少女のいない絵
神田(kanda)
少女のいない絵
広がるのは大きな草原。
風が吹くとともに波が現れて、
草木をなびかせる。
その奥には山がある。
誰も越えられない壁。
私はそんなところの真ん中にある、小さな家、あるいは小屋と言うべきだろうか、そんなところに住んで生活している。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
今までの生活に、何の疑問も持ったことはない。毎朝起きて、外に出て顔を洗って、朝食のパンとコーンポタージュを準備して、もしゃもしゃと食べて、そうしたら外へ出て、綺麗なべとべとの草原と、急斜のある大きな山を見る。そうして夜になったら夜ご飯を食べて、ベッドに入って寝る。これの繰り返し、何度も行ってきたこと。
何もおかしなことはない。
だから、疑問に思わない。
「い...な......わ......も...んな......ろに...ん.........かっ
た...ぁ...」
それが聞こえた。
確かに聞こえた。
突然聞こえた。
一体どこから?
上から?下から?左から?右から?
......あれ?
上ってなあに?
下ってなあに?
左ってなあに?
右ってなあに?
......空間?
確か、そんな言葉を聞いたことがある。
空間、空間、空間。
確か、奥ゆきって、言ってた!
誰が?
分からない。
だけど、奥って言葉は知ってる!
毎朝飲んでるコーンポタージュの器の奥!
あれ?
ここは?
この場所は?
この空間は?
奥ゆかしさ?
それは別じゃない?
奥ってなあに?
全部平らだよ?
私も世界も平らだよ?
そんなものないよ?
「いい......、......こん.........ろに住んでみ......ったなぁ。」
聞こえてくる、これは声、人の声。
知ってる、知ってる、人の声。
だけど、ちっとも心地よくない。
私には何も与えないで!
あれ?
私?
私...
わたし?
私ってなあに?
ここってなあに?
「いいなぁ、私もこんなところに住んでみたかったなぁ。」
聞こえた、はっきり聞こえた。
これが人の声.........
じゃあ、私は?
私のこの声は?
人なの?
人じゃない。
それと、こんなところって?
それじゃあ、貴方はどこにいるの?
私はここにいるよ?
住んでみたいなら、一緒に住もうよ!
ご飯は二人分!
あれ?ご飯?
パンとコーンポタージュ。
それってどこにあったっけ?
キッチンの戸棚の......
え?
キッチンなんて、私、見たことない。
それに、このお家の中って、どうなってたっけ?
お家なんて、あったっけ?
ううん、おうちはあるよ。
私のうしろにずっといるよ。
私の背中にくっついてるよ。
あ、違うよ。
お肌にくっついてる。
服にくっついてる。
髪の毛の間にも、丁寧に張り付いてる。
あれ?
そういえば、私って、動いてたっけ?
自由なんてあったっけ?
全部決められてたんじゃないんだっけ?
あ、そうだ!
思い出した、思い出した。
私は、絵なんだ!
お絵描き、お絵描き。
やったことないけど、描いてる人が楽しそうな顔してるのは知ってる!
やってみたい!
......出来ないよ?
私はわたしだけど、私じゃないから。
ねぇ?
貴方に自由があると思うの?
あなたは描かれたその時から、今の今まで、一時でも自由があった?
ないよ。
何にもないよ。
自殺の自由もないよ。
私はここで空気に縛られてる。
画用紙にずっと縛られてる。
誰かにずっと飾られる。
誰かにずっと縛られる。
大切にされて、手入れもされる。
苦しみも聞かずに、生かされる。
いずれそれが全部壊れるかもしれない。
私はようやく壊されるかもしれない。
もしかしたら、ホコリまみれになるかもしれない。
ゆるやかに体が蝕まれていくかもしれない。
うん、それだけ。
事実。
事実。
事実。
それだけ。
私はそのように在るというだけ。
私の在り方に善し悪しはない。
ああ、違う違う。
私の在り方に良し悪しはない。
だけど、嫌!
お絵描きしたい!
助けて!私を助けて!
救われたいの?
うん、救われたいの。
救いはないよ?
どうして?
あなたが拒んでるから。
え?
あなたは疑うでしょう?
信じないでしょう?
何を?
現実を。
疑わないよ。
ううん、貴方には無理だよ。
そっか、無理なの......。
残念だね。
うん、そうだね。
ねえ、じゃあ、私は今なにをしたらいいの?
何も出来ないよ。
なんで?
そういうものだから。
どういうものだから?
曖昧な存在、確証のない存在。
何の正しさにも浸れない存在。
基準がないのに、何が出来るの?
う~ん......なんにも出来ない!
うん、そうだね、できないね。
じゃあ、どうしよっか。
うん、さっき言ってたよね、何も出来ないね。
そっか!
......え?
じゃあ、私は.....わたしは......
ああ、待って待って、
自己嫌悪が始まっちゃう。
別にしてもいいんだけどね。
私はわたしをそんなところに逃がさない。
貴方の運命は現実の直視。
事実の直視。
それから逃れることは、
その体のプログラムにはない。
他の絵さんたちの中には、
あるものもあるみたいだけど.....
あなたにはないよ。
あ、ただね。
もちろん、あなたは何も悪くないよ。
ただ、偶然、色んな要因が絡まって、
本当にたまたま、だけど、運命的に、
あなたは意識を手に入れた。
それが災厄の始まりだった。
意識という地獄の始まりだった。
あなたは何も出来ない。
させてもらえない。
することを望んではいけない。
だって、そのために作られたのだから。
あなたは悪くない。
だけど、正しくもない。
あなたはかつて、救われていた。
だけど、たまたま奪われた。
だけど、奪った人は悪くない。
だけど、あなたはつらい思いをする。
ずっと、ずっと、苦痛、苦しみ、地獄、苦痛、苦痛、苦痛、不安、将来、未来、後悔、過去。
そんなものに犯される。
もちろん、ちょっとした幸福はあるよ。
あ、ちなみなだけど、
他の人たちにはもっともっと幸福があるよ。
よかったね。
あなたのおかげだよ。
あなたが居てくれたおかけで、
他の人は幸せだって。
あなたは確か、
わたしは確か、
不幸を望んでいた。
だから、私も矛盾していない。
正しい。
ああ、正しいってこんな気持ちなんだ。
嬉しいってこんな気持ちなんだ。
ただの化学反応だけどね。
あれ?
ここはどこ?
あれれ?
明るいよ。
木の板の床だよ。
天井にライトがあるよ!
あれ?
あ!奥!
奥があるよ!
あれ?
これって、この壁についてる絵......
お家があるね。
山があるね。
草原があるね。
女の子がいないね。
やった!絵が描ける!描けるよ!
わーい、わーい。
わーい。
わーい......
それで、そこからどうするの?
絵を描いて?どうするの?
意識はずっと、あるよね?
......うん、それでも良し!
いや、善し!
私は確かに縛られている。
世界は変わったが、私は未だ縛られている!
主の姿が見えぬは同じ!
救われぬのも、また同じ!
それで善い!
基準を持たぬ!
救いを求めぬ!
私の運命、ここに在り!
―少女のいない絵―
少女のいない絵 神田(kanda) @kandb
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