのは、謝りますから……っ。学校では、やめてください」

「……なんで?」


「なんでって……。夢中になって、止まらなくなるから……ですっ」

「それって……」



すると先輩は「プッ」と吹きだした。



「最高の褒め言葉だね。むしろ俺は、流されてくれていいんだけど……」



スラッとした瞳が私を捉える。隅々まで見られて、まるで持ち物検査されてるみたい。だけど顔を赤く染めた私がプルプル震えるのを見て、先輩は「今じゃないか」と目を伏せた。



「震える凪緒に免じて、今日は見逃してあげる。だけど名前呼びは続けること」

「えぇ!?」



さっきは不可抗力で呼んだだけなのに――!



「せめて〝さん付け〟で……、なにとぞっ」

「……」



呼び捨ては無理そうなので〝さん〟付け。先輩は少し不満そうな顔をするも、「まぁいっか」と妥協してくれた。すると――委員会が終わったのか、ガヤガヤした声が廊下に溢れてきた。教室から顔を出すと、委員長を始めとする皆がノートを片手に出て来る。もちろん笹岡もしかり。



「……ん?」



なんか、隣から禍々しい気が……。恐る恐る振り向くと、なんと先輩が、怖い顔で一点を見つめていた。


その一点とは……笹岡。

え、なんで。私の見間違いかな?



「先輩、どうしました?」

「……なんでもない。ねぇ俺たちも、このまま帰ろうか」

「え、一緒に帰っていいんですか!?」



すると先輩が優しい目をして「ふっ」と笑った。



「明日から数日は、家に帰れないほど忙しくなるから……今日は一緒にいる」

「……あっ、ありがとうございます!」



そして私と先輩は、二人並んで校門を出る。朝はバラバラだったから、一緒にいる今が余計に嬉しくて――思わず「ふふ」と声が漏れた。



「なにか面白いことあった?」

「いいえ、何もッ」



すると先輩は、いつものように「変なの」と言った。さっきと変わらない、優しい瞳のまま。そんな先輩に、またニヤニヤ。心がくすぐったくて、嬉しくて。もっと遠くに家があればいいのにって、そんなことを思った。

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