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亜美花さんは、三回目のコールで電話に出た。康介くん? どうしたの? めずらしいね、と。俺が彼女に電話をかけるのは、これがはじめてのことだった。
「兄貴のことなんですけど……、」
俺がそう話を切り出すと、亜美花さんの態度は一気に硬化した。
『知らないよ、もう別れたんだし。』
別れた。その情報を、俺ははじめて耳にした。まだ付き合っているのかもしれない、多分別れているけど。それくらいの感覚でしか、亜美花さんと兄貴のことを認識できていなかった。
「……別れたんですか?」
いつ、とか、なんで、とか、訊きたくて訊けなかった。鬱陶しいと思われるのが、怖かった。ただでさえ、兄貴と別れた亜美花さんは、俺には無関係の人なのだから。
『別れたよ。』
亜美花さんはそれだけ言って、細く長い息をついた。俺はなにも言えなくなって、しばらく黙ってしまった。言葉を探しはしたのだけれど、なにも思いつかなかった。すると、亜美花さんが、仕方ないな、というみたいに声を少し柔らかくして、話の接ぎ穂をくれた。
『どうしたの? 康一になにかあった?』
「大学、辞めてたんです。勝手に。」
『え? 康一が?』
「はい。」
あの康一がねぇ、と、亜美花さんは、驚いたような、感心したような、微妙な声を出した。
『大丈夫なの? お母さん、身体弱かったよね?』
「それが、大丈夫じゃなくて、倒れちゃって、それで俺、今日兄貴の部屋に行ってみたんですけど、」
そこから、言葉が出なくなった。兄貴の部屋に行ってみたんですけど、なんだ? 行ってみたんですけど、兄貴は男娼になってて、兄貴のヒモが部屋にいました。そんなことを、亜美花さんに言ってどうするんだ?
「……行ってみて、そしたら、兄貴、いなくて、」
『会えなかったんだ?』
「はい。」
嘘はついていない。嘘はついていないけれど、本当のことも言わなかった。
『私に、様子見て来てほしいってこと?』
亜美花さんは、皮肉っぽくでもなく、ごくあっさりとそう言った。男の子みたいなショートカットに薄化粧の彼女の、さっぱりとした容姿が頭を過ぎった。
「いや、そういうわけじゃないんですけど……。」
だったらどういうわけだよ、と、自分でも思った。でも、それでも亜美花さんは、面倒くさそうな様子は露ほども見せず、さらりと言葉を重ねた。
『じゃあ、私にどうしてほしい?』
俺は、明らかに親切心のみから出ている彼女の台詞に、また口ごもってしまう。自分でも、亜美花さんにどうしてほしくて、なにを望んで電話をかけているのか、掴めていなかった。
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