第6話 接遇には気をつけろ②


「生徒会に物申します!」


 と、双子の野球部マネージャー真理まり理奈りなが生徒会室に押しかけて来たのは、野崎先輩が豪快なフラグを立てた翌日のことである。

 真理と理奈が並ぶとどちらがどちらか全く分からない。そのぱっつんへアまでそっくりだ。顔が同じなのだからせめて髪形で違いを出せば良いのに。

 

 野球部部長の野崎先輩は身内の裏切りに閉口していた。円先輩が目だけで野崎先輩をなじる。『こんなに恵まれていて生徒会室に乗り込んでくる奴はいないんじゃなかったの?』と。

 野崎先輩は可哀想なほど目が泳いで、ひたすら追及の視線から逃げ回っているようだった。


「野球部は部費ならたらふく貰ってんだろ」高槻が茶々を入れる。

「はい? 何の話ですか? 部費なんていりません!」


 なんてことを……ッ! この小娘なんてことを宣うのだろう! 信じられない!


「おい、お前ら失礼なこと言うな! 弱小軽音部が睨んでるぞ!」

「弱小言うなし。あんたが一番失礼だから」

 高槻は全く反省の様子もなく、肩をすくめた。

「で、じゃあ、何を物申したいのかな」

 

 円先輩が営業スマイルで先を促す。生徒会執行部としてこれまで円先輩と共に仕事してきたから、あたしには分かる。あれは内心面倒くさがってイラついているときの顔だ。


「そんなの決まってます!」と真理と理奈は同時に長机に身を乗り出した。「女子マネの部室が欲しいんです!」


 部費どころの話ではなかった。もっと大きなものを要求してくるとは。金の無心に来た我が後輩『ハートフルコード』の3人が可愛らしく思えてくる。


「野球部の部室なら既にあるでしょ」

「あれは野球部の男子部員の部室です」と真理が言えば、「バカ部員の豚小屋です」と理奈が言い直した。

「おい、お前ら俺が目の前にいること忘れてない?」

 野崎先輩の頬はぴくぴくと引き攣っていた。

「忘れてません。バカ部員1号です」と真理が野崎先輩を指させば、「豚小屋の豚です」と理奈も指さす。

「なるほど。さすが野球部。しつけが行き届いているな」

「うるせぇわ!」


 真理と理奈は相当怒りを溜め込んでいたのか、目を吊り上げて、野崎先輩を睨みつける。


「うちらへの感謝もなしに、当たり前のように整った環境を享受しているバカ部員に部室があるのに、うちらにないのはおかしいです」

「そこそこ強豪だからって、それをかさに着て、合コン三昧の学園生活を楽しんでいる雄豚に部室があるのに、うちらにないのはおかしいです」


 円先輩は流し目を野崎先輩に向けた。


「ち、違うっつの! 女子マネにはちゃんと感謝してるし——」

「——それに合コンもしてる、ってか?」

 と、また高槻が茶化して、はははは、と笑い声をあげる。

 野崎先輩は舌打ちをついて、高槻を睨んだ。

 

「合コンってどういうことですか、野崎先輩」

 

 あたしはただ訊ねただけなのに、野崎先輩は何故かのけぞるように少し身を引いた。訊ねただけなのに。

 あたしの追及には、意外なところから返答が来た。


「先輩、軽音楽部なのに知らないんですか?」真理だ。

「野球部——間違えた。豚部が合コンしてる相手、軽音楽部ですよ」と理奈が続く。

 野崎先輩が「誰が豚部だ」と突っ込んでいたが、あたしはそれどころではなかった。野球部が軽音楽部と合コン? そんなの初耳である。


「野崎先輩も行ったんですか?」


 またしても、ただ訊ねただけなのに、野崎先輩の目は水槽のメダカみたくスイスイと泳いでいた。

「これは行ってるな」高槻がニヤニヤと野崎先輩を見ながら言う。

 がたいの良い野崎先輩が、なんだか少しいつもより小さく見えた。

 「野球部も野球部ですけど」「軽音楽部も軽音楽部ですよ」

 双子が鼻で嗤って嘲る。明らかにあたしに対して悪意ある視線を向けていた。

 あたしが言い返そうとすると、「だとしても」と脱線しかけた話を円先輩が引き戻す。

 

「だとしてもマネージャーに部室を与えるなんてできないよ。前例もなければ、余ってる部屋もないし」

「私たちにその権限もないですしね」と持田先輩も加勢する。

「そこをなんとか!」「先生に掛け合ってください!」

「と、言われてもねぇ……。現状で実害もないようだし」円先輩は困ったように笑った。

「実害ならあります!」「大ありです!」

 円先輩が返答する前に、何故か高槻が「よし聞こう」と答えた。

 どうせ「面白くなってきた」とか考えているに違いない。ここ数か月でこいつの性格はある程度把握している。厄介な性格をしているということを。高槻の勝手な行動に、円先輩と野崎先輩が目で非難するが、高槻は全く気にした様子もなく、「それで?」と双子に話の続きを促していた。


「ジャグとか、コップとか置く場所がなくて困ってんですよ」「今なんて体育倉庫に置いてるんですよ」「不便ですよ」「不衛生ですよ」

 代わる代わるまくし立てるように双子が訴えかけてくる。

「それなら男子の部室に置けばいいじゃない」あたしがそう言うと、双子はすごい剣幕で、

「あそここそ不衛生です!」「せっかく洗ったコップが秒で汚れます!」

 と、若干食い気味に言った。


「…………今度、視察に行こうかしら」

 円先輩がまた野崎先輩に冷たい視線を送る。

「やめてくれ。あそこは俺らの域だ」

「その『せい』は『性欲』の『性』——」

「お前は黙ってろ、高槻」


 高槻の戯言も、合コン三昧の話を聞いた後だと、あながち間違いとも言い難い気がする。確かに女子としては何となく不潔に思ってしまうのも頷けた。だけど、この双子に加勢するのは何となく癪なので黙っておいた。


「それに、男子の部室に道具を置いたら、うちらは取りにいけないですし」と真理が言う。いや、理奈か? だんだん、どちらがどちらか分からなくなってきた。

「どういうこと?」

「知らないんですか?」「生活委員ですよ!」

「生活委員?」


 唐突に発された『生活委員』というワードに、頭の上にハテナが浮かんだ。いったい生活委員と何の関係があるというのか。円先輩もよく分かっていないようで、首を傾げていた。

 すると、高槻が突然、「それは違うな」と声をあげた。

「『生活委員』ではない。『風紀委員』だ」

「いや、『生活委員』でしょ」と円先輩が指摘して、持田先輩も「うちの学校には風紀委員は存在しません。同じ役割を生活委員が担っています」と丁寧に補足説明した。

「いや違う」とそれでも高槻はかぶりを振る。「学園小説ではほぼ100%『風紀委員』だ。『生活委員』なんてカッコ悪い名前おれは認めん」


 空想の世界と現実をごっちゃにするな、と喉まで出かかったが、呑み込んだ。今まで何度となく言ってきたセリフだ。言っても無意味だということはよく分かっていた。


「…………で、その風紀委員がなんだって?」

 円先輩は高槻の処理を諦めた。どうやらこのまま『風紀委員』でいくらしい。

「あ、はい。生活委員の——」

「風紀委員だ」

「…………風紀委員の委員長と副委員長が、黙ってないってことを言ってるんです」

「黙ってないって、どういうこと? 別に部室に道具を取りに行くことは悪いことじゃないじゃない」


 確かにうちの学校の生活委員はやたら厳しく、威張り散らしているというのは有名な話だが、さすがに非がない生徒を理由なく叱りつけはしないはずだ。


「違うんです。男子の部室に女子が立ちいることがダメなんだそうです」

「この前、ゼッケンを届けに行ったら怒られました」


 はぁ? なんで野球部マネが野球部の部室に行って怒られるのだろうか。訳が分からない。


「それなら俺も生活委員——じゃない。風紀委員の副委員長から直接お小言をもらったぞ」野崎先輩はその時のことを思い出したのか、うんざりした顔でいった。「なんでも、不純異性交遊の危険性を除去だとかなんとか」


「不純異性交遊! 素晴らしい!」

 高槻が突然立ち上がる。

「なにが素晴らしいのよ。ばかじゃないの」

「何を言っている! 風紀委員と言えば『不純異性交遊の取り締まり』だろうが! ちゃんと仕事をしているな、風紀委員。むしろそれだけしとけば風紀委員としては合格だ」


 今時、不純異性交遊の取り締まりなんてしている学校がうち以外にあるのだろうか。どの学校の生徒だって、学校内で彼氏彼女は当たり前のように作っているだろうし、ハグやキスくらいなら学校内でしていても別におかしくはない。そういう時代だ。

 あたしは野崎先輩にちらりと視線を向けた。先輩は呆れた顔で高槻を見ていた。あたしとは視線は交わらない。

 高槻は円先輩に無理やり座らされた。


「うちらは全然不純じゃないです」「軽音楽部の方が不純です。不純異性です」

「誰が不純異性よ! せめて『交遊』をつけなさいよ!」


 あたしの声など右から左なのか、双子は全く動じた様子もなく、

「とにかく! 男子部室に行くと怒られるのです」「だから、ジャグも、コップも、その他の必要な道具も、全部体育倉庫で保管しているのです」「不便です」「不衛生です」


 と、またマシンガン文句が始まった。「あー! もぉ! 分かった分かった! 分かったから! 一応先生には言っておくから!」

「本当ですか?」「嘘偽りありませんか?」

「嘘偽りありません! でも、わたしは先生に伝えるまでしかできないからね。それで却下されたなら諦めなさいよ」

「いやです。諦めません」「部室がもらえるまで訴え続けます」


 はぁ、とため息をついてから円先輩は鋭い視線を野崎先輩に飛ばした。『あんたの後輩でしょ。なんとかしなさい』と。

 結局、野崎先輩が双子を押し出すように連れて生徒会室を出て行った。あんなに毒を吐かれたのに、それでも野崎先輩は双子をまるで世話の焼ける妹みたいに扱っているように見えた。

 胸にささくれのような小さな痛みが走った。

 あたしは痛みから意識を反らすように、「やっと静かになりましたね」と誰にともなく笑いかけた。

 

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