第5話 ♡+50に付け入るrival



「丸西ー、何でメール送ってくれなかったんだよ」

「……あ」



土日が明けて、今日は学校。休み明けでしゃっきりしない体に鞭を打ち、放課後まで乗り切った。だけど今日は用事があって家に帰れない。その用事とは……


初めての体育祭実行委員会!


指定された教室に集まり、全員が揃うのを待っている間――ペアの笹岡と話をしていたのは、交換するはずだった連絡先のこと。破れたラベルが結局見つからなかったから、送ろうにも送れなかったんだよねぇ。



「笹岡、ごめんね。帰る途中、道にペットボトルを落としたか何かで、ちょうど連絡先の部分が破れててさぁ。また教えてくれないかな?」

「ふーん了解。いま交換しよーぜ?」

「オッケー」



スマホを取り出し、連絡先のページへ。すると、そこにあるはずのないモノを見つけた。



「んん? え、えぇ⁉」

「わ! ビックリした、なんだよ」

「いや、これ……コレ!城ケ崎先輩の連絡先が、私のスマホに登録してある!!」



婚約してから、今まで連絡先を交換していなかった私たち。先輩が私に連絡先を「教えてくれるはずない」と思ってたから、そういう話すら出なかったし。


でも……これは一体、どういうこと?まさか先輩が直接、私のスマホに登録してくれたの?



「うそ、信じられない……っ」



キラキラした目でスマホを見る。そんな私と対照的なのが、不信感を露わにした笹岡。



「お前らって婚約してるんだよな? なんで連絡先を交換してないわけ?」

「え……えぇっと、それは……いつも一緒にいるから、交換する必要がなかったっていうか」

「ふーん?」



く、苦しい……っ!

すっごく苦しい言い訳をしてるよ、私!


だけど私と先輩の不仲説が広まったら……両家に大損害だ。両家が手を組み固まることで、上にいる時山家に初めて対抗できるんだから。その基盤がグラついてたんじゃ「作戦失敗」で婚約破棄されちゃう。


それだけは絶対に避けないと――!



「わ、私たちってラブラブだからさ~。昨日だって先輩ったら私にね、」

「はいはい。ほら、もう始まるみたいだぞ」

「あ、本当だ。……ん?」



教壇を見ると、委員長らしき人と……時山先輩。時山先輩の姿を見た委員の人達は「キャァ」とか「ワァ」とか感嘆の声を漏らしている。時山先輩は可愛いし性格もいいから、学校のマドンナ的存在で、憧れている人は多い。


だけど……ご存じの通り。私にとって最大の恋のライバルであり、



――絶対に私のものにして、家も会社も権力も、ぜぇんぶ時山家の物にするんだぁ



城ケ崎先輩を傷つけた、許せない人だ。そんな人に私が憧れることは、一生ないと思う。



「時山先輩~!」

「先輩、今日もキレイですー!」



教室の中が騒がしくなる中、「ふぅ」とため息をついて視線を下げる。すると、同じように隣でも「はぁ」と声が聞こえた。


見ると、ため息をついたのは笹岡。皆と同じように「羨望の目」で時山先輩を見るのではなく、私と似たような半目で先輩を見ていた。



「へぇ~。男子って皆あぁいう女子が好きなのかと思ってた」

「〝あぁいう〟って、どういう? 少なくとも、あそこまでいくと逆に女子に見れねーって」

「……そう、だね」



女子とか男子とか性別の話ではなく、時山先輩はマドンナだから、神々しいのだ。もはや同じ人間じゃないから、女子に見れないという笹岡の意見は分かる。先輩の中身はアレだけど。



「ふふ、笹岡と意見がかぶるなんて思わなかった」

「どうだ、嬉しいか?」


「嬉しい嬉しい~」

「なんだよ、その言い方はよ」



愛想笑いで済ませる私へ、笹岡はわずかに体を向けた。長い足が、私の座る椅子の足にコツンと当たる。



「俺と意見がかぶって、本当に嬉しいのか?」

「ど、どうしたの笹岡……なんか変だよ?」


「丸西、俺はさ。丸西と似てる所があって嬉しいんだけど?」

「え、」



えぇ?それは、同じクラスメイトとして気が合いそうで嬉しいってこと? それだけの事を、こんな改まって言わなくたっていいのに。



「ふッ、笹岡って変なの」

「は? 変?」

「うん、変だよ」



クスクス笑うと、笹岡は毒牙を抜かれたように「はぁ~」としぼんでいった。こ、今度はなに。



「城ケ崎はいいよなぁ」

「城ケ崎先輩が? なんで?」


「……耳、貸せ」

「うん?」



もしかして、私の知らない城ケ崎先輩の「何か」を笹岡は知ってるとか? なにそれ、教えてほしい!


特に深く考えず、こちらを向いてる笹岡へ体を寄せる。ギリギリまで体をひねっているのに、笹岡ったら「もっとこっち」なんて言って……。一番後ろの席だから良かったものの、委員長たちに見つかって注意されるのも時間の問題だ。



「もう笹岡、言うならさっさと、」



我慢の限界で近づいた笹岡の顔を見上げた、その時だった。


ちゅっ



「え、」

「あ」



前を向いた時、笹岡の顔がすぐ目の前にあって。慌てて退けようと動いたら、お互いの唇が触れてしまった。



「えっ……、あ」

「わ、悪い!」



え、えぇ……? すぐにお互い離れたけど、さっきの絶対に当たってたよね?私、笹岡とキスしちゃったよね?



「……~っ」



ど、どうしよう。先輩以外の人とキスをしちゃった……っ。これって、う……浮気⁉



「おい……、おい丸西」

「っ! な、に……?」



笹岡と距離をとって下を向く。そんな私に、笹岡はゆっくりした口調で声をかけた。



「さっきの忘れろ。当たってねーから大丈夫だ」

「え……、でも」


「いーから。忘れろ。その方が丸西のためだろ?」

「……っ、うん」



その通りだ。私には、婚約者である城ケ崎先輩がいる。だから……忘れた方がいい。笹岡だって、そう言ってくれてるんだから。「さっきのは絶対キスだよ!」と言ったところで、何もイイ事はない。忘れた方がイイに決まってる。



「うん……、そうだね。何もなかった。さっきのは忘れる」

「そーそー」



お互い頷いて委員長を見る。すると、ちょうど時山先輩のことを話していて――どうして今日、時山先輩がこの場にいるかの説明だった。



「今回の体育祭は、時山さんのお家の協力もあり――」



要約すると……どうやら時山家が体育祭に金銭援助をするらしい。その挨拶をするために、時山先輩は今日ここに呼ばれたらしかった。キレイで可愛くて、マドンナで。更には学校行事に必要なお金まで用意してくれる――時山先輩の株は更に上がった。


だけど……そんな事、私はどうでもいい。時山先輩が、城ケ崎先輩を傷つけなければ、それだけでいい。


カサッ



「ん?」



机上に落ちた、小さな紙きれ。二つ折りにされたそれを開けると、中にはメッセージが。



【 これ、俺の連絡先。今度こそ登録しろよ 】



電話番号が書いてあり、その横に怒りの顔文字。へぇ、笹岡って顔文字かけるんだ。意外な特技が面白くて「ふっ」と肩の力が抜ける。すると、こちらを睨む笹岡と目が合った。しまった、思わず顔に出ちゃってた。笑いながら「ありがとう」と口パクで返事をすると、なぜか顔をそらす笹岡。その時、グキッと嫌な音がした。



「笹岡、いま首からへんな音が、」

「うるせぇ、前向け」



首の後ろに手をやる笹岡が、本当は痛いのに意地を張ってるみたいで面白くて。またフフ、と笑ってしまった。実行委員になった時はどうしようかと思ったけど、笹岡もイイ人そうだし何とかなりそうだ。



「これからよろしくね、笹岡」

「……へいへい」



だけど――この時、私は知らなかった。私を見る笹岡の耳が、赤く染まっていることも。そんな私たちを、時山先輩が見ていたことも。


そして――



「あなたが丸西さんね。お話しするのは初めてかしら?」

「時山先輩……?」



委員会が終わった時。「仲良くなれないだろうな」と思っていた時山先輩ご本人に呼び止められることも。



「な、なんの御用ですか、時山先輩」

「そう緊張しないで。今日はあなたに相談があって声をかけたの」

「……相談?」



時山先輩が私に相談なんて……どんな内容だろう。っていうか、時山先輩ってこんな話し方だっけ? もっと可愛い感じだったような……。嫌な予感で、胸がザワザワする。だけど本人を前に立ち去る勇気も、相談を断る度胸もなく……この場にい続けるしかなかった。



「実は仕事の事で悩んでいて……どうしても城ケ崎くんの力をかりたいの」

「先輩の力を?」


「そう。単刀直入に言うわね。――彼をかしてほしい。できれば一週間、私の家に泊まり込みで」

「と、泊まり込み⁉」



しかも一週間⁉

ちょ、ちょっと待ってください!


あの人が超がつくほど性欲高いって知ってますか?

好きでもない私にさえ、隙あらば手をだすんですよ!



「……あ、」



そうか……。好きでもない私に手を出すんだから、片思いをしてる時山先輩に手を出さないわけがない。もし私が今「いいですよ」なんて言ったら……城ケ崎先輩と時山先輩は体の関係を持つに決まってる。そんなの……



「い、イヤです……!」

「あら」



すみません、私……先輩がいない一週間、平常心でいられる自信がない。二人のことを考えると、嫉妬で気が狂いそうになる。想像したくないのに、嫌でも二人のことを考えてしまう。それに、時山先輩と関係を持った先輩の事を拒否してしまうかもしれない。そうしたらもう一緒にはいられない。


そんなの、イヤだ――



「無理です、ごめんなさい。城ケ崎先輩は私の、」

「いいのかしら、そんな事を言っても?」

「え……」



スッと、時山先輩の瞳が鋭くなる。現在、廊下に二人きり。委員会が終わった後、他の人はみんな帰ったか、各々の部活に行ってしまった。


そういう時を、わざと狙ったんだろう。

この瞬間を、待っていたんだろう。


今、私の瞳に写る時山先輩は、マドンナとは無縁の表情だった。人の欲が全面に出た、醜い顔に変わってしまっている。そんな彼女の瞳に移っていたのは、苦痛に歪む私の顔。それは劣勢に立たされた、敗者の顔つきそのものだった。


だけど「苦しむのはこれからよ」と。時山先輩は、私の顔の前に自分のスマホをかざす。画面に写っていたのは……



「委員会の時、隣の男子とキスしてましたって、城ケ崎くんにメールしていい? この写真と一緒に」

「!」



画面にいたのは、私と笹岡がキスをしている写真。ちょうど私が瞬きした瞬間を狙ったのか、私が目をつむり、キスを許しているように見える。笹岡も笹岡で、まるで彼女にするような優しい目つきをしていて……。こんな写真を見たら、お互いが望んだキスに見える。



「こ、んな写真を先輩が見たら……っ」

「見たら、どうなるの?」

「……っ」



「女性を家に入れないで」と私が望み、それを先輩は理解してくれた。そんな私自身が、自分以外の男とキスしたと先輩が知ったら……



『アンタ、やっぱ勝手すぎ。なら俺も好き勝手やらせてもらうから』



って。女性を家に連れてくるかもしれない。そうしたら、やっと縮まってきた二人の距離が、また離れて行く。



――朝の電話の人。断ったって言ってんの

――ねぇ凪緒。またキスしてほしい?



先輩が、私から離れて行く。

今より、もっと嫌われてしまう。


それだけは、嫌だ……っ。



「時山先輩は、それで満足なんですか?」

「ん?」


「私を脅して城ケ崎先輩を騙して……それで幸せなんですか?」

「……」


「そんなの、私は――」



その時だった。



「あー、ごめんねぇ。手が当たって城ケ崎くんにメール送っちゃったぁ」

「っ!」



見ると、確かに「送信済み」になっていて。そして家で寝ているはずの先輩は、すぐに読んだらしい「既読」の文字がついていた。


うそ……、先輩に見られたの?

そんな――!!


プルル


動揺する私の横で、時山先輩は誰かに電話をかけていた。ワンコールした後「もしもし」と、電話口から知った声が聞こえる。この声……聞き間違えるはずない。城ケ崎先輩だ。



「城ケ崎くん? あのね、お願いがあるの」

『……なんですか、時山先輩』


「仕事の事で分からないことがあってね。私の家に来てほしいの。一週間、泊まり込みで」

『それはまた……何をやらかしたんですか』


「えぇ、そんな冷たいこと言わないで? あ、家の前にいてくれる? すぐに迎えの者を行かすね」

『俺いま風邪を引いてるので、移すかもしれないですよ?』


「医者に見せる。看病もバッチリ任せて? 仕様人に手厚くさせるわ。それに……人に移せば早く治るっていうじゃない?」



「っ!」



そんなの「イヤらしいことをしましょう」って言ってるようなもんじゃん。嫌だ、頷かないで先輩。賛成しないで!



「先輩は今朝まだしんどそうで、んっ!!」

「あなたは黙ってて。邪魔をすると、城ケ崎家にとって悪いことが起こるわよ?」

「っ!」



ニッと笑う時山先輩。あぁ、この笑顔は……やっぱりマドンナなわけがない。この邪悪な顔は、瞳は――悪魔と一緒だ。



『……わかりました。家の前で待っておけばいいんですね?』

「ありがとう。それじゃあ、またね」



ピッ


電話が切れた瞬間、力が抜けてズルズルと体が下がる。先輩、「わかりました」って言った。っていうことは今日、私が家に帰っても先輩はいない。ばかりか、時山先輩の家で、きっと――



「うぅ……、先輩……っ」



思わず溢れた涙に、時山先輩が「へ?」と素っ頓狂な声を出す。



「うっそ、まさか泣いてるの? これだけの事で? っぷ! あなたって本当にお嬢様?」

「どういう……?」


「お嬢様ならね、使えるものを使えるだけ使って自分で幸せを掴み取るものよ。そんな事も知らないなんて、城ケ崎くんが可哀想だわ。社会のことも、会社のことも、生きる術すら分かってない一般人と婚約させられて……今まで頑張って来た城ケ崎くんが哀れよ……あぁ、だから見捨てられるのね」

「!」



私、見捨てられたの……? 城ケ崎先輩に?

そんな……っ。


でも……そうか。

さっき確かに、先輩はこう言った。



――わかりました。家の前で待っておけばいいんですね?


今日、家に帰っても先輩はいない。

時山先輩の家から帰ってこない。


だったら答えは一つ。やっぱり私は……城ケ崎先輩に見捨てられたんだ。



「邪魔したら許さない。城ケ崎家を不幸にする力が私にはあるって事、忘れないでね」



きびすを返す時山先輩。そんな先輩の後ろ姿を、ぼやける視界のなか泣きながら見るしかなかった。

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