第五話

「1のE。ああどうしよう私、無価値だった」


 二度目は与えられない。魔法機を調べるのに邪魔。と部屋から追い出されたアンリーナは、直前に渡された用紙を見て顔を覆った。

 用紙に書かれているのは魔力量によって決まるクラス一覧。999〜1まで書かれてある数値の中、99〜1のEクラスに赤丸がつけられていた。

 Eクラス――最底辺の魔力量。即ち無価値である。


 ――最底辺か、最底辺。よォし、下克上……するかなァァ?


『コーン』


 落ち込む様子を見せつつ、内心ではワクワクしている温度差の激しいアンリーナに、一緒に追い出された獣は一声鳴いた。

 鳴き声にアンリーナは忘れかけていた獣の存在を思い出し、獣へと視線を向けた。


「貴方、一体何者なの……?」

『コーン』


 疑問を投げかけたアンリーナに獣はまた鳴いた。だがアンリーナは獣が何を言っているのかさっぱりだった。


 ――言語理解魔法のかけ方なんだっけなァ。手帳は……!


 こういう時こそ魔法の出番だ。とアンリーナは鞄の中から魔法覚書用の手帳を取り出そうとして――その手をピタリと停止させた。

 そして手帳は出さず鞄を持ち直し、アンリーナは追い出されてから一歩も進んでいない現在地から、離れる事にした。

 

「こんなの可笑しいです!! もう一度やり直してください!!」

「なんでこんな醜いのが私の召喚獣なの!? こんなの間違いよ!!」

「その機械壊れてんだよ!! 間違ってる、俺は、俺はこんなもんじゃねぇ!!」


 5秒ほど経った後、アンリーナの背後で複数の扉の音。抗議の声が聞こえた。

 誰も彼もが間違いだ、と叫ぶ様子にアンリーナは笑いが出てしまいそうだった。


 ――耐えろォ、耐えろォ。ここで笑っちまったらアンリーナの評判が悪くなっちまう。そうなっちまったらイイコちゃんでいられねェ、それだけは避けねェと……。


 アンリーナは口元を覆い、顔を少し伏せた状態で視界に写った矢印の方へと進んだ。

 だが歩みを進める度に興奮がこみ上げて来た。ニタァと唇が動いたのを感じ、アンリーナはこのままじゃ大声で笑ってしまう! と本心で焦った。


 そして演技が崩れてしまう前にアンリーナはある行為を始めた。

 

 ――私はアンリーナ。私はアンリーナ。皆に愛される優しいアンリーナ。私は困ってる人を助ける頼れる善性アンリーナ。底なしの善人アンリーナ。私はアンリーナ。私はアンリーナ…………。


 演技が剥がれないように、感情を落ち着かせる為に。アンリーナは自分は悪ではなく善だ。という暗示をかけ続けた。

 

 ――私は、アンリーナ。善人の、アンリーナ。…………ハァ、あぶねェ、笑いがもうすぐ口から出るとこだった。


 暗示をかけ続けた事で興奮を治めたアンリーナは、口元から手を離した。

 そして不安げな表情、仕草をしてから視線を周囲へと巡らせた。自分を落ち着かせた事で周囲に目を配れるようになった為、先程まで気づかなかった人々の反応が目に写った。

 すれ違う者、立ち止まっている者の二種類の人々中、怯える人。頭を抱える人。喜んでいる人。嬉しそうに笑う人。そんな人々の反応がアンリーナの目に写った。


 ――皆、大丈夫かしら……心配だ、わ? 


 アンリーナは不安げな表情で皆を心から心配した。

 あれ。と心配してから数秒立ってからアンリーナ何かの違和感を覚え目を瞬かせた。


 ――ア? ア、この反応じゃねェ……ああああ暗示の副作用が。笑えねェ! 馬鹿にできねェ、見下せねェよォ……。


 本来ならば内心で嘲笑っているはずだったのに、今アンリーナは心までもが善人になっていた。


 違和感の正体に気づいたアンリーナは内心で呻き声を上げた。もし行為を表に出せるなら、今のアンリーナは頭を抱え、蹲っている状態だった。

 

 ――……流石に、心まで完全な善人にはなりたくねェなァ……。それは、なんか、気色悪い。


 捻くれた性格に心を寄せつつ、アンリーナはそういえば、とある疑問が浮かんだ。

  



 ――なんで、俺は善人になりたくないんだったっけ……?

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