第5話 協力者探し①



『昨夜未明、十四番都市郊外にあるリバース財団保有の生態調査研究所に勤務していたアルバートン・ファステリア指揮官が、何者かによって殺害されました』



 翌朝。ルアの研究室では、朝っぱらから物騒なニュースが流されていて、研究員や魔法使いたちがざわついていた。


『こちらは、治安維持部隊が撮影した犯人と思わせる者の写真です。仮面で顔を覆っており素顔は不明ですが、体格からして女性と考えられており――』


 テレビに映し出された、仮面の黒コートを横目に見ながら、ルアは机に突っ伏していた。


「魔法陣でてるぞ。魔法使いじゃねぇか」

「何考えてんだよ……イカれてるぞ」

「なんで魔法使いが冒険者総合支援課の人間を殺すんだ?」


 ルアは朝っぱらから胃が痛かった。

 人だかりで噂されているのは、間違いなくのことだ。

 激情に任せ犯罪行為を一気に積み重ねた自分が、どうしようもなく恐ろしくなっていた。

 どうにも、普段のような気分にはなれない。


「アムレートさん、調子悪い?」

「うん……昨日派手にこけて足捻っちゃって」

「それだけには見えないけど……」


 ルアは昨夜から気分が沈んでいた。

 慣れないことをした事による疲弊もそうだが――

 例え救いようのないクズだとしても、人殺しは人殺し。彼女は昨晩からずっと、その事を考え込んでいた。


 それも、魔法で人を殺した。



「というか。彼女さんとは、どう?」

「んん〜?」


 声音を跳ねさせながら同僚魔法使いがそう聞いてきた。


「もうね、ラブラブ」

「えぇっ? ほんとぉ〜?」


 にやり、とし自信満々な顔で言い放つと彼女から黄色い歓声が上がる。


「毎日帰ったらしあわせなの。お花みたいにいい匂いだし、お人形みたいな抱き心地だし」

「いいなぁ、あたしも癒されたい。全然カレシできないし」


 羨ましそうに吐き捨てた同僚を横目に、ルアは愛しい人のことを思い浮かべた。


 今朝も笑顔で出迎えてくれたロナ。

 その笑顔の裏にはどこか悲哀が垣間見えた。


(どんなだったのかな)


 あの子はモンスターを殺すことが、この世のどんなことよりも苦痛だ。

 モンスター退治の依頼ではないことを願うが――そう思いどおりにはならないのが今の社会。


 はっきり言って、ロナは冒険者としては指折りの実力者だ。それは財団とて把握しているはず。

 並みの冒険者では倒せないモンスターの討伐依頼を平気で彼女に回してくるのは、火を見るよりも明らかである。



 ルアは知らずの内に歯を噛み締めた。


 

 ――あんなクズを殺しただけじゃ、何も変わらない……!



 あれは始まりに過ぎない。

 殺されたともなれば、財団のほうも無視はできないはずだ。



 早く、早く何とかしないと。



 この世で一番綺麗なお花が枯れる前に。





 ◇




 家に帰ると、部屋に一切の明かりが灯っておらず普段のような温もりは感じられなかった。


 居間に入れば、そこに張り詰める嫌な冷たさと静けさが迎えてくれた。


「ロナ、いないんだった」


 今朝から彼女は依頼の関係で少し遠出をしているらしい。

 冒険者だって大変だろうに、毎日ご飯も作ってくれて、疲れた女の相手までしてくれて……。


 電話しようかと思ったが、やめた。

 それと同時に、胸を締め付けられるような苦い思いが込み上げてくる。



 ――また苦しい思いをして帰ってくるのかな。



 モンスターを殺した罪悪感で何度も何度も吐いて、泣いて、苦しんで、衰弱した様子のロナは見るに堪えない。この二年間、定期的に目にしてきたが未だにそうである。


 休職できずとも、依頼内容の変更だけでもと何度も申請しに行ったが「そんな規則はない」とそもそも申請を無いものにされた。


 今の社会は狂ってる。

 これが本当に数百年続いてきたのかと、疑いたくなるほどにだ。



 疲労が吹っ飛んだルアは、昨晩からクローゼットに押し込んでいた黒いコートと仮面を取り出した。



 ネオンの光すらも入り込ませない窓は、彼女を淡々と反射するのみ。

 少し疲弊した可憐な顔は、瞬く間に歪なものへとなり、憤りと決意に満ち足りる。


 あの子に触る手を血に染めてしまったのは、どうも詰まる部分があった。


 それでもルアは、それ以上にロナが笑えなくなる時が来るのがどうしても嫌だ。

 

 冒険者の為ではない、ロナの為。

 自己中と言われようが関係ない。


 これは自分の願望、叶えたくて狂いそうになるほどの望みなのだ。

 

 翡翠の眼がナイフのように尖り、微かな光を取り込んでギラギラと輝く。



 より一層冷え込み始めた外へと出ると、不穏な風が彼女を襲う。

 金髪をひらひらと舞い踊らせたルアは、その碧眼を遠方に聳え立つリバース財団のオフィスへと向けた。



 コートと仮面が周りにバレないよう、紙袋に入れて持ち歩きながら、ルアは思考を巡らせる。



 ――もう人殺しをした罪悪感は無くなってきた。そもそも、あんなクズは殺人にはカウントされない。



 皮肉にも昨日の激情に任せた行動で、彼女のプランは決まった。

 冒険者総合支援課。そこに所属する人間をターゲットとし、財団への冒険者に対する待遇改善に向けた本格的な交渉を行う。


 そこで問題になってくるのが協力者だ。


 一人では行き詰まる場面が必ずやってくる。

 自分は魔法使いで、しかも女だ。戦闘に関しては財団のほうが手慣れている。


 ――同じような思いを持つ冒険者はいないのだろうか。

 昨日今日でなにか変わるとは思っていないが、せめて孤独感だけでも紛らわせたかった。



 唸りながら歩いていると、ポケットから伝わってくる振動に足を止められた。

 スマホを取り出すと、ロナからの着信がきていた。


 爆速で着信を受理し、スマホ越しの彼女に大声で叫んだ。


「ロナ!? どうしたの!? 何かあった!?」


 ついうわずった声で尋ねてしまったが、それが気にならないくらいに彼女はロナの安否を心配していた。


『あ、いや。僕は大丈夫。ルア、いま家いる?』

「……今はちょっと外。どうかした?」

『宿でテレビ見てたんだけどね。今、十四番街でテロが起こってるんだってさ』

「……テロ?」


 ロナが彼女の何倍も心配そうな声音でそう告げてきた。


『僕も詳しくは知らないんだけど。場所は十四番街のルビースクエア辺りだって。危ないから近寄らないようにね』

「……ありがとう。ロナはほんと優しいね」

『僕も明日仕事頑張るから、ルアも頑張ってね。おやすみ』


 ロナはそう言って通話を終了した。


 ルビースクエアはここ十四番街で一番人通りが多いと言っても過言ではない区画。日中の人だかりには目眩すら起こすほどにだ。

 あそこには確か、リバース財団保有のサブオフィスがあるはず。足を運んだことはないが、いろいろな課の人間が業務に勤しんでいると推測できる。


「……行ってみる価値はあるわね」




 ◇




 高層ビル立ち並ぶルビースクエア。

 いつもは活気に満ち溢れたそこは、今日ばかりは焔の生み出す黒煙と真っ赤な光によって殺伐とした空気が満ちていた。


 ビルの屋上から、仮面とコートを纏ったルアが変わり果てた大通りを見下ろす。


 放置された車が無造作に散らばり、瓦礫や負傷者なども煤を被った道路には見受けられた。


「ヒドイことするなぁ」


 微かに聞こえてくる大きな音からして、まだテロが鎮圧された訳ではないようだ。

 聞こえてくる音が籠もっている事と、財団オフィスの窓ガラスから漏れてくる眩い閃光は、内部で戦闘が起こっていることを示唆している。


「協力者か、単なる邪魔者か……」


 杖を振るい、魔法を発動させた。


 魔法陣の発光が、さながら彼女を激しく跳躍させたかのように黒衣纏うルアが空高く舞い上がる。

 

 空を泳ぐように滑空し、窓ガラスを突き破ってビルの内部へ派手に侵入する。

 

 これまで馴染みの無かった増減魔法だったが、使ってみれば案外大したことがない。


 降り立った場所はどうやら何かの部屋らしく、荒らされてはいないが既にもぬけの殻であった。回転式椅子を指先で弄び、立ち込める硝煙の香りに鼻を燻らせる。


 その部屋を出ると、銃弾が鼻先を掠める。



「テロリストめが!! おとなしく投降しろ!!」



 治安維持部隊の兵士二人と鉢合わせてしまい、彼女は舌打ちする。

 その姿を見た兵士の一人が驚きの声を上げた。



「っ!! 貴様は……アルバートン指揮官を殺した……」

「怯むな!! 撃て!!」



 相方の鼓舞で、戦う気力を取り戻したのか一斉に射撃してくる。

 マナ粒子を大量に散布し、流星群を彷彿とさせる蒼穹の輝きを見せたかと思えば、銃弾が成すすべなく無力化されていく。


 砕かれるわけでも防がれるわけでもなく、



「マナ粒子は無限じゃない!! 撃ちまく――」



 兵士の言葉を遮り、射出された金属の氷柱が彼の頭部を貫いた。

 

 仮面の魔法使いは瞬間移動とも思える速さで、生き残りの方へ接近し、彼を地面に叩きつける。


「聞きたいことがある、答えなければ殺す」


 地に伏せた男は屈した様子で耳を傾ける。


「ここを襲った者達の正体はなんだ?」

「貴様……奴らの仲間か……!」

「質問に答えろ」


 杖で後頭部を殴る。

 短い悲鳴を上げたが、気絶とまではいかなかったらしい。枯れた声で男は続ける。


「ぼ、冒険者だ!! 最近十四番街をアジトに活動してる冒険者で構成されたテロリスト集団だ!!」

「……そうか」


 杖を後頭部に何度も何度も叩きつけてから、意識の飛んだ男をほったらかして、彼女は銃声の聞こえる方へ踵を返す。



 ――丁度いい。来た甲斐があった。

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魔法使いはテロリスト 聖家ヒロ @Dinohiro

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