第6話 協力者探し②


 

 エレベーターは当然使い物にならず、非常階段を駆け下りて辿り着いた三階層目では、目を背けたくなる激しい戦闘が繰り広げられていた。


 治安維持部隊とテロリスト――否、冒険者たちによる抗争。

 銃持ちと剣や拳を武器にした者とでは相性が悪く思えたが、戦況は五分五分といったところのようだ。


 ルアは物陰からその抗争をうかがう。


(久しぶりに見たけど、冒険者ってやっぱり凄いな)


 冒険者――現在存在する者のほとんどが、と呼ばれる人類の遺伝子を持っている。中にはそれを自ら進んで注入する者もいるらしいが少数派だ。


 旧世代人は現代人からすればぶっ飛んだ身体能力を有し、短剣一本でモンスターを討伐でき、挙げ句ワイバーンに対して空中戦を仕掛けるなんて者もいたらしい。

 その遺伝子含有率が高いほど、現代人であれど爆発的な身体能力を発揮できる。


 銃弾の雨に対し、大剣一本で凌げている者がいるのが何よりの証明だ。



 冒険者が財団に楯突く理由――それが自分と同じであれば、利用価値がある。


 ルアは戦場に足を踏み入れ、金属槍を射出することで横槍を入れた。


 戦闘していた者達は互いにその手を止め、乱入者の姿を見て驚愕する。


「魔法使い……!?」


 魔法使いがこんな戦場にやってくるなど、兵器を作っていた人間が直々にその実戦テストをやりに赴くようなものだ。

 兵士も冒険者も口をぽかんと開けていた。


 杖を振るい、魔法陣を展開すれば瞬く間に彼らは警戒態勢に入った。

 降り注ぐ弾丸の雨を、形成した結晶膜で防御。床へ向けてマナ粒子を放出し、足元を針山のように変形させ、兵士たちを一網打尽にする。


 取り残した者は一人一人を鉄塊によって頭部を撃って気絶させる。


 バタリ、バタリと最後の兵士が倒れれば次は冒険者たちがその身を奮い立たせた。


 されど彼女は杖を下ろし、彼らに語りかける。


「少し聞きたい。君たちが財団に牙を剥く理由とは何だ?」

「お前、何が目的だ!? 魔法使いがここにいる理由がないだろう!?」


 冒険者らは警戒を怠らなかったが、奥側にいた一人の青年が、彼らを制して前に出てきた。


 若い――あの子と同じくらい。


 長身痩躯で黒と緑を基調とした戦闘服を纏い、首にはボロ衣を巻いている。

 鮮やかな緑の髪と黒光りする瞳は、釈然としているように見えるも確かな情熱が感じられた。


「お前、昨日アルバートンを殺した魔法使いだな?」

「そうだとも。だが、質問に質問で返すのはいただけない」


 青年は眉をひそませ、その若々しい拳を構えた。よく見るとそれは鉄製のグローブで覆われている。


 ――格闘家ブレイカー

 冒険者の役職の中でも、武器を必要としないもの。信じられるのは己の拳のみ……が信条なのだとか。


 痛い目を見せなければならない、と確信したルアは尖らせた鉄塊を飛ばす。

 これで沈むとは到底思っていなかったが――瞬きをする間もなく、その鉄塊は彼の拳によって砕かれ、呆気なく無力化された。



「そっちがその気なら乗ってやる」



 こちらから先手を仕掛けた為に、青年は容赦なく反撃に出た。


 地を蹴り、かなり空いていた間合いを一気に詰める。

 その気迫が肌身で感じられる程に、拳を振りかぶって、目にも留まらぬストレートをぶっ放してくる。


 結晶膜で防御しようとしたが、形成が間に合わず不安定な状態で強烈なパンチが炸裂した。結晶膜は崩壊し、その衝撃が小柄な身体を容易く吹っ飛ばす。


 派手に床へ転がったルアは戦慄する。

 もし直撃していたらどうなっていたか。


「祖なる質。偉大なる名目。ここに結ばん。星の恵み、万物の根源。それらを騙り、繰る誓約を……!」


 マナ粒子を大量散布し、ふらつきながらも立ち上がる。 

 青年の拳が、また目前にまで迫った。


 しかし、緊迫した表情のまま彼は殴りつける寸前まで振るっていた拳を、力でも吸い取られたみたいにゆっくり下ろした。


「む……?」


 その不思議な現象に、彼は一瞬だけ戸惑うも至近距離からの彼女の反撃にだけは対応する。

 筋力強化を施した強烈な蹴りを、彼はいとも容易く手首だけで受け止め、彼女のか細い脚を掴む。


 地面に叩きつけられたルアは、咳き込みたいのを押し殺し、反撃の策を模索する。

 しかし次の瞬間には胸ぐらを掴まれ、拳が鼻先にまで迫っていた。


 覚悟を決めたが、いつの間にか拘束から解放され、抜け出す隙ができた。


 反撃に出ようとしたが、彼は攻撃態勢を取ること無く、自身の掌を凝視していた。


「……お前、女か?」


 彼は表情を変えず言う。


 どこで分かったのか、タイミングも鑑みて推測した結果――胸ぐらを掴まれた時――、彼女は底の知れないほどの羞恥と激しい憤りが同時に湧き出ててくる。


「女は殴らないと決めている」

(このガキぃぃ……!! ロナにもあんまり触ってもらったことないのぃぃっ……!!)



 とはいえ――攻撃が止んだのは助かった。

 今一度交渉する意思があることを、彼に示そうとした。



「…………では、君に聞こう。君達は何だ? 何の目的があって財団に楯突いている?」



 目の前の青年に向かって問うたつもりだったが、後ろから声が聞こえてくる。


「カブ! 答える必要なんかないだろ!」


 あまり快くは思われていないようだ。

 だが反対の声を制し、彼は静かに目を閉じて、再び開眼してから口を開く。


「……俺たちは襲狼アサルトヴォルフ者達だ」



 ――冒険者の自由。この世の原点回帰。


 その単語を耳にした途端、彼女は仮面の奥底で微笑みたくなるのを抑えた。

 言い換えるならば、それはであることを暗に示していたからである。


 求めていた同志と、想像以上に早く出会えたことに高揚と驚きを隠せなかった。


「……お前は何が目的なんだ。お前は魔法使いなんだろう? 冒険者支援課に、恨みなんてこれっぽっちもない筈だろう」


 青年はお構いなしに聞いてくる。

 ルアは落ち着いてその問いに対処した。


「――少し事情があるが。私も志は君達襲狼アサルトヴォルフと同じだ。鎖のように縛られた冒険者の自由、それ以前に失った希望を取り戻すための社会の改革。私が闘う理由は君たちの何ら変わりないはずだ」

「……事情か。それを教えて貰わなければ信用は出来ないな。お前が冒険者ならばともかく」


 疑い深い男だった。否、こんな事をやる以上そうなるのは必然なのかも知れない、と彼女は自らの行いを振り返った。


「君は歴史に詳しいかな?」

「お前の程度にもよるが、多少は」

「なら、君はかつて――三百年ほど前のことだろうか。君たち冒険者の先祖が、どういう暮らしをしていたかは知っているはずだ」



 カブは眉間にシワを寄せる。

 何か、思い当たる節があるのだろう。


 彼らの先祖――旧世代とも呼ばれる人々は、それはそれは自由な生活を送っていたと記録に残っている。今は、半ばおとぎ話扱いされているが。



「……私も同じだよ。魔法使いの先祖――旧世代の人々の話を見聞きしてそれに憧れたはいいが、現代と過去との違いに絶望した。それだけのことだ――」



 そうして、彼女は自分の思いをつらつらと述べる。

 その最中、冒険者については「尊敬の念を抱いている対象であり、それを無下にする世界が許せない」と語った。

 事実のようで真っ赤なウソを、こうもすらすらと吐けることが怖くて仕方がない。



「……要するにお前はと言いたいのか」

「話が早くて助かる。どのみち、一人では無謀な試みだ」


 

 ようやく言いたいことを伝えられたが、青年の答えはすぐにはでてこなかった。

 こうしている内に増援が来てもおかしくないのだから、手早く済ませたいのだが。



「――呑んでやろう」



 彼の答えに、冒険者たちは騒然とした。



「まじかよ……!! カブ……!!」

「ただし」



 ばっと沸き立った騒々しさを掻き消し、青年は手短に付け加えた。



「この状況を共に切り抜けられたら、の話だ」

「……お安いご用だとも」


 

 ルアはガッツポーズをしたくなるのを、猛獣を従えるように抑え込んだ。


 一人では無理だろうが、これだけ多くの冒険者とならば、治安維持部隊の包囲網を抜けることなど容易いはずだ。


 そして強力な協力者を得ることができれば――実現できるかもしれないのだ。優しいあの子が報われるような、かつて先人たちが生きていたような、自由な社会を。



 ルアは完全に舞い上がってしまっていた。

 

 

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魔法使いはテロリスト 聖家ヒロ @Dinohiro

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