19
「やさしいね、コースケは。」
男が、重い荷物を投げ捨てるみたいに言った。俺は、その言葉を皮肉かと思って聞いたのだけれど、すぐにそうではないのだと分かった。男の表情は、ごく真面目だったのだ。それこそ、神に祈る修道士みたいに。俺は男の手首を掴んだまま、首を横に振った。別に、俺はやさしくなんかない。それは自分が一番よく分かっている。
「俺のこと、ほっとけない? ちょっと話しただけの仲なのにね。」
くすり、と、男は端正な唇で笑った。
「早死にしそう。そんなやさしいと。」
俺にはその言葉は、嫌味にも脅しにも聞こえなかった。なんなら、純粋な祝福のように聞こえたのだ。
「待ってて。」
俺は今にも駆け出しそうになる自分を押さえながら言った。
「ここで待っててよ。」
待っててもらって、その先どうするかなんて考え付いてはいなかった。ただ、待っていてと、それだけ。どこかに、どこか暗くて遠い所に、行かないでほしいと、それだけ。
「困るでしょ、それじゃあ。」
男は微笑み、俺の手を自分の手首からどけようとした。
「俺がここにいたら、康一をどこに連れて帰るの?」
「分からない。……分からないけど、」
「俺はね、大丈夫なんだよ。男でも女でも適当に引っ掛けて、宿も飯も調達できる。ずっと、そうやってきたんだから。」
「でも、」
「大丈夫。」
男は、密やかに笑った。それは、背筋がぞくぞくするほどの色気があるのに妙に落ち着いた、なんとも言えない表情だった。
「最後はなにも言わないできれいに消えるのが、ヒモのせめてもの誠意みたいなとこ、あるから。」
だから、行きな。
男はそう言って、力が抜けた俺の手を、そっとはがして瞼を伏せた。窓から射し始めた朝の光に、長い睫の影が真っ白い頬にまで落ちる。俺がこの部屋を出たら、この人は本当にどこかに消えるのだろう。なんの痕跡も残さず、きれいに。そう思わせるだけの儚さみたいなものが、男の表情にはあった。だから俺は、さらに男を引き留めようとした。待ってくれ、もう少し時間をくれ、と。時間をもらったところで、自分が何をどうするのかも、どうしたいのかも、どうするべきなのかも分からないまま。
もどかしかった。頭の中が赤くぐるぐる回って俺をせかすのに、立ち止まってどうにか考えたいこともあって、だけど窓の外は白み始めて、時間は待ってくれない。兄貴が、きっともうじき戻ってくる。
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