第6話 *城ヶ崎 響希*
バタンッ
「急な頼みをしちゃってゴメンね?」
「頼みではなく、楽しみの間違いじゃないですか? 時山先輩」
俺にニコリと笑う時山先輩。その顔には、学校中の男が虜になる笑みが浮かんでいる。それはもちろん、俺だって――
「で、分からない内容ってのはどこですか? と言っても、先輩の方が俺より詳しいでしょう?」
「ふふ、そんなことないよ」
家で寝ている時に、時山先輩からメールが来た。かと思えば一時間もしない内に、今は先輩の部屋だ。この行動力が、いかにも時山先輩らしい。この人は「やると言ったらやる人」だ。
けれど、俺を呼び出した理由がどうにもしっくりこない。
「先輩、さっき凪緒と一緒にいました?」
「丸西さんとは委員会で一緒だったんだよ。体育祭ね、ウチが資金提供することになったの。だから、今日はその挨拶」
「へぇ。その時に、凪緒がキスしている写真を撮ってくださった、というわけですか」
「そう、丸西さんにはビックリだよ。まさか浮気なんて……」
俺を哀れんでいるのか、憂いの目を向ける時山先輩。すると使用人がノックをして、飲み物を運んできた。
「城ケ崎くんはコーヒーで良かった?」
「はい……と言いたいところですが、あいにく風邪でして。すみませんが軽めのものがいいです」
すると先輩は「あ、そうだったね」と。すぐ使用人に「違うものを」と指示した。使用人はお辞儀をした後、静かに部屋を後にする。
再び、部屋には俺と先輩の二人きり。
先輩の部屋はシャンデリアがあり、一人で寝るには大きすぎるベッドがある。俺も似たような部屋に住んでいたから、こういった豪華絢爛な部屋を見ても驚かない。一緒だ、と思うだけ。
すると、再びノック音。
まだ熱があり顔を赤くした俺に、使用人が「どうぞ」とカップに入った黒い液体を渡してきた。
「……これは?」
「時山家秘伝の、風邪によく効く薬だよ」
「へぇ。いかにも……ですね」
黒い液体は「体が重い」と言わんばかりに、ゆらり、ゆらりと全体が揃って動いている。葛湯のような粘度だ。
「どうしたの? 飲まないの?」
「先輩は飲んだことあります?」
「当たり前じゃん。風邪引いたら、いつもこれを飲まされてたもん」
くすくす笑いながら先輩が立ち、俺が座っているソファへ移動する。「一気にいったほうがいいよ」と忠告するあたり、きっと苦いんだろう。
「良薬は口に苦し、ですね」
「そういうこと」
「錠剤よりはいいか……いただきます」
意を決してカップを口に運び、傾ける。するとゆっくりした速度で、口の中に液体が流れ込んできた。
コンッ
「よく飲んだね、城ケ崎くん。ふふ」
「ご馳走様でした……って。なんだか嬉しそうですね」
「これから薬が効いてくるから、すぐに良くなる。城ケ崎くんが元気になっていくところ、私に見せて?」
「時山先輩……?、っ!」
なんだ? 風邪ではない体の重みを、急に感じるようになった。それに、さっきよりも明らかに熱が高くなった気がする。
「はぁ、……っ」
「ふふ」
息が荒くなっていく俺を、先輩は光悦した表情で見つめている。まさか――
「先輩、やってくれましたね……?」
「え〜、何のことかな?」
さっきの液体は、薬でもなんでもない。俺のタガを外すための罠だ。そうか、だから黒色だったのか。何を混ぜてもバレないように。
この場から早く逃げないと――その思いだけで、なんとか立ち上がる。だけど力が入らず、無様にもソファに崩れ落ちた。
ドサッ
「……っ」
「ふふ」
脱力した俺を「好機」と言わんばかりに。俺をソファに座り直させた先輩が、俺の足元へ来て床に座る。
「なに、してるんですか……?」
「城ケ崎くんが元気になれることかな?」
「冗談でしょ……。こんなことしても、先輩には何のメリットもないはずですよ」
すると先輩の目つきが変わった。そして「バカ言わないで」と、下から俺を睨み上げる。
「城ケ崎くんと丸西さんが婚約したのは何のため? 時山家を引きずりおろすためでしょ? そんな事をされて、私が黙っていると思う?」
「……っ」
「ねぇ城ケ崎くん、知ってる?一番上はね、とっても眺めがいいんだぁ。その景色を一度でも味わったら最後。金輪際、誰かの下にいる事は出来ないの。
いつどんな時も、私は一番上がいい。
だって気持ちがいいんだもん。
だからこそね……一番上にい続けるためには、どんな事だってする。だから、ほら。こうやって城ヶ崎くんより下にいる景色も、全然苦痛じゃない」
「ッ!」
俺の顔をのぞき込みながら、時山先輩は俺のシャツへ手を伸ばす。そして下から上へ順番に、プチプチとボタンを外していった。
「先輩、そろそろ怒りますよ……っ」
「ねぇ、不仲な丸西さんとはどこまでしたの?」
「不仲なんて失礼な、」
「ウチの情報網を舐めないでくれる?」
「……」
そうか。俺と凪緒が不仲だと知れたから、先輩の付け入る隙が出来たのか。こんな事になるなら、凪緒の案に乗って仲いい「フリ」をしておけばよかったな。
「……はっ、違うか」
凪緒は、婚約者の「フリ」でいた事は無かったと言った。心から婚約したい、とも。その言葉の通り、いつも全力で俺にぶつかって、うっとうしいくらい純粋に俺を思っていた。
――好き嫌い以前に、アンタには興味すら湧いてない
あんなズタボロに傷つけられても、まだ離れない。本当に変なやつだよ。いったい俺のどこがいいんだか、バカな女。
――先輩キスしてもいいですか?
――好きです
「……」
まぁ、結局はさ。
「一瞬の夢だったって事だ」
時山先輩が、俺へと手を伸ばす。その時、すがる目をした先輩を見下ろすのは確かに「悪くない景色」だと――ブレゆく意識の中で思った。
*城ヶ崎 響希*end
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