第十一話

『本当にそれでいいの? 後悔はしない?』

『——————!!!!』

『そこまで言うならもうアタシからは何も言わないわ。それが貴方の選択ならアタシはそれを叶えるだけ』

『——……』

『いーの。こういう事もやるのがアタシ達転生科の仕事だし。じゃ、第二の生楽しんでらっしゃい。さようなら』


 憧れなの。夢なの。希望なの。

 反逆の理想郷シリーズ。努力は必ず報われる。レベルを上げれば、メインキャラと好感度を深めれば。

 なんだって叶う理想郷。


 憧れだったの、夢だったの、希望……だったの。


「リーナ、これが俺のフェニックス。触ってみてくれ」

「いいの? お言葉に甘えて……あら、とってもいい触り心地!!」


 憧れだった。夢だった。希望だった。


「……どうして?」


 努力は、必ず報われる。それがテーマのゲームなんだから。

 そうだよね。そうに決まってる。そうでなきゃいけない。


「そこは、アタシが入る場所、だったのに」


 アタシが主人公アンリ―ナになるはずだったのに。


<>


「おかえりなさいご主人様」

「ただいま。……綺麗ね」


 アルノエルと雑談を交わし戻ってきたアンリ―ナが部屋を開けると、そこには昼頃に来た自室が塵一つない綺麗な部屋へと変貌していた。

 シロコはエプロンを見に付け男性の姿から女性の姿に変化しており、無駄にでかい胸がシロコの動きで揺れた。


「頑張りましたので! ベッドも取り込んでますのですぐにでも寝れます! シャワーにする? ご飯にする? そ、れ、と、も……シ、ロ、コ?」

「シャワー」

「乗ってくれてもいいじゃないですかー! ぶーぶーご主人様ってば冷たーい!」


 色気を振りまくような口調にアンリ―ナは無視して服を持ち風呂へと向かった。最底辺の宿泊寮でもバスルーム・キッチン・トイレ等の設備は整っていた。

 バスルームに入りシャワーから湯を出しアンリ―ナは体を洗う。


「嫌な予感がするんだよなァ」


 アンリ―ナはアルノエルと話していた時の事を思い出す。

 学園内で最高級な魔力量を叩き出したアルノエル。それは学園内で最も価値のある存在といえる。そんな人間と交友関係であればアンリ―ナにとってメリットが多い。面倒事があればアルノエルに押し付ける事が出来る、むしろ助けてくれるかもしれない。そうすれば邪魔な存在がアンリ―ナの元から消える事になる。

 だが自分だけが得をしていればいずれ破滅がやってくる――ので、アンリ―ナはアルノエルと対等の存在でいる。というアルノエルにとって最大のメリットを提供し続ける。まさにwinwinな関係性。


『——だったのに』


 そうしてアルノエルと話していた時に聞こえた誰かの声。あまりにも声が小さすぎて幻聴かとアンリ―ナは思ったが、その後に聞こえた走り去っていく音に幻聴ではないと結論づけた。

 極めつけにフェニックスの背後からほんの一瞬だけ見えた人の姿がアンリ―ナに幻聴ではないと決定打を与えた。


「俺恨まれる事したかねェ? ハハハッ! してたなァ! でも今の俺は可愛い可愛いアンリ―ナちゃぁん。恨まれる事はしてませーん。そもそも最底辺の人間を恨むのもおかしな話だなァ」


 クックックッと見た目に全く合わない笑い方をする。お気に入りの青い髪を丁寧に洗い流し、鏡の前でふにゃりと可愛らしい少女の顔をする。


「かわいい~素材がいいよなァこの体。まぁ俺が丁寧に丁寧に作り上げた最高の美少女だからなァ!」

「ご主人様~お客様来てますよ~」

「今ァ!?」


 気分が上昇しているアンリ―ナにバスルームの外からシロコの声がかかる。アンリ―ナはぎょっとした表情で急いで水を拭き取り服を着てバスルームから飛び出す。

 飛び出した先にはシロコが外に向かって手をかざしていた。

 急いでバスルームから出たアンリ―ナの髪は水気を帯びてぽたぽたと服に落ちていく。それを乾かしたいと思うが先に要件を済ませようとアンリ―ナは部屋の扉を開けた。


「あ、こんばんは」

「……貴方、あの時の……」


 部屋の外にいたのは桃色の髪の少女。それは召喚儀式が終わって教室に向かっている時にぶつかったあの少女だった。


「あたしはフィーリア・コルネ。貴方と話したい事があるの、少しいい?」

「……えぇ」

「ここじゃ皆の迷惑になっちゃうから外でいいかなぁ」


 ——俺に話したい事、ねェ? 何を考えてる?


 フィーリアは手を包み首を傾げながら微笑んだ。その姿は魅力的で守りたくなる女の姿だった。だがアンリ―ナにはそんな感情は浮かばない。裏があるろくでもない悪だ、と演技をする同族として分かってしまった。

 アンリ―ナは警戒を抱きつつフィーリアの言葉に頷き二人は共に寮から離れる。

 案内されたのは人気がない暗い場所。そこでフィーリアはアンリ―ナに向き合った。


「あたしね、ずっと頑張ってきたの」

「え?」

「頑張って、頑張って、頑張ってきたの。いつかあたしの努力は報われるって、無駄なんかじゃないって。だからあたしは頑張ってきたの。『モブ』でもいい、だって努力は報われる、そうでしょ? そうじゃないと、可笑しいよね。可笑しい、可笑しすぎるの」

「えっと……?」

「……ねぇ貴方、いやアンタ、転生者でしょ」


 いきなり何を言っているのか全く分からないフィーリアから発された言葉。アンリ―ナはさっきの嫌な予感が的中したと直感し、後ずさる。不安に満ちた表情を作り、

 アンリ―ナは今すぐ目の前の女から離れるべきだと感じたが、同時に目の前の女の情報が欲しいという気持ちがあった。そしてアンリ―ナは後者を優先してしまった。


「え……? てん、せいしゃ? それは、一体……」

 

 怯えた演技でフィーリアに問いかける。だがフィーリアにはアンリ―ナの言葉が聞こえてないようでアンリ―ナには分からない言葉を発する。


「ずるい。どうして『主人公』を選んだの。アンタが選んだから、アタシ『モブ』にしかなれなかった」

「えっ、と……」

「ずるい、ずるい、ずるい、ずるいずるいずるいずるい!!! 折角異世界転生で逆ハーレムが出来るはずだったのに! ”アンリ―ナ”になってイケメンにちやほやしてもらえるはずだったのに!!!! アンタが、アンタが先に”アンリ―ナ”になるから、アタシ主人公になれなかった!!!!」


 フィーリアの暴論でアンリ―ナは怯える真似をやめた。そして演技をする事をやめ本音をぶちまけた。

 

「————ハァ?? 俺は好きでこの体になったわけじゃねぇんだがァ?? 頭、大丈夫ですかぁぁ??? 難癖キチガイ女」


 ——何言ってんのか全くわからねェが、俺がアンリ―ナになるなって、俺の努力全部無駄ってか? ア?


 善人としての面を忘れアンリ―ナはフィーリアに煽り混じりに怒りを投げつけた。

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